太一と陸
春休みの土曜日の午後、 広大な田畑が山の麓に広がる自然豊かなこの村で、ある二人の男の子が部屋でゲームに興じていた。青い空が広がる天気の良い日にである。
この二人の男の子の名前は、
天井と壁が青い星柄の壁紙で、家具類も爽やかな水色に統一された太一の部屋で、二人はそれぞれゲームに夢中になっていた。しばらくして、太一がおもむろに口を開いた。
「林間学校さぁ、自分の枕、持っていけるかなぁ?」
「枕?何で枕なんか持ってくの?」
ゲーム機の画面を見たまま、陸が聞く。
「俺さー、自分の枕じゃないと眠れないじゃん?」
「ふーん、そうなの?」
「何、それ!忘れたの?幼稚園と小1と小2と小3の時、俺が陸ん家泊まりに行った時に、枕、持ってったじゃん!」
太一が、覚えてないなんて心外だと言わんばかりに、目を丸くして言った。
「あっ……そうだっけ?そう言えば、そうだったかもね……今も自分の枕じゃないとだめなんだ?」
「そうなんだよねー……もし、枕持っていけなかったら、どうしよう!?俺、眠れないよ、絶対!」
「そっか、それは深刻だね」
「マジ、深刻だよー、眠れないのって最悪!陸は大丈夫?」
「あー、ぼくも……他所の家では、眠れないかな」
「へぇー、陸も?何で?俺んち泊まりにくる時に枕は持ってきてないじゃん?」
「枕とかの問題じゃなくて……ぼくの場合、自分の家以外に泊まる事自体が苦手なんだ……」
「ふーん……でも、俺んちは大丈夫じゃん?」
「太一の家にはいつも遊びに来てるから、いないって知ってるし……」
と、言ってから、陸はしまったといった感じに、ゲームをしていた手を止めた。太一は、うん?といった表情をしてから、
「えっ?いないって……何が?」と陸に聞いた。
「あっ…えーっと……あの……そう!ほら、太一の家は虫があんまりいなくていいなって!」
「田舎なんだから、どこの家でも虫は出るだろ?本当の事言えよ?」
太一は、少し怒りながら言った。
「………」
陸は無言のまま、うつ向いている。
「ど、どうしたんだよ?別に俺、怒ってないよ?ごめんな!……でも、何で隠すのかなって思ってさ!何か……言いづらい事なのか?」
太一はそう言うと、陸の顔を覗き込んだ。
「……ごめん、別に隠すつもりはなかったんだけど……こんな話したら、頭がおかしいやつって思われそうで……」
陸はそう言うと、再び口をつぐんだ。
「そんなこと思うわけないだろ?友だちなのに!」
「だから怖いんだ……もし友だちでいられなくなったらって思うと……怖くて言えないよ!」
「俺たち、小さい頃からの友だちだろ?どんな時も助け合って来たじゃん!辞める時も安らかなる時も……」
「それを言うなら、病める時も健やかなる時もだよ……そもそも僕たちは夫婦じゃないよ……」
太一は陸の肩に手を乗せると、
「まあ、そうだけど!俺たちはそれ以上の仲だもんな!……だからさ、ちょっとやそっとの事で、友だちやめたりしないよ?だから、何か悩んでるなら、話して欲しいんだ……」
と、言った。
その言葉を聞いた陸は、顔を上げて太一を見た。そして、決心したように一つ大きく息を吸ってから言った。
「実は、僕……幽霊が見えるんだ……」
「………」
陸はドキドキしながら、太一の言葉を待っていたが、返答がないので、チラッと横目で太一の事を見た。太一はなぜか表情も変えず黙っている。陸はあれ?と思いながら、
「あの……聞いてる?」
と、太一の様子を伺った。
「ああ、聞いてるよ……別にそんな事、前から知ってたし」
「ええー!?ウソ?何で?いつから?!」
陸は目を見開くと、次々と言葉をまくし立てた。
「陸、声でかいよ……変だなって気づいたのはだいぶ昔からだよ。だって、壁とか空中に向かって話しかけてたり、誰も追いかけてないのに走って逃げてたりするし。最初はもしかして精神の病気なんかなって思ったけど……別に普段は普通だしさ……もしかして、幽霊でも見えんのかなって思ったけど、確信なかったし。そしたら、この間、陸ん家泊まりに行った時に偶然見ちゃってさ……」
「えっ?もしかして……」
「うん。あれ……お札だろ?」
「陸がトイレに行ったとき、驚かそうと思ってベッドの下に隠れたら貼ってあったからさ……見えちゃって。ごめんな……」
「ううん。何だ……わかってたんだ」
陸は納得したように、うんと一つうなずくと、話し始めた。
「初めてお化けが見えたのは、幼稚園の時なんだ。教室で一人で絵本を読んでいたら、見たことのない女の子が部屋の片隅に座っていて……お人形で遊んでいたんだ。どこの組の子だろうってじっーと見ていたら、視線に気づいた女の子が突然振り返って、すごく驚いた顔で僕の事を見つめてきたんだ。だから、僕は、『君はどこの組の子なの?』って話しかけたんだ……そしたら、『わかんない……』って言うから、『君はここの幼稚園の子なの?』って聞いたんだ……」
「で、その子は何て?」
太一は身を乗り出して聞いた。
「黙ったまま、うなずいた…」
「へえ!じゃあ、その子、俺たちの幼稚園に通ってた子なんだ!……病気とか事故とかで死んじゃったのかなぁ?」
「さあ……当時はその子がお化けって思わなかったから……普通にお話ししてたし」
「じゃあ、お化けっていつ気づいたの?」
「気づいたのは……最近かな。その子、度々教室に現れては、いつも部屋の隅っこでお人形遊びしててさ……なんか一人で寂しそうだったから、時々話しかけてたんだけど……ある日、いつものようにその子と話してたら、先生が『陸くん、誰とお話ししてるの?』って聞いてきてさ。『ここにいる女の子と』って答えたら、すごい先生の顔が変な顔になって……その時の先生の顔と言葉は、未だに鮮明に覚えてるよ……。『そうなのね……陸くんは想像力が豊かなのね!』って。その時は先生の言ってる意味がわからなかったけど……今ならわかるよ。先生には、女の子が見えなかったからなんだよね」
陸は、片方の口角を上げてクスッと笑うと、今度は太一に問いかけた。
「……で、その後、先生はどうしたと思う?」
太一はしばらく考え込んだ後に、「ええ?そうだなー……ごめん、わかんない」と、答えた。すると、陸は少し残念そうな表情を浮かべた。
「……近くにいる子どもに、『陸くんが一人で可哀想だから、遊んであげてくれる?』って言ってさ。連れてきたんだ」
「……誰を?」
「もしかして、覚えてないの?この時の事!」
突然、陸の声が大きくなる。
「えっ?何、何?」
太一はビクッとして驚くと聞き返した。
「覚えてないんだね……まあ、いいよ。この時、僕のとこに来たのが……太一だったんだ」
すると、太一は目をきょとんとさせた。
「えっ?うそ!マジで!?全く覚えてない……ていうか、思い出せない」
「太一は友だちが多かったから……僕は太一が初めての友だちだったから。すごく鮮明に覚えてるよ」
「ごめんな……覚えてなくて……」
「ううん、いいんだよ……僕たちこれがきっかけで友だちになったんだよ」
「何か……その幽霊の女の子に感謝じゃん!」
太一はそう言って、陸の背中をバンッと叩いた。
「痛いよ!太一!」
「ごめん、ごめん!……俺はさ、幽霊とか全然見えないけど……そういうのって俺いると思うし。だから、陸の事、全然変なやつとか思わないよ!逆に見えんのってすっげーなって思うよ!」
「そうかな?……僕は見えなくなりたいって思う。だって、すごく怖いんだ。寝てる時に、いきなり足首つかまれたこともあるし……」
太一は、「あっ……」と、言ったきり、言葉に詰まった。
太一が何て言葉を返そうか考えていると、陸がまた話始めた。
「この間なんか、夜ベッドに寝てたら、いきなり耳鳴りがして、何かと思ったら、次の瞬間体が動かなくなって……布団の上を何かが這い上がってくる気配がしたんだ。僕、本当に怖くて。でも目を閉じることも出来なくて、布団を見つめていたら、手だけの幽霊が僕の首元まで来て、首を……絞めてきたんだ……」
「まっ、マジで?!」
太一は目を見開いた。陸がうなずく。
「僕、本当に苦しくて、心の中で何回も"やめて!"って叫んだんだ。そしたら、ふっと首が楽になって金縛りも解けたから、ホッとして横を向いたら……」
「向いたら?!」
太一は息をのみながら聞いた。
「手首までの手がぶらーんって空中に浮いてた……」
「何かそれ……」と、言いながら、なぜか太一の口元がだんだんと緩んでいく。陸は訝しげに太一を見つめた。次の瞬間、「まるで、ア◯ムスファミリーのハンドくんじゃん!」と、言って、太一はぷっと吹き出した。
「俺も見てみたかったな!ハンドくん!」
「太一!ひどい!僕、本当に怖かったんだからね!」
「ご、ごめん、ごめん!……くくっ」
太一は肩を震わせながら、一生懸命笑いをこらえている。陸は不満げに眉をひそめながら、
「ハンドくんって何?」と、聞いた。
「あっ、陸、知らないの?まあ、結構昔の映画だからなあ。俺は最近お母さんと見て知ったんだ。超面白いからおすすめだよ。今度一緒に観ようぜ!」
「う、うん.....」
陸は何か納得がいかなかったが、太一とは今までと変わらず、友だちでいられるようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます