ペリウィンクルの森

''妖精の家"まで、500mという看板を最後に、曲がりくねった小道を進んでいくと、小道の終わりのその先に、ぽっかりと円形に開けた場所があった。そして、細い樹、太い樹など様々な大きさの樹が、この場所を囲む様にして、生い茂っていた。

「うわぁ〜!かわいい!」

 優樹は思わず感嘆の声を上げた。

「妖精の家って、ここにあるんじゃね?」

 太一は周囲の樹を眺めて言った。

 ここにある樹々の幹には、カラフルな色の木製の扉や窓が、幾つもついていた。優樹は自分が持っている、お気に入りの木の形のおもちゃを思い出して、胸を高鳴らせた。幹の上の方にある窓の前には、ロープで出来た柵のようなものがついていて、幹の一番下にある扉の前には、階段がついていた。


「……あそこに、"妖精の家"って看板があるよ」

 陸が、ここにある樹々の中で一番、幹が太くて大きい樹の方を指さして言った。この樹にも幾つか扉がついていて、幹の下の方の側面には、煙突のついた三角屋根の小屋が、くっつけて建てられていた。

 この樹の手前にある、木のツルで出来たアーチの天辺に、"妖精の家"と書かれた看板は、ぶら下がっていた。木で出来ている看板は、苔が生えていて、かなり古びていた。アーチの奥にある階段は、この樹の幹についている扉の中でも、一番大きくて立派な、赤色の扉へと続いていた。

「……どうする?行ってみる?」 

 優樹は二人に聞いた。

「ここまで来たら、もう行くしかないだろ?」

 太一は言った。

「でも……もし変なのが居たら……僕、嫌だな」

 陸は行くのをためらった。

「じゃあ、陸はここで待ってろよ。俺が見てくるから」

 太一はそう言うと、一人歩いてアーチをくぐり、階段を上り始めた。優樹は慌てて、後をついて行った。陸もそんな2人を見て、渋々歩き出した。

 優樹は、階段に一步足を踏み出した時、この場所が樹が生えている場所よりも、5メートル程高い崖になっている事に気づいて、足がすくんだ。優樹は木の枝で出来た階段の手すりにつかまると、一段ずつ、ゆっくりと上って行った、後ろでは陸が、階段の一段目で立ち止まり、「ぼ、僕、高い所、苦手なんだ」と、震える声で言った。優樹は振り返って、「ほら、この手すりにつかまれば大丈夫だよ」と言ってから、自分の片方の手を差し出した。陸は一瞬、驚いたように目を見開いたが、優樹の表情を見て察したのか、その手を取った。お互い、なるべく下を見ないようにして上っていった。

 最初に扉の前まで来た太一が、真剣な面持ちで扉を見つめていた。

 「太一……ノックしてみる?」

 優樹が恐る恐る聞いた。太一は黙っている。

 この扉の横には、ランタンがぶら下がっていて、ほのかに明かりが灯っていた。扉の真ん中には、”妖精の家”と書かれた木製の表札がぶら下がっている。

 「ノック……するぞ」

太一は握りしめた拳を上げた。優樹は太一の服の裾を掴むと、息を呑んで扉を見つめた。陸は二人の後ろで、怯えた目をしながら、扉を見つめていた。そして、太一が意を決してノックしようとした、その時、突然、ギィーッと鈍い音を立てながら、扉が開いた。 

 驚いた二人は、そのままの姿勢で固まってしまった。なぜか、開いた扉の向こう側には誰もいない。不思議に思った二人は顔を見合せた。

 二人は誰かがやって来るのを待っていたが、しばらく経っても誰も来ないので、優樹はそっと、家の中を覗いてみた。玄関からは、家の奥へと続く真っ直ぐな廊下が伸びており、廊下の両側には何本も柱が立っていた。

 「……誰もいないみたいだよ」

 「でもさ、だったら誰がドアを開けたわけ?すみませーん!誰かいますかー?」

 「た、太一!そんな大声で呼んだら、誰か来ちゃうよ!」

 陸が後ろで、今にも泣き出しそうな声で言った。

「だって、そのために来たんだろ?……すみませーん!」

 太一は大声で呼び掛けながら、玄関の中に足を一歩踏み入れた。一方、優樹は玄関の中に入らないギリギリの場所で、少し前屈みになりながら、じっと部屋の奥を見つめた。すると突然、柱と柱の間から、たくさんの顔がひょこひょこっと現れ出た。

 「うわあぁぁ!!」

 二人は叫び声を上げると、よろめきながら、後ろに飛び退いた。陸もその二人の叫び声に驚いて、「ひゃああぁ~!」と、奇声を発しながら、一緒になってよろよろと後ろに飛び退いた。

 いくつもの顔たちは、こちらの様子を伺うように、じっーと見つめてきた。その不気味な光景にゆうじゅが思わず、「うわっ!妖怪!」と叫ぶと、その顔達が、一斉に口を揃えて、「妖怪じゃねーわ!」、遅れて一人が、「妖怪じゃねーわ」と、言い返してきた。

「えっ?!じゃあ何?!このキモい生き物は?!」

と、今度は太一が言うと、またもや一斉に、

 「しつれーね!キモくなんかないわよ!」、遅れて一人が、「しつれーね!キモくなんかないわよ!」と、言い返してきたのだ。そして、驚いて突っ立っている優樹たちの前に、その顔達は柱の間から次々に姿を現した。すると、それが妖怪ではなく、妖精である事が分かった。なぜならば、背中に透き通った綺麗な羽が生えていたからだ。

 その集団の中から、金髪で金色の服を着たイケメンの男の妖精が、驚いた顔をしながら近づいて来た。

  「何で3人一緒にいるんすか?!」

まるで、以前から優樹たちの事を知っているかのような口振りだ。

 「えっ?あっ……私たち、ここへ来る途中の道で……出会ったんです」

優樹が少し戸惑いながら説明している隣で、

「そうなんですよ!俺、途中で泣いてる妖怪に出会ったんです!」

と、太一が何のためらいもなく答える。優樹は、"妖怪"という言葉を聞いた途端、太一の方にばっと顔を向けた。

「だから!妖怪じゃないって言ってるでしょ!」

「そんなにむきになるなよ、冗談だって、冗談!」

「何が冗談よ!」

「ねえ、2人ともケンカしないでよ…」

  陸は二人の顔を交互に見ながら、おろおろしながら言った。その直後、

「あら!3人とも、ずいぶん仲良くなったのね!」

 今度はかん高い声と共に、金髪をポニーテールに結っている黒い服を着た女の妖精が現れた。

 その女の妖精は、「さあ、3人とも中に入って」と、優樹たちを家の中に招き入れた。


         ◇◇◇


 「へえー!木の中ってこんな感じなんだ。案外広いんだな」

 すっかり警戒心がなくなった太一は、部屋に入るなり、感心したように言った。優樹は部屋を眺めながら、意外と普通のお部屋なんだなと思った。妖精が住む家のイメージ……花びらとか、葉っぱとか、木の枝を使っている様なものとは違った。見たところ、人間が住むお家の部屋とあまり変わりはなかった。

部屋の中央には、木で出来た素朴な楕円形のテーブルとグレーの布張りのソファーがあり、ソファーにはふわふわの真っ白いクッションが置かれていた。壁にはジャムの瓶の絵や赤や黄色などの明るい色彩のお花の絵などが飾られている。全体的に北欧風インテリアの部屋だ。優樹たちがキョロキョロしていると、

  「とりあえず、座って下さいっす!」

 と、さっきの金髪の妖精が満面の笑顔で言った。見るからにふわふわのふソファーに、三人は並んで座った。するとそこに、水色の髪に青い服を着た穏やかそうな妖精がやって来て、相向かいのソファーに座った。その妖精は微笑みながら、「ゆっくりしていってね」と、言った。

「ちょっと、1度話す前にいいっすか?」

 金髪の妖精はそう言って、どこかへ行ってしまったが、しばらくしてから、二人の妖精を引き連れて戻ってきた。先頭は金髪の妖精で、後ろには二人の妖精が、それぞれ前にいる妖精の肩につかまっている。その様子は、まるで電車ごっこをしている子どものようだ。そして、先頭から順に、「金です!」「銀です!」「銅です!」と、交互に顔を出しながら自己紹介すると、最後に三人が口を揃えて、「金、銀、銅です!」 と、言った。

 優樹たちが、ポカンとした顔で見ていると、金という妖精が、

 「あっ、時々〜、きん、ぎん、"どん"って言ってくる奴がいるっすけど、きん、ぎん、っす!俺たち、どんぶりじゃないんで!マジ、ウケるっすよねー、"きんぎんどん"なんて丼ぶりあるわけないじゃないっすか!マズそうっすよね!きん、ぎん、なんで!お間違いなく!よろしくっす!あっ、因みに、俺の事は”金ちゃん”って呼んでくれていいっすよ!」

 と言うと、にっこり笑った。すると、他の二人もにっこり笑いながら、「俺の事は、”銀ちゃん”って呼んで下さいっすね!」、「僕の事は、”銅くん”でも”銅ちゃん”でも、どんな風に呼んでもいいよ〜」と、言った。この三人はどうやら兄弟らしい。

優樹たちは、3人のテンションにかなり引き気味だ。太一は苦笑いを浮かべながら、「わっ、わかりました~」と、答えた。

この後、金髪で黒い服の妖精と金ちゃんと水色の髪で青い服の妖精が残った。そして、優樹たちの前に座ると、まず最初に金ちゃんが話し出した。

「マジ、驚いたっす!3人一緒なんすもんね!マジ、パネっす!まあ、話が一度で済むから、楽っすけどね!はい!……因みに俺の両サイドに座ってる妖精は、こっちが黒っていって……」と言いながら、右隣を見た。次に左隣を見ながら、「……で、こっちがブルーって言うんすよ!ブルーは頭がいいんで、頼りになるんすよね!」

 紹介されると、ブルーという妖精は穏やかな笑みを浮かべながら、「よろしくね」と、言った。

一方、黒という妖精の方は、金ちゃんの事をギロッと睨んでから、優樹たちの方を向き、

 「私の名前は黒。”黒ちゃん”って呼んでいいよ!よろしくね!」

と言って、にっこりと笑った。

 金ちゃんは、黒ちゃんの睨みにビビりながらも話を続けた。

「……で、今日、君たちに来てもらったのは〜大事な話しがあるからなんすよね!……話っていうのは……えっと……あれ?……何でしたっけ?」

 「おい!金!あんた、ふざけてんの?!」

 「ふざけてなんかないっすよ!マジ、忘れちゃって〜だって、説明とかって〜難しくないっすか?マジ、パネっすよね〜」

「何が”パネっす”だよ!私が話するから、あんたは隣で大人しくしてて!」

黒ちゃんの迫力に、優樹たちが驚いていると、

「あっ…ごめんね!びっくりさせちゃって……金はダメだから、私から話させてもらうね!」

 と、黒ちゃんが申し訳なさそうに言った。

「突然、こんな所に来ちゃって……すっごく驚いたよね?でも、これには理由があるの。その説明をする前に、この場所の事を教えるね!ここは、妖精国の手前にある場所で、”ペリウィンクルの森”っていうの。でね、この木の家は、こんな風にあなたたちを呼ぶ時のために用意されている所なの。あっ、妖精界って、私たち妖精が住んでいる世界の事ね。他にも色々な世界があって、魔法使いがいる魔法界や小人がいるレインボータウンだとか、あとは人魚がいるマーメイドクラウンとか、妖怪がいる妖怪村とかね〜、それに歯車の世界や煙突の世界なんかもあるのよ〜まあ、他にも色々あるんだけど、代表的なのはこんなところかな。これらを総じて、"夢の世界"っていうの。夜、眠ると行ける場所だから、"夢の世界"って呼んでるんだけどね!でね……」

 と、黒ちゃんが更に話を続けようとした時、ブルーが、「ちょっとごめんね、黒ちゃん」と、一言断ってから、優樹たちに向かって言った。

「ここまでの説明で分からない所とかある?」

優樹は少し考えてから、

「あの…今、”夢の世界”って言いましたけど、こういう世界って、みんなが来られるものなんですか?」

「いや、この地球上の全ての人間が来られるわけではないよ。選ばれた人間しか来られないんだ。これに関しての説明は、これから黒ちゃんがしてくれると思うから……他にはあるかな?」

すると、今度は太一が、「歯車の世界って…どんな世界なんですか?」と、聞いた。「歯車の世界はねえ〜」と、黒ちゃんが意気揚々と話し出す。

「スチームパンクって知ってる?」

「いや……知らないです」と、太一が首を横に振った。優樹も、"私も知らないです"と言って、話を聞こうとしたが、隣にいる陸が何か落ち着かない様子で、視線をキョロキョロさせているのが目の端に映ったので、「どうしたの?」と、小声で聞いた。

「なんか、ここ怖くない?ほんとにここに……居て大丈夫かな?」

 と、陸も小声で返してきた。

「どうして?」

「だって、みんな優しそうに見えるけど……本当は悪い奴で、僕たちを騙してるって事はない?」

「……そんな事、ないと思うけど……みんな優しい妖精さんに見えるけどな」

「僕は頭が良いから、色々な事を深く考えてしまうんだ」

「………」

 優樹は無言のまま、前に向き直ると、黒ちゃんの話に耳を傾けた。

「……機械好きならハマる世界かもね!でね、ピエロとか魔女なんかもいるのよ〜」

「へぇーそうなんですか?行ってみたいな〜、なあ、陸……」

と言って、太一が陸の方を見ると、陸が尚も優樹に、

「ねえ、ここから逃げようよ〜、ここに居たらきっと食べられちゃうよ?ほら、あそこの窓から外に出よう!太一は話に夢中だし……この際だから僕たちだけで……太一ならきっと一人でも逃げられるよ」

と、ヒソヒソ声で話しかけていた。


黒ちゃんは、陸の方をチラッと見ながら、

「……少し、休憩しようか?あなた達もここまで歩いてきて疲れたんじゃない?おいしいお茶とケーキがあるから食べない?今、持ってくるね!ほら、金!そんなとこで踊ってないで手伝って!」

 と言って、金ちゃんの手を引っ張ると、奥にあるキッチンに行ってしまった。

その間、ブルーは陸に、「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。いきなり、こんな世界に来たら、怖いのは当たり前だけど……僕たちを信用して欲しいんだ」

と、優しく諭すように言った。陸は微かに頷いたが、その表情は固かった。太一は、そんな陸の肩をポンポンしながら、「大丈夫だって!俺がついてるだろ」と言った。

 しばらくして、黒ちゃんと金ちゃんがお茶とケーキを金ぴかのトレイにのせて戻ってきた。黒ちゃんは優樹たちの前にお茶とケーキを置くと言った。

「さあ、どうぞ。熱いから気をつけてね」

 優樹がカップを覗くと、得体の知れない真っ黒な液体が入っていた。(毒…入ってないよね?)と、少しだけ不安に思いながら見つめていると、陸が優樹の肩を何回も叩きながら、

「これ、大丈夫かな?きっと毒だよ、飲まない方がいいよ!死んじゃうよ!」

 と小声で不安そうに話しかけてきた。一方で太一は、

「これ、コーヒー?俺、コーヒーは飲めないんだよね……優樹は好きでしょ?あげるよ」

 とささやくと、そっと指で自分のカップを優樹の方に寄せた。優樹は、(私だってコーヒー好きじゃないのに……)と思いながら、「これ……なんですか?」と、黒ちゃんに聞いた。

 「お茶よ、こういう色なのよ。心配しないで。おいしいから飲んでみてね」

「マジうまいんで、飲んでみて下さいっす!あと、ケーキもおいしいっすよ!」

 と、二人が言うので、優樹は思い切って一口飲んでみた。

 「おいしい!」

 見た目と反して、ミルクティーの様な味わいだ。それを聞いた太一は、カップを自分の所に戻すと、ゴクッと一口飲んだ。

 陸は相変わらず、飲まずにカップを見つめていた。優樹と太一は、苺とラズベリーが飾られてるケーキを食べながら、黒ちゃんの話を聞いた。

「それじゃあ、さっきの話の続きをするね!妖精界ではね、人間界の時期で言うと毎年春くらいに、あなた達くらいの年齢の子ども1000人集めるの。その目的は、妖精界にあるブルーエルフィン妖精魔法学校に入学させるためなのよ」

 (ブルーエルフィン妖精魔法学校?!)

 優樹は驚いた。あの青い空間にあった日記に、書かれてあった学校の名前と一緒だったからだ。

「あの、私……」

「うん?どうしたの?」

「あの……私、夢を見たんです。夢の中でなぜか青い空間にいるんですけど……そこは部屋になっていて、私はベッドで寝ているんです。目覚めると、部屋の真ん中にテーブルがあって、日記が置いてあるのに気づいて読んでみたんです。そしたら、そこにブルーエルフィン妖精魔法学校の事が書かれてあって……本当にこんな学校あるのかなと思っていたんだけど、今、その学校の名前が出てきたからびっくりして……」

「えっ?そうなの?青い空間……何だろうね、その夢……」

と言うと、黒ちゃんはしばらく考え込んでいた。でも、分からなかったのか、「よくわかんないけどさ!ただの夢じゃない?気にしない、気にしない!」と言って、優樹の肩をポンポンと叩いた。

 優樹は青い空間にいた男の子の事も話したかったが、早々に話を打ち切られてしまったので、それ以上話すことが出来なかった。太一が、「何、その夢?」と、優樹に聞いてきたが、優樹は静かに首を横に振った。

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