暗い森の中で
帰り道、三人はさっきの妖精たちの態度について話していた。
「俺なんか、何も言葉返してもらえなかった!」
太一が半分怒りながら、不満そうに言った。
「僕もお辞儀したのに……」
と、陸の方は少し悲しげだ。
「私なんて、言ってる途中で扉閉められた!」
優樹はそう言って、口を尖らせた。
「何か……妖精って塩対応だよな」
と、太一が声のトーンも低く言うと、優樹と陸は力強くうなずいた。
突然、見知らぬ世界に来て、色々な話を聞いたせいか、三人の心と身体に、疲れがどっと押し寄せて来た。
三人はしばらく無言で歩いていたが、優樹が思い出したかの様に口を開いた。
「何かさぁ、妖精さん大きかったね……私、妖精って、もっと小さくてかわいいと思ってたから、何かちょっと、がっかりしちゃった……」
「確かに!妖精のイメージ崩れるよなぁ、声も態度もでかいしさ!しかも全然可愛くないし!」
太一はそう言って笑った。
「ねえ、たいち!声が大きいってば!誰かが…妖精さんが聞いてたらどうすんのよ!?」
優樹が、辺りをキョロキョロと警戒しながら言った。
「そうだよ、たいち……そんな失礼な事言って……もし、妖精さんが聞いてたら、すごく怒るよ?それに妖精さんが大きいんじゃなくて、僕たちが小さくなってるのかもしれないよ」
「えー?うそー!」
優樹と太一は、まさか、自分たちが小さくなっていると思いもしなかったのだ。
「でも、ほら、あれ見てみてよ。僕たちよりずっとずっと大きいよ」
と、陸が自分たちの背丈より大きい、キノコや花を指差して言った。
「まあ、確かに、ここの植物はデカいって事には気づいてたけどさぁ……あっ!そういうこと?!」
太一が、突然、理解したかの様に目を丸くして言った。
「アリスになったみたいだね!」
優樹は嬉しそうに言った。
三人が、そんな事を話しているうちに、来た時と同じ別れ道までやって来た。そこにある、”森の入口”と書かれた看板は、右方向の道を指している。太一は立ち止まると、あれ?っという風に首を傾げた。
「……左の道から来た気がしたんだけどなぁ」
「でも、看板は右の道を指してるよ?」
と、優樹が言うと、太一は、「そうだよなー」と、返事をしたきり、黙りこんだ。しばらくして、「いや……やっぱり、絶対、左から来たって!」
と、自信満々に言うと、左に曲がろうとした。
「待ってよ、たいち!ネイビーが看板通りに行けば大丈夫だって言ってたでしょ?だから、看板通りに右に行った方がいいと思う!」
優樹が慌ててそう言うと、
「あっ、そうか……やっぱり右だな!」
と、太一はあっさり、自分の考えを撤回した。陸はというと、なぜかとても不安そうな顔をしている。
「そっちに行くの嫌だよ!何か……嫌な予感がする」
「嫌な予感?……でも、看板はこっちの方を指してるし……来た時は何も怖い事とか無かったんだから、大丈夫だよ」
と、優樹が言っても、陸は、 「……そっちの森、怖い!だって、何だか、すごく暗い感じがするんだ」
と言って、頑として動こうとしなかった。太一は、そんな陸の様子には気づかず、右に曲がると、どんどん先に歩いて行ってしまった。優樹は太一を小走りで追いかけながら、後ろを振り返り、「大丈夫だから、一緒に行こう!」と、突っ立っている陸を呼んだ。
陸はまだ、考え込むようにして立ち止まっていたが、次第に遠ざかる二人を見て不安になったのか、
「待ってよー」と、言いながら追いかけて行った。
道を進むにつれて、だんだんと辺りに霧がかかってきた。明らかに来た時とは違う森の雰囲気だ。昼間だというのに、光が一つも射さない。薄暗く、重い空気感に、優樹の胸に次第に不安が込み上げてきた。もしかしたら、私たちは道に迷ってしまったのかもしれない。
太一は暗い森を歩きながら、「何か、こういうのってワクワクするよな!冒険してるみたいで」
と、全く呑気そうだが、優樹はワクワクするどころか、何か得体の知れない恐怖に、胸がドキドキし始めた。後ろからついて来る陸は、
「もう…何で二人とも平気なの?…こんなに暗いのに……何か出てきそうだよ……僕、怖いよ……」
と、自分で自分の肩を抱きしめながら歩いている。
優樹も平気なわけではないが、それを口に出して言ってしまうと、怖くて泣いてしまいそうになってしまう。優樹は内心ではビクビクしながら、辺りの様子を伺い、歩いていた。すると突然、視界の端を黒い影がサッと横切った。瞬間、心臓がドキッと飛び上がり、優樹は太一のそばに急いで駆け寄った。
「ねえ!今、そこに黒いのが横切らなかった?」
「えっ?どこ?」
「ほら、あそこ!」
優樹は後ろを振り返り、木々の間を指差した。太一は優樹が指差す方を目を細めてじっと見つめた。
「別に…何もいないけど。見間違いなんじゃない?」
優樹はもう一度、周囲の木々の間を目を凝らして見てみたが、何もいなかった。もしかしたら、見間違いだったのかもしれないと、自分で自分を納得させると、すぐに太一の後ろを歩き出した。しばらくして、
「ねえ、ゆうじゅー、置いてかないでよー…何か、さっき、黒い動物みたいなのが、そこの木のとこを横切ったよー」と、陸が半べそをかきながら、優樹たちの方へ走って来た。その声に優樹と太一は振り返り、立ち止まった。急いで駆けてくる陸……次の瞬間、二人の視界から陸の姿が消えた。
◇◇◇
気がつくと、太一と優樹は真っ暗な場所にいた。一瞬の出来事だったので、優樹は自分の身に一体、何が起きたのか、すぐには理解できなかった。しばらくして、優樹は暗い場所で横になっている自分に気づいた。
体を起こそうとしたが、「痛っ!」と、頭とお尻に鈍い痛みを感じ、またすぐに横になってしまった。上を見ると、丸く切り取られたように森が見える。その景色はだいぶ遠い。優樹がこの状況を、何とか把握しようとしている中、恐る恐る覗き込む陸の姿が見えた。
「……お、おーい……暗くて見えない……二人とも生きてるのー?!死んでるのー?!……ねえ、返事してよー!ねえってばー!」
と、次第に涙声になりながら叫ぶ、陸の声が聞こえた。優樹はそこで初めて、自分が穴に落ちたんだと分かった。
「りくー!私は生きてるよー!だから、安心してー」
と、優樹は必死に叫んだ。すると、下からも何やらうめき声のよ様なものが聞こえてきた。
「………いよ」
優樹は初め、その声がよく聞き取れなかった。
「……いよ!……重いよ!」
今度ははっきりと聞こえた。太一の声だ。そして、優樹はやっと、自分が太一の体の上に乗っかっている事に気づいた。
「きゃー、ごめんね!」
優樹は急いで、太一の体から降りようとしたが、痛みでなかなか体が動かない。それでも、必死に痛みをこらえながら、寝返りをうつようにして、太一の体から降りると、太一の様子を伺った。しかし、暗くて姿がよく見えない……
「ねえ!大丈夫?!」
暗闇の中にうっすらと浮かぶ、太一らしい黒い影をやっと目で捉えると、声をかけた。
「……痛ってー」
太一が辛そうな声を上げる。
「ねえ!どこが痛いの?!」
「……わっ…かんね…全身が…痛い」
と言いながら、太一が起き上ろうとしたので、
「だ、大丈夫?」
と、優樹は慌てて、太一の背中に自分の手を添えて、ゆっくりと起こしてあげた。太一は痛みに顔を歪めながら、周りを見た。
「何か暗くて…よく分かんないな」
「多分、穴の中だよ。ほら、上を見て」
優樹に促されて、太一はゆっくりと上を向くと、さっきまでいた霧がかかった森と、陸らしい顔が見えた。
「りくー?たいちも無事だよー!」と、優樹が叫ぶ。
「……良かった〜、二人とも生きてて!」と、陸の安堵する声が聞こえたが、すぐに、「ねえ!二人とも早く出てきてよー!僕、怖いよー!この森に一人で居たくないよー!僕もそっちに行きたい……行ってもいいー?!」
と、泣きながら叫ぶ声が聞こえた。
「ねえ!りく落ち着いて!りくまでここに落ちたら、私たち一生出られないよ!だからりく、落ち着いて聞いてね!何か長いロープのようなもの……ツルとか、何でもいいから探してきて欲しいの!」
「でも、僕怖いよ!こんな森の中を探しに行くなんて出来ないよー!」
「……わかるよ、怖いよね?私も怖い!早くりくのそばに行ってあげたいって思うよ。でもそれには、りくの助けが必要なの!だから、勇気を出して探してきて!お願い!」と、優樹は心の限り叫んだ。
「……わかったよ、ゆうじゅ、僕……頑張って探してくるよ」と言うと、陸の姿が消えた。
優樹はため息をついた。陸が頼みの綱なのだ。もし……陸が探してこれなかったら、どうしようかと考えていた。
「あいつ、大丈夫かな?すっげー臆病だからさ」
「うん……そうだよね」
優樹の声は暗い。
「それにしても……すっげー深い穴だよな!3mはあるんじゃない?」
そう言う太一の声が、心なしか、弾んでいるように聞こえたが、きっと気のせいだろうと優樹は思い直した。
「そんなに深いんだ……」
ここから出るのは難しいかもしれないと思い、優樹の声はますます暗くなる。
「俺、こんなに深い穴に落ちるの初めて……すっげー俺さ………」
「うん……」
(わかるよ……怖いよね、私もすごく怖い……)
と、心の中で太一に同意した、次の瞬間、優樹は自分の耳を疑った。
「……穴に落ちるの夢だったんだよ!」
と、太一が興奮した声で言ったのだ。
「はあ!!?」
瞬間、優樹は自分でも信じられないくらい、大きな声が出た。
「ばっかじゃないの?!夢って何?!」
「だってさ、ほんとに夢だったんだよ!こういうのって!ほんとに冒険してるみたいで、ワクワクしない?」
暗闇のせいで、 太一の顔の表情はわからなかったが、バカみたいに笑顔で話しているのが想像できた。 (一生穴に落ちてろ、たいち!)と、優樹は心の中で叫んだ。
「それにしても……りく、まだかな?」
優樹は不安になった。もしかして、陸の身に何かあったのだろうか……心配になった優樹はいてもたってもいられなくなり、
「ねえ、私たちも何かここから出られる方法探そう!」
と、太一に言った。
「そうだよな!探そう!」と、太一は楽しそうだ。
その反応に、優樹は若干イラつきながらも、手探りで穴の中を触った。
「よじ登って……出られるかな?」
優樹の問いかけに、太一も立ち上がり、あちこち触ってみる。
「……難しいんじゃない?土だし…何もつかまるところがないし…」
「そう……だよね」
優樹はしばらく考え込んだ後、名案とばかりに言った。
「そうだ!太一が私を肩車するのはどう?で、私が穴から出るの!」
しばらくの沈黙の後、
「無理だよ、この穴の深さじゃ……俺の肩に立ったとしても手は届かないよ……それにゆうじゅを持ち上げる自信ないな……体重何キロ?」
「女の子に体重聞くな!」
と、優樹が怒った直後、「わぁー!」と、陸の叫び声が聞こえた。優樹と太一は驚いて目を見開いた。するとまた、「わあぁぁーー!」と、叫ぶ声が聞こえた。
「りくー!!」
太一が叫ぶ。
「嫌だーー!こっちに来ないでよー!」
泣きながら叫ぶ陸の声に、太一は焦った。
「りくー!!どうしたー!?」
大声で呼び掛けるものの、陸からの返答はない。優樹は自分の胸の鼓動が、次第に大きくなるのを感じながら、必死に状況を把握しようと耳を澄ました。
太一は、「あいつ……」と、一言つぶやくと、穴をよじ登ろうとして手で壁をつかんだ。しかし、土がぼろぼろと落ちてくるばかりで、全然登れない。
「うわあぁぁー!僕の事追いかけてくる!僕、食べられちゃうよ!そっちに行っていい?!」
「ま、待って!どういう事なの!?りくまで穴に落ちたら……私たち、どうやって穴から出ればいいの?!と、優樹は言おうとしたが、最後まで言い終わらないうちに、「あぁぁー!!また来たよー、もうダメ!そっちに行く!」と、陸が勢いよく、穴に飛び込んできた。陸は穴の壁を滑るようにして落ちてくると、ドンッとお尻で着地した。
「痛っ!!」
陸の顔が痛みで歪んだ。
「大丈夫か?!一体、何があったんだよ!?」
太一が陸に事情を聞こうとした、次の瞬間、
「ウウゥゥゥ!」と、頭上から、獰猛な動物の唸り声が聞こえた。
三人がはっとして見上げると、そこには穴の入り口より大きいであろう顔が、穴から鼻面だけを覗かせていた。
「なっ…なんだアレ?!」
太一はたじろいだ。優樹と陸は、太一の背中に隠れながら震えている。
「あれ、ものすごく大きいんだ…全身が真っ黒で犬みたいな姿なんだけど…背中に…ドラゴンみたいな翼が付いてた!」
と、陸がガチガチと歯を震わせながら言った。そして、怖がる私たちを見て、「……あ、あいつ、ものすごく大きいから、多分、この穴には入って来られないと思う」と、言った。怪物は穴に鼻を突っ込んで、しばらくの間、匂いを嗅いでいたが、やがて諦めたのか、どこかへ行ってしまった。
三人は、ほっとして座り込むと、ここからどうやって脱出するかを考えた。
「たいち!僕を肩車して!そしたら僕の上にゆうじゅが
乗って……穴の外に出るのはどう?」
と、陸が提案した。
「やだ!私……さっきの怪物の食糧になっちゃうじゃない!」
「万が一誰かが外に出られたとしても……どうやって残りの二人を助けるんだよ?」
と、太一がもっともな事を言うと、三人は再び考え込んだ。そして、太一が閃いたとばかりに声を張り上げて言った。
「妖精の家に行って妖精に助けてもらおう!」
「そうだね!そうしよう!」
優樹もその提案に賛成した。
「……でも、誰が行くの?」
と、陸がおどおどしながら聞いた。
「……それはやっぱり、体重が一番軽いゆうじゅが行くしかないよ」
と、太一が言うと、優樹は、
「絶対やだ!私、足が遅いから、妖精の家に着く前に食べられちゃう!」
と、必死に自分が行くのは無理だと訴えた。太一はしばらく考え込んだ後、決心したように言った。
「じゃあ、俺が行くよ!俺はりくより足速いし……問題はゆうじゅだよな。俺の事支えられる?」
「私、頑張って支える!」
「僕、ちょっと心配だけど……精一杯ゆうじゅを支えるね」
と言って、陸はしゃがみ込んだ。優樹は陸の肩をつかむと片方の足を肩にかけ、全力で手に力を入れて、自分の体を押し上げた。そして、両方の足が肩に乗ると、手を穴の壁に当てて、自分の体を支えた。りくは壁に手を押し当てながら、懸命に自分と優樹を支えた。
「た、たいち……早く乗って!」
陸の歯を食いしばる様な声を聞いた太一は、素早く穴の端まで下がると、勢いよく走り、「おりゃー!」と言いながら、陸たちの体に飛び乗った。直後、陸と優樹は頭を壁にしたたかに打ち付けたが、何とか耐えた。太一はそのまま、優樹の肩と頭に手をかけ、よじ登ろうとしたが、「きゃー!!」という悲鳴と共に、優樹の体はぐらつき、それに伴って、陸と太一の体もぐらつき、三人はそのまま後ろに倒れ込んでしまった。
優樹と太一は、倒れた拍子に頭を強く打ち付けてしまい、しばらく動けなかった。
「ゆうじゅ!たいち!大丈夫?」
陸が心配そうに声をかけると、最初に優樹が、 「……いったーい」と言いながら、起き上がった。その声にひと先ずほっとした陸は、次に横になっている太一に声をかけた。
「たいち?たいちは大丈夫?」
しかし、全く返事がないので、太一の肩を軽
く何度か揺すってみた。が、太一はピクリとも動かなかった。
「ゆうじゅ〜!たいちが全然動かないよ〜きっと死んじゃったんだ!」と、りくはグズグズと泣き出した。
驚いた優樹は、急いで太一のそばに近寄った。
「たいち?たいち?」と言いながら、心臓の音を確認するために、太一の胸に耳を押し当てた。そして……優樹は呆然とした。心臓の音が聞こえなかったのだ。
「…たいち…死んじゃった」
と呟くと、陸を振り返った。陸も呆然としているのがわかった。
「……たいち……死んじゃったんだ」
陸は力無く呟くと、わっと泣き出した。優樹は太一の体を揺さぶりながら泣いた。様々な思い出が脳裏に浮かんでは消えていく。
「私たち、出会って少ししかお話できなかったけど……きっと、たいちのこと忘れない……」
と言うと、優樹は更に泣き出した。二人の泣き声が穴中に響き渡る。そのせいで、二人は気づかなかった……自分たちに向かって唸っている怪物がいることを……
優樹はポタッと頬に、何か生温かい液体が垂れるのを感じた。ゾクッとして一瞬、涙が止まった。優樹はそっとその液体を触ってみる。ドロッとしていて何だか気持ちが悪い。一体どこから垂れてきたのだろうと上を見上げた……すると、「……!!!」優樹は恐怖のあまり、上を見上げたまま声も出ない。その異変に気づいた陸は、泣きながら上を見上げた。
「う、うわあっ!!」
陸は悲鳴を上げてのけ反った。
二人は穴の隅っこに行くと無意識にお互いの腕をつかんだ。あの怪物が鼻先を穴に突っ込み、ハアハアと息づかいも荒く、匂いを嗅ぎ回っている。生温かい液体は怪物のよだれだった。ポタッ……今度はりくの腕に垂れる。
「ひゃあああ!」と、陸は情けない声を出して、わなわなと震えた。二人は何も出来ず、ただ怪物を見ていた。すると、怪物は何とか穴の中に入ろうとグリグリと鼻先を押し込んできた。無理やり押し込む度に怪物の皮膚は引きつれ、ピンクの歯肉や白くて鋭い歯が見えた。
怪物は何度も何度も顔を突っ込んできた。その度に土がバラバラと落ちてくる。そして、穴に入るのが無理だと分かると、顔を外し、今度は前足ですごい勢いで穴を掘り出した。怪物が土を掘る度に、土がバサバサッと中に落ちてきた。太一の顔にも土がかかる。優樹は慌てて払ったが、それでも土はどんどん太一の顔や二人の頭に落ちてくる。初めのうちは一生懸命払っていたが、払っても払っても落ちてくる土に、二人はだんだんと払う気力を失っていく……次第に土が自分たちや太一の体に積もっていった。
「ゆうじゅ……僕たちこのまま死んじゃうのかな?」
「ごめんね、りく…守ってあげられなくて……」
優樹はそう言うと、陸の手を握りしめた。その時、
「ぺっ、ぺっ、うぇー」という声が聞こえた。
二人がはっとして太一を見ると、太一が起き上がりながら、口に入った土を吐き出している様だった。
「たいち!」と、陸が嬉しそうに叫ぶと、「生きてたの?!」と、優樹は驚いた。
「ねえ、何この土?」
太一が、自分の体についている土を振り払いながら聞いた。そう言っている間にも、どんどん土が落ちてくる。
「何だよ、これ!」と言って、たいちが頭上を見上げた。
「うわぁー!あいつじゃん!怪物じゃん!ねえ!何でお前ら逃げないの?!」
「だって!どうやって逃げればいいの?!」
と、優樹は半泣きだ。陸もそばでグズグズと泣いている。
「なあ!しっかりしろよ!泣いてる場合じゃないだろ!」
こうやって、三人が言い合っている間にも、穴はどんどん広がっていき、次第に巨大な怪物の体が見え始めていた。
「みんなで脱出する方法を考えるんだ!何か方法はあるはず……」
と言いながら、太一は怪物を見上げた。
「……翼…あいつ飛べるのか?!」
「うん……あの怪物、空から飛んできたんだ」
と陸は言った。どんどん土で体が埋もれていく中、太一は焦りながら考えた。そして、ある一つの考えが頭に浮かんだ。それはかなり突飛な考えだった。しかし、もうこの方法しかないと思った太一は、
「ゆうじゅ!りく!もう泣くな!今から俺が言うことを落ち着いて聞いて!」
と言うと、優樹と陸の腕をつかみ、起き上がらせた。そして、穴の側面に自分の背中を張り付けるようにして立つと言った。
「二人も俺のように、こっちに来て立って!早く!」
もう、一刻の猶予もない。今にも怪物は穴に飛び
込んできそうな勢いだった。優樹と陸は慌てて立ち上がった
「ねえ?!一体どうするの?!」
切羽詰まった声で優樹が聞いた。
「いいか?このまま、あいつが飛び込んでくるまでじっと待つんだ!」
「で、でもそうしたら僕たち食べられちゃう!」
陸が泣きそうな声で叫ぶ。
「大丈夫!食べられない!食べられる前にあいつの背中に乗るんだ!」
優樹と陸は驚きのあまり絶句した。
「そ、そんなの無理だよ!絶対食べられちゃう!」
「僕だって無理だよ!そんなの怖くて出来ないよ!」
「じゃあ、このまま黙って食べられるのか?!どっちみち他に方法はないんだ!やるしかないんだ!」
と、太一は言った。そして、優樹に自分の手を差し出すと、「みんなで手をつなごう!」と、言った。
優樹は太一の手を握ると、もう片方の手を陸に差し出した。陸は震えながら優樹の手を握る。それを確認した太一が、「行くぞ!」と、言ったと同時に、怪物が顔を勢いよく穴に突っ込んできた。優樹はあまりの恐ろしさに、思わず動き出しそうになった。
「じっとしてるんだ!」
太一が叫ぶ。陸は目をぎゅっとつぶり、震えている。怪物が大きな口を開け、よだれを垂らしながら迫ってきた。優樹は大きく目を見開くと息を呑んだ。怪物の大きく鋭い牙が目の前に迫ってくる。目を閉じる優樹と太一……次の瞬間、怪物の牙は寸前で、三人の体をかすめ、勢いよく閉じた口からはよだれが飛び散った。怪物はそのまま穴の底に鼻先を強く打ち付けた。
「今だ!」太一が叫んだ。「ゆうじゅ!りく!怪物の首に登るんだ!」と言うと、太一は優樹の手を引いて、怪物の首によじ登った。陸は恐怖の余り動けずにいる。優樹は陸の方を振り返ると、手を伸ばした。
「りく!私の手につかまって!」
陸は優樹の声に反射的に反応すると、その手をつかんだ。そして、三人は怪物の首によじ登ると、長い毛を夢中でつかんだ。
怪物は穴の底に打ち付けた衝撃で、数秒間動けずにいたが、獲物を捕らえられなかったことに気が付くと、勢いよく穴から顔を出した。その振動で、三人は振り落とされそうになりながらも、必死に怪物の首にしがみついた。
怪物は再び、穴に顔を突っ込むと、匂いを嗅ぎながら獲物を探し始めた。しばらくクンクンと匂いを嗅いでいたが、いないことが分かると、穴から顔を出し、
「ウオオォォォ!!」と、遠吠えをした。
「こいつ、犬なのかな?」
「しーっ!たいち、静かにして!」
優樹がたいちを小声で怒った、次の瞬間、怪物の翼がバッサバッサと羽ばたき始めた。陸が今にも死にそうな顔をしてしがみついている。優樹と太一も振り落とされないように必死に手に力を込めた。
怪物は翼を羽ばたかせながら走り出した。三人は翼が羽ばたく音と、激しく動く四肢の振動を体に受けながら、落ちてしまいそうになる恐怖に耐えた。三人が限界を迎えそうになった、次の瞬間、ふわっと全身が浮遊感に包まれたかと思うと、一気に空まで飛び上がった。直後、
「ぎゃー!!」と、陸が叫んだ。太一が後ろを振り返ると、陸がずりずりとしっぽの方に落ちていくところだった。優樹は、しがみつくのに必死で振り返ることができない。「り、りく!」と、叫ぶのが精一杯だった。太一は落ちていきそうな陸を見て、「早く、毛をつかめ!」と、叫んだ。
陸はもがきながら、懸命に毛をつかもうとしていた。そして、やっとつかめたところは怪物のしっぽの根元だった。陸は足がぶらぶらと揺れる中、半べそをかきながら、必死に毛につかまっている。その力があまりにも強かったのか、怪物は、何かが自分のしっぽをつかんでいる事に気がついてしまい、あろうことか、体を左右に揺さぶり始めた。
「ぎゃあああー!!」
「うわああー!!」
「きゃあああー!!」
三人は叫びながら、今にも振り落とされそうだ。優樹と太一は必死に怪物の体にしがみついたが、激しい揺れに次第にずりずりと下に落ちていった。そして、体は完全に宙ぶらりん状態になってしまった。それでも優樹はガシッと毛をつかみ、落ちまいと耐えていた……が、数秒しかもたなかった。毛はスルッと手から抜けていき……
「きゃー!!」という悲鳴と共に下に落ちていった。
「ゆうじゅー!!」
太一は自分も下へ落ちていった。一方陸は、しっぽにつかまりながら何とか耐えていた。なぜか怪物は、優樹と太一を振り落とすと、すぐに揺さぶるのをやめた。
「ボッシャーン!」優樹は水の中に落ちた。
「ボッシャーン!」続けて太一も水の中に落ちる。数秒後、優樹が水面から顔をだすと、次に太一が少し離れた所で顔を出した。優樹は必死で息をしながら、周りを見た。すると、こちらに向かって泳いでくる、太一の姿が目に入った。優樹はホッとした。
「ゆうじゅ、大丈夫?!」
「うん!」
優樹は頷く。
「しかし…落ちたとこが湖で良かったよな!俺たち運がいいよ」
太一がそう言うと、突然、優樹は、
「湖?!私、泳げないんだった!」と言って、水の中でもがき始めた。
「おい!お、落ち着けって!暴れると余計に沈むぞ!」
太一の声は、パニックになっている優樹の耳には届かない。更に焦った太一が何とかしようと手を伸ばしかけた、その時、「バシャン!」という音と共に、優樹は大きな怪物に、その体を咥えられ、連れ去られてしまった。
一瞬の出来事だったので、太一の頭は理解が追いつかなかった。連れ去られて行く優樹の姿を、ただ呆然と眺めていた。次第にはっきりと、白い巨大な怪物が大きな黒い翼を羽ばたかせ飛んでいく姿を目で捉えた。さっきとは違う白い怪物だった。二頭もいたのか……太一はがく然とした。もう無理だ。優樹も陸も助からない……諦めの心が太一を襲った。
太一は全身の力が身体から抜けていくのを感じながら、わずかに残った気力を振り絞って、岸に向かって泳ぎ出した。すると、背後からバッサバッサと翼が羽ばたくような音が微かに聞こえた。その羽音は、次第に大きくなり、はっとして、太一が振り向こうとした瞬間、「バシャン!」という音と共に黒い巨大な怪物に体を咥えられ、太一も連れ去られてしまったのである。
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