夢の世界
「千人が全員、ブルーエルフィン妖精魔法学校に入学する事は出来ないの。入学出来るのは、最終的には二百人足らずよ。さっきブルーが、”限りられた人間しか来られない”と言ったのは、こういう意味なの」と、黒ちゃんが真剣な顔をして言った。
「それって……この学校に入学しないと、こっちの世界には来られないって事ですか?」と、優樹が聞くと、黒ちゃんはこくりと頷いた。
「でも……どうやって、千人から二百人にするんですか?テストがあるとか?」
と、太一が聞いた。
「そうよ、テストがあるの。でも、そのテストは普通のテストとは違うわ。”試練”といって、とても厳しいものなの」
「"試練”って?」と、今度は優樹が聞いた。
「試練はわね、入学後、ちゃんと学校生活が送れるかどうかとか、他の生徒たちと仲良くできるかどうかとか、子どもたちの能力や資質などを理解するために行われるのよ」
「……テストって、紙のテスト?」
テストが嫌いな太一は、心配になって聞いた。
「いや、違うよ。まあ……実技テストって感じかな?内容は教えられないんだけど……ペーパーテストじゃない事だけは確かだよ」と、ブルーは笑って言った。
「でもさ、何で俺たち人間を、その学校に入学させたいわけ?そんな厳しい”試練”までさせてさ」
「そう…だよね」
優樹もその理由を知りたいと思った。
「それはね…私たち妖精の事を知って欲しいからなの。本当の私たちの事をね。これは人間のためでもあるのよ。今はまだあまり詳しく話せないんだけど、仮入学したら、学校で勉強するわよ」
「仮入学って?」
「お試し期間ね。この期間に”試練”が行われて、無事合格出来れば、二年後に正式に入学できるのよ」
一通り話し終わって、黒ちゃんはホッとした様にひと息つくと、「そう、そう、学校のパンフレットがね……」 と、また話し始めた……その時、
「あっれー?もう話終わっちゃった?」
突然、金髪のボブヘアで、グレーの服を着ている女の妖精が現れた。黒ちゃんはその姿を見るなり、チッと舌打ちをした。
「なんなのよ?グレー、あんたの事、呼んだっけ?」
そう言うと、黒ちゃんはジロッとその妖精の事を睨んだ。
「いいじゃない!私にも話させてよ!学校の説明はこれから?」
「そうだよ!今からするところだから邪魔すんなよ!」
「邪魔なんかしてないでしょ?私がこの子たちに説明してあげる!」
「いいよ!余計なお、せ、わ!」
黒ちゃんが眉をつり上げながら、そう言うと、
「何が余計なお世話よ!大体、いっつも、あんたばっかり話しててずるいんだよ!たまには私に話させなさいよ!」
と、グレーが黒ちゃんに詰め寄った。
「これは私の役目なの!それにグレー、あんた説明下手くそでしょ?」
「はあ? 黒、あんたよりは上手ですぅ。ブルーだって、私の説明は分かりやすいって、この前言ってたもんね!」
それを聞いた黒ちゃんは、立ち上がると、
「あのねぇ、そんなのお世辞に決まってんでしょうが!それに、私のが場数踏んでんだから、上手いんだよ!ねっ?ブルー?!」
と言って、ブルーの方を見た。
「いや、僕は……」
急に話を振られたブルーは、黒ちゃんのすごい眼力にたじろいだ。金ちゃんは、もはや恐怖で声も出ない。優樹と太一と陸の三人は、口をあんぐり開けている。すると、深いため息と共に、ネイビー色の服を着た女の妖精が現れた。
「もう!二人ともケンカはおよしなさい!学校の説明なら、私に任せて」
と言って、黒ちゃんが座っていた場所に腰を下ろした。
「私の名前はネイビーよ。よろしくね。私ね、少しだけだけれど、学校に行った事があるのよ。だから、この二人よりは、遥かに学校の事には詳しいの」
と言って、ネイビーはパンフレットを三人に差し出した。
「これに学校の事が詳しく書かれているから、読んでみて」
グレーと黒ちゃんは、「なんなの、この女」という風に、ネイビーを見ている。
優樹はパンフレットを受け取ると、先ずは表紙に見入った。そこには真っ白で青い屋根の素敵なお城の写真が載っていたからだ。太一も興味深そうに見入っている。
「とっても素敵でしょ?このお城が学校よ」
と、ネイビーが笑顔で言った。
陸も、だんだんと警戒が解けてきたのか、パンフレットを受け取ると、じっと眺めている。
「中も見てみて」と、ネイビーに言われて、優樹と太一は表紙をめくった。するとそこには、とても立派な汽車の写真が大きく載っていた。真っ白な車両に水色のラインが入っている。
太一が、「すっげー」と言って、驚いていると、突然、陸が、「うっほお~!」と、奇声を発した。その声に驚いて、みんなが一斉に陸の方を見た。部屋の隅っこのテーブルで、仲良くお菓子を食べていた黒ちゃんとグレーも、口から菓子の欠けらをこぼしながら振り返る。陸は目を輝かせながら、汽車の写真を見つめていた。
「汽車が好きなの?」とネイビーが聞くと、 「……はい」と、陸は恥ずかしそうに頷いた。
「それは良かったわ。この汽車に乗って学校へ行くのよ」
「…………」
陸はなぜか、黙ったままうつむいている。心配になった優樹と太一が陸の顔を覗き込むと、陸の目が、だんだんと大きく見開かれ、それと同時に口元が緩んでいくのがわかった。
「陸は、昔から汽車が好きだったもんな!」
と、太一が陸の背中をポンッと叩くと、陸は笑顔でコクッと頷いた。
その隣で、優樹はあるページにくぎ付けになった。なぜなら、そこにはユニコーンが載っていたからだ。ユニコーンは架空の動物じゃなかったんだと分かって、優樹の顔が自然とほころぶ。
「どうしたの、ゆうじゅ?にやにやしちゃって」
と、ネイビーが微笑んだ。
「ブルーエルフィン妖精魔法学校は寄宿学校なの。二人で一部屋が割り当てられるわ。もちろん.男女別室よ。仮入学期間中は学校で必要なもの、制服や教科書などは全て貸出しできるから、お金は一切かからないので安心してね。ただ、筆記用具や荷物などを入れるトランクの貸出はないから、自分達で用意する必要があるわ」
優樹たちが、えっ?って顔をすると、
「でも、安心して。あなたたちの担当の、妖精のおじいさんからトランクをプレゼントして貰えるから」
「担当のおじいさん?」
優樹が疑問に思い、聞くと、
「あなたたちの事を見守り、時には導いてくれる人よ。でも、みんな少し、変わったところがあるのよねぇ……」
と、ネイビーは遠い目をした。
「仮入学すると、さっそく授業が始まるわ。最初は羽の授業よ。羽の授業では、私たち妖精の様に羽を付けて、飛べるようになるための練習をするの。羽はそれぞれ、その人に合った物を付けるから、自分だけの羽を用意する必要があるわね。でも、仮入学中は学校が用意してくれるから大丈夫よ」
ネイビーは一呼吸置いてから、いい事を思いついたかの様に目を輝かせて言った。
「そうだわ!実際に使う羽を見てみる?」
「はい!ぜひ見たいです!」
太一が威勢よく返事をする。
「了解よ!」
ネイビーはそう返事をしてから、「さあ、ピンク!羽をカモーン!」と、背後に向かって叫んだ。すると、「はあ〜い」という、甘ったるい声と共に、ピンクの服を着た妖精が、腰まである長い金髪の髪をなびかせ、部屋に入って来た。妖精は片手で羽の根元を持ち、羽の先を肩に乗せながら、まるでモデルの様な気取った歩き方をしている。
「おーい、どうしたー、ピンク?歩き方が変だぞ〜」
と、黒ちゃんがしらっとした顔で指摘すると、
「あれ~ピンク?腰をクネクネさせちゃって…おしっこでもしたいの〜?」
と、グレーはからかう様に言った。
「はい?何を言っているのかしら?私は元から、こういう歩き方よ」
ピンクは澄ました顔でそう言うと、ネイビーに羽を渡し、隣に座った。そして、優樹たちの方を見ると、
「私はピンクよ。よろしくね!普段はグレーと一緒に産婦人科で働いてるの」
と、自己紹介をした。
「さあ、見てみて!これが羽よ。私たちの羽と同じなのよ。触ってみる?」
ネイビーに言われて、真っ先に触ったのは太一だった。次に優樹と陸が触る。表面はザラザラしていて……見た目は虫の羽にそっくりだ。白い翅脈が通り、その間に張られている薄い透明な膜が、光を受けて虹色に輝いていた。
「きれい……」と、優樹が見とれている隣で、陸は、「写真に撮りたいな……」と、つぶやきながら、じっくりと羽を眺めていた。
「次は魔法の杖の授業よ。これも必ず習得しなければならないわ。魔法の杖と聞くと、魔法使いの杖を想像すると思うけれど、私たち妖精の杖は、少し構造が違うの。これも実際に見てもらう方が分かりやすいと思うから……誰か〜杖を持ってきてくれる~?!」
ネイビーの呼び掛けに、今度は男の妖精が杖を持って現れた。この妖精の名前は、”ナル”。なぜこう呼ばれているのか……それは、この男の妖精が、ナルシストだからである。
ナルは長めの前髪を手で払い、「これで…」と言って、クイッとあごを上げると、「いいかな?」と、杖を差し出した。ネイビーは片方の口角をヒクッと引きつらせると、「ええ、いいわ……ありがとう、ナル」と、杖を受け取った。
「この杖はね、呪文を唱えると、先端から粉が出るのよ。この粉に魔法の効果があるの。ちょっと、やって見るから見ててね」
ネイビーはテーブルの脇にすっと立つと、フェッシングの構えの様に杖を持った。そして、杖の先を黒ちゃんの方に向けると、「浮かべ」と、唱えた。瞬間、先端から粉がパッと吹き出た。
「わあっ!!」
黒ちゃんが驚くと同時に、手に持っていたクッキーが浮かんだ。相向かいに座っているグレーが、それを見てクスクスと笑っている。すると、グレーのクッキーもふわっと浮かんだ。
「ちょっとネイビー!」
怒る黒ちゃんとグレーをよそに、ネイビーは次々にお皿の上のクッキーを浮かばせると、クイクイっと杖を動かしながら、驚く優樹たちの前に置き、「召し上がれ」と、言った。
優樹たちはクッキーを食べながら、まだ続く説明を聞いた。
「他には、薬草学や妖精史……妖精界の歴史の事ね。あとは妖精界の文字も、少しだけど勉強するわ。仮入学中のお勉強はこれくらいね!……何か質問はある?」
「あの!」と、太一が手を挙げる。
「どうぞ、たいち」
「どれくらいの高さまで飛べますか!?」
「飛べるって?」
「あっ…羽のことです!羽を付けるとどれくらいの高さまで飛べるんですか?」
「そうねぇ、軽く雲の上まで行けるわ。訓練すればもっと高く飛ぶ事も可能よ」
「うっそ、すげー!」
太一の目がキラキラと輝き、口元には気持ち悪い程の笑みが浮かんでいる。
優樹はそんな太一を横目で見ながら、自分も質問した。
「あの、すみません……」
「どうぞ、ゆうじゅ」
「ユニコーンに……会えますか?」
「ユニコーン?ゆうじゅはユニコーンが好きなの?」
優樹は黙ってコクッと頷く。 ネイビーは微笑みながら、
「学校の裏に大きな森があるんだけれど、そこにユニコーンが遊びに来るのよ。森の管理人さんに頼めば触る事も、乗る事もできるわ。でも、ユニコーンはとても繊細な生き物だから、接し方には気を遣わなければいけないけれどね」
と、答えた。それを聞いて、優樹は満面の笑みを浮かべた。その横で、陸がそっと控えめに手を挙げている。
「どうぞ、りく」
「…汽車に…乗れるのは…何回ですか?」
陸の声は余りにも小さく、何を言っているのか、隣に座っている優樹さえも聞き取れなかったのだが……
「そうね、仮入学中は、行きと帰りの二回だけだけど、入学したら、一年で十回位は乗れると思うわ」
と、ネイビーが普通に応えたので、優樹は少し驚いた。
「……ありがとうございます」
今にも消え入りそうな声で、陸は返事をした。
「仮入学の期間は一ヶ月よ。その間に試練が行われるわ。この仮入学は強制ではないから、もちろん断ってもいいのよ。入る入らないかは自分の意志で決めてね。もし仮入学を希望するとしたら、必然的に試練は受ける事になるわ。そして、この試練に合格する事が出来れば、今度は一年後に行われる二度目の試練を受ける事が出来るの。この時にも仮入学してもらうわ。この二度目の試練にも合格できたら、本入学が決定よ。どの段階においても、必ず入る入ら
ないの意思確認は行うので安心してね。説明はこれで終わりだけれど、分からない事はあるかしら?」
すると、じっと聞いていた太一が質問した。
「試練は二回とも合格しないとダメなの?」
「そうよ、一度目の試練に合格出来ても、次の試練で合格できなければ、入学は出来ないわ!そして、チャンスは一度きりなの……
一度、試練に落ちてしまったら、もう二度とチャンスはないわ」と、ネイビーは真剣な眼差しで言った。
「……分かりました」
太一が考え深けにうなずいた。
「他に分からない事はある?」
「……大丈夫です」と、優樹が静かに言うと、
「僕も……大丈夫です」と、陸も小さな声で言った。
「それじゃあ、仮入学の申し込み書を持ってくるから、よく考えてからサインしてね!誰かー!ちょっと、申し込み書を持ってきてくれるー?」
すると、再びナルが……前髪を手で払い、あごをクイッとあげる仕草を繰り返しながら、申し込み書を片手に歩いてきた。そして、立ち止まると、また前髪を手で払い、クイッとあごを上げて、
「はい、申し込み書三枚、持ってきましたよ、ネイビーさん」と言って、差し出した。
ネイビーは片方の口角をヒクッと引きつらせながら、「…ありがとう、ナル」と言って、受け取った。
ネイビーは申し込み書を、それぞれ三人の前に置いた。
「仮入学を希望する場合は、ここに住所と名前と生年月日ね。で、ここには両親の名前を書いてね。あとは、食物アレルギーとかある場合はここに何のアレルギーか書いてね。学校は食事が朝昼晩って出るから必要なの……それじゃ、よく三人で話し合ってから決めてね」
と、書き方の仕方の説明をした後、
「私たちが居ると話しずらいだろうから、私たちは別の部屋に居るね。何か分からない事があったら呼んで」と言って、みんなは部屋から出て行った。
◇◇◇
残された三人の間に、しばらくの沈黙が流れた。最初に口を開いたのは太一だった。
「俺は、行ってみたいな!羽の授業とか超興味あるし!空、飛んでみたいんだよね!それに、学校に泊まれるなんて、すっげーワクワクするじゃん?だから俺は申し込もうと思うけど……陸と優樹は?」
「私は、ユニコーンに会ってみたいな。幼稚園の頃に絵本で見てから、ずっと憧れてたんだもん!本当にいるなんて思わなかったから、すっごく嬉しいんだよね!…でも……学校に泊まるのは、ちょっと不安かな」
「僕は……ちょっと…どうしようかな…本当に怪しくないのかな?」
「大丈夫だって!みんな優しかったし、ちょっと変な所はあったけどさ。全然怪しくなかったじゃん!ちゃんとした妖精だって!」
太一が自信満々な口っぷりで言う。
「でも……妖精のふりした妖怪ってことはない?もし、妖怪だったら……僕たち、食べられちゃうよ?」
陸は想像してぶるっと身震いした。
「私も妖怪じゃないと思うけどな。みんな面白くて優しくて……きれいな羽も付いてたから、絶対妖精さんだよ」
「……そうかな?大丈夫?」
陸はまだ不安そうだ。
「きっと大丈夫だよ!」
優樹は安心させる様に、にっこり笑って言った。
「でも……僕…お泊まりするの苦手だし……」
「本当はね、私もお泊まりって、あんまりした事ないから不安なんだけど……二人部屋だし、大丈夫かなって思って……それにパンフレットに部屋の写真が載ってたけど、すごく可愛い部屋でしょ?!だから、ちょっと泊まってみたいって思っちゃって」
「優樹!部屋はカッコイイ方がいいに決まってるだろ?陸!部屋の写真見てみろよ。すっげーかっこいい部屋だったよ?」
太一はパンフレットのページをめくると、陸に部屋の写真を見せた。
「…確かにかっこいいけど……そういう問題じゃなくて…僕……幽霊見えちゃうから…知らない所に泊まるのは怖いんだ……」
陸が思い詰めたように言うと、
「あっ…そうだったよな…ごめんな」
太一が心底申し訳なさそうに謝った。
「えっ?幽霊見えるの?」
優樹は驚いて聞き返した。
「うん……」
「いつも見えちゃうの?」
「うん…自分の家でもしょっちゅう見える…夜中にトイレに行って、部屋に戻ってベッドに入ったら、天井に女の幽霊が張り付いてて僕の事見下ろしてたり…」
「何それ、怖っ!」
太一の腕に鳥肌が立つ。優樹は、思わず声を上げそうになり、両手で口をおおった。
「それと…前にホテルに泊まった時、ベッドで寝てて、ふと夜中に目が覚めたら…隣に幽霊が寝てた…で僕の首をしめてきたんだ!…」
優樹と太一はゾッとして目を見開いた。
「それは…怖いよね」
優樹は心から同情した。なぜなら、優樹自身もかなりの怖がりだからだ。幽霊は見た事はないが、暗闇の中には、もし幽霊がいたらと思うと、怖くて一人では行けない。だから夜寝る時も電気を真っ暗にして眠れないのだ。
「でも…もし幽霊が出なければ行ってもいいって思う?」
「…怖いことがなければ、行ってみたいなとは思う…汽車には乗ってみたいから」と、陸は言った。
「だろ?!あのパンフの汽車、かっこ良かったもんな!あんな汽車、現実にはないよ?ここでしか乗れないんだから、このチャンス逃したら損だよ!」
と、太一が力説すると、
「そう……だよね」
陸はためらいながらも返事をした。
「そうだよ!私も正直ちょっと不安だけど…こんなチャンスきっともうないよ?それに、もし幽霊や妖怪が出たら魔法の杖で消しちゃえばいいんだよ!だから、一緒に行こう!」
陸は、しばらく考え込むようにうつむいていたが、ぐっと顔を上げると、真剣な眼差しで優樹を見つめて言った。
「……じゃあ、優樹が僕の事守ってくれる?」
「へっ?……」
陸の思わぬ言葉に、優樹は戸惑った。普通は男の子が女の子を守るものじゃない?と思ったが、潤んだ瞳で見つめてくる陸を見ているうちに、
「わ、わかったよ。私が守って……あげるね!だから大丈夫だよ!」
と、自分も怖がりのくせに、優樹はついつい、そう返事をしてしまった。すると、陸の顔がみるみるうちに笑顔に変わり、
「わかった!じゃあ僕、一緒に行くよ!優樹といたら楽しそうだし」と、言った。
それを聞いていた太一が、「ねえ、何で優樹なわけ?!普通、俺に言うんじゃない?」と、何か納得いかない顔をした。
「だって、優樹は優しそうだから、守ってくれそうだなって思ったんだ」と、陸は答えた。
しばらくして、ネイビーが様子を伺いにきた。
「どう?気持ちは決まった?」
太一は、優樹と陸に目配せしてから、
「はい!俺たち、三人とも行くことに決めました!」
と、元気良く答えた。
「そう!それは良かったわ!サインはした?」
「はい!」と、三人が返事をすると、ネイビーはさっと書類に目を通し、記入漏れがないか確認した。そして、確認し終えると
「黒ー!金!ブルー!サインお願い!」と、三人の妖精を呼んだ。
三人の妖精は部屋に入ると、黒ちゃんは優樹、金ちゃんは太一、ブルーは陸の前に座り、申し込み書にサインをした。申し込み書には本人のサインの他に、担当の妖精のサインが必要なのだ。
黒ちゃんは、「ゆうじゅ、よく決心したじゃん!怖がりのくせにさ」と言って、優樹の肩をバンっと叩いた。次に金ちゃんが、優樹の方を見て、「ほ〜んと、よく決心したっすよ!マジでパネっす!」と、感心した様に言うと、今度は太一の方を見て、
「たいちは、怖がり〜じゃないっすもんね!さすがっす!自分、担当するだけあるっすよね〜まあ、頑張って下さいっす!」と、笑顔で言った。
「う、うん……ありがと」と、太一は言った。
最後にブルーが陸の方を見て、
「僕は嬉しいよ。陸が決心してくれて……僕はいつでもりくを応援してる。どんなことが起きてもきっと大丈夫だから、自分を信じてね」
と、微笑みながら言った。
ネイビーは書類を三枚、手に取ると、「責任を持って手続きしておくからね」と、言った。
「今日はこれで終わりよ。トランクは明日、おじいさんたちの所へ行って貰ってきてね。現実で明日の晩寝ると、また森の入口に来られると思うから、今度は”おじいさんの家”と書かれている看板をたどって行ってね。大丈夫よ、ちゃんと着くから」
とネイビーは言うと、一つため息をついてから、
「今日はこれでお別れだけど…また会えるわ。帰り道は……来た道を戻ればいいだけだからね。”森の入り口"って看板があるから、その通りに行けば大丈夫よ!でも、もし……困ったことが起きたら、自分自身をよく見てみるのよ」と、言った。
「……えっ?あっ、はい。わかりました」
ネイビーの最後の方の言葉は、いまいち理解できなかったが、優樹はとりあえず返事をした。
「……あの、現実に戻るにはどうすればいいですか?」
優樹の問いかけに、グレーが目を輝かせたながら、「あっ、それはね!私が説明してあげる!」と言って、食べていたモンブランを片手に近寄って来た。
「”森の入口”を出る前にね、大きくて葉っぱがキラキラ金色に輝いている木があるの。その木はプットバックの木と呼ばれてるんだけど、そこにある十段程の石の階段を登るとね、扉があるから中に入ってね。中は部屋になっていて床に大きな穴があいているから、思い切って飛び込んで!中は滑り台のようになっているから大丈夫よ。滑り終えたら現実に戻ってるわよ。それじゃあ、気を付けて帰ってね!」
と言うと、残りのモンブランをパクッと一口で食べた。
妖精たち全員が、優樹たち三人を玄関まで見送った。
「んじゃ、気をつけて帰んな〜!」
と、黒ちゃんが言うと、その後ろで和やかに手を振る妖精たち……三人は、扉の外へ出ると皆を振り返った。まずは太一が、「じゃあ、いろいろ教えてくれてありがとう!」と言うと、続いて陸が、無言でぺこりと頭を下げた。最後に優樹が……「みんな、あり……」とまで言いかけた直後、バタンッ!と勢いよく扉は閉まり……優樹は最後まで言葉を続ける事はできなかった。
優樹はポカンと口を開けたまま、扉を見つめた。扉の横にあるランタンが、ゆらゆらと横に揺れている。太一と陸は無言のまま、しばらく突っ立っていた。そして、三人は何かスッキリしない気持ちのまま、”妖精の家”を後にした。
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