エピソード 4ー3
王都での役目を終えた私はアレンを連れてウィスタリア侯爵家へと帰還した。そしていきなり当主、つまりはお父様に呼び出される。
執務室に足を運ぶと、お父様は部屋の真ん中で仁王立ちをしていた。
「……リディア、魔将を撃破したそうだな」
「いえ、倒したかったのですが、逃げられてしまって……」
「倒そうとした? なぜだ?」
「実は……お姉様の治療薬に必要な素材の一つに鏡像の欠片が――」
最後まで口にすることは出来なかった。
お父様に両手で頬を引っ張られたからだ。
「おひょうひゃま、なにひゅるんですか……?」
「なにをする、ではない! 姉のために努力するのはいい。だが、一人で無茶をするなと言っただろう! おまえになにかあれば悲しむ人がいるのが分からないのか!」
お父様は何処までも私の心配をしてくれている。
私はそれに感謝して、だけど、お父様の手を振り払った。
「心配してくださってありがとうございます。お父様やお母様、みんなが心配してくれているのは分かっています。でも、私はこれからも無茶をします」
「……死ぬつもりか?」
「いいえ」
死なないために無茶をするのだと、お父様の顔をまっすぐに見る。
しばらくして、お父様は小さな溜め息を吐いた。
「……そうか。ならば俺はこれからも心配する。せいぜい罪悪感に苛まれるがいい」
「あら、ではいままで通りですね」
私が笑えばお父様も苦笑した。
「……そう言えば、屋敷に襲撃があったと聞きましたが、素材は無事ですか?」
お姉ちゃんを救うために必要な素材。もしそれらがなくなっていたら集め直す必要がある。そんな心配をしたのだけれど、その点については杞憂だった。
「ああ。その辺りは無事だ。ただ、ご先祖様の――英雄ルナリア様のアルケイン・アミュレットがなくなっていた」
「……アルケイン・アミュレット?」
なぜそんな品がと首を傾げる。
英雄ルナリアの遺品。たしかに歴史的価値はあるかもしれないけれど、国中の人が、そのアミュレットの保管先がウィスタリア侯爵家であることを知っている。
盗んだとしても、誰にも見せることが出来ない。
それに、帰属アイテムであるために他の人が使用することは敵わないし、旧型のアルケイン・アミュレットは現代の品と比べて性能が劣る。
そんな風に考えていた私に、お父様は「襲撃者は恐らく魔族だ」と口にした。
「……魔族? もしかして……」
「なにか心当たりがあるのか?」
「実は、私が戦った魔将、鏡像のアルモルフはルナリアの姿をしていたんです」
「それは、どういうことだ?」
この世界は『紅雨の幻域』の設定を、ちゃんと理由づけて反映していた。もしも、鏡像のアルモルフが姿や能力をコピーすることにも理由を付けているのだとしたら……
「鏡像のアルモルフは倒した敵の能力や姿をコピーします。その理由は不明だったんですが、もしかしたらアルケイン・アミュレットを触媒にしていたのかもしれません」
装備者の魔力に馴染んで帰属アイテムとなる。それを触媒に、能力や姿をコピーしている可能性はあるだろう。
それに、漂流者ではなく、英雄のコピーだと考えると色々と辻褄が合う。
「魔将が英雄ルナリア様の能力をコピーしていただと? おまえ……それに勝ったのか?」
「旧型のアルケイン・アミュレットは性能が劣りますから……」
そこまで考えてはっとなる。
さきほども言ったように、旧型のアルケイン・アミュレットは性能面で劣る。それを触媒にした鏡像のアルモルフは、本来よりも弱かった可能性がある。
――というか、私が殺されていたら、とんでもないことになってたかもしれないわね。
新型の、それも能力を厳選したアルケイン・アミュレット。それを触媒にした鏡像のアルモルフ。下手をしたら、魔王を超えるような存在が生まれていたかもしれない。
「……リディア?」
「いえ、なんでもありません」
やはり、あの場で魔将を倒し損ねたのは痛かった。私のじゃなくても、新型で強力なアルケイン・アミュレットを入手したら、いまよりも強くなる可能性が高い。
……いや、最悪を回避できたと考えよう。
私はその事実を胸に、報告を終えてお父様の部屋をあとにした。
それから、ソフィアの下へと向かう。
彼女は中庭の片隅で剣の素振りをしていた。
まだ拙い剣技。
それでも一心不乱に剣を振るう、その姿に胸が痛くなった。
私はぎゅっと拳を握りしめ、それから意を決して彼女の下へと歩み寄る。
「――ソフィア」
「あ、リディア姉様! 無事だったんですね――ふぁっ!?」
ぎゅっと抱きしめれば、彼女は驚きの声を零す。
「ソフィア、ありがとう。貴女のおかげで窮地を脱することが出来たわ」
「い、いえ、そんな。リディア姉様に少しでも恩を返せたなら嬉しいです」
健気なソフィアが可愛すぎる。
でも、だからこそ、いまの状況を早急に是正する必要がある。
「ソフィア、アンビヴァレント・ステイシスを解除しましょう。お姉ちゃんには負担を掛けてしまうけれど、もう一度私が引き継ぐわ」
ソフィアは治癒魔術師だけど、接近されても対処できるように剣術も教えてある。だけどさきほどの彼女が剣の素振りをしていたのは別の理由。
アストラル領域を占有されて、魔術を使えなくなったからだ。
私はすべてを覚悟の上でアンビヴァレント・ステイシスを使用した。でも、ソフィアに私と同じ不名誉な立場に立たせる訳にはいかない。
だから――
「さぁ、お姉ちゃんの部屋に行きましょう」
ソフィアの手を掴んだ。
彼女は私の顔を見て満面の笑みを零して口を開く。
「――嫌です」
「……え?」
想定外の答えだったので思わず聞き返してしまった。
「嫌だと言ったんです」
「ええっと……お姉ちゃんに負担を掛けるから? それなら、すぐに掛け直すから大丈夫だよ。お姉ちゃんなら分かってくれると思うし」
私には前世の記憶があったから、魔術の大半を封じられても剣で未来を切り開くことが出来た。でも、ソフィアが同じ道をたどるのは大変だ。
ソフィアにそんな苦労をさせたくはない。
「あの状況でもリディア姉様のことを心配していたから、アリスティアさんが優しい人だというのは分かります。だから、私が心配しているのは別のことです」
「……別のこと?」
なにかあっただろうかと首を捻るとジト目で睨まれた。
「お姉様のことです! なんですか、魔将と戦ったって! しかも、アンビヴァレント・ステイシスを解除しないで戦っていたんですよね?」
「それは、まぁ……その、なんというか」
「そんな無茶、しないでください!」
涙目になったソフィアが叫んだ。
それにびっくりした私はなにも言い返せなくなってしまう。
「大体、もっと早くから、私にアンビヴァレント・ステイシスを肩代わりさせるという方法だってあったじゃありませんか! それなのに、自分一人で全部背負い込んで! どうして頼ってくれなかったんですか!」
泣きそうな顔のソフィアに叱られると、お父様に叱られるより堪える。
「ソフィア、心配掛けてごめんね」
ソフィアの手を取って謝罪する。
そうして覗き込んだ彼女の目には涙が浮かんでいた。
「分かって、くれましたか?」
縋るような視線。
罪悪感で押しつぶされそうになる。でも、それでも、私は言わなくちゃいけない。
「ソフィアに心配を掛けたのはすごく悪かったと思ってる。これは本心よ。ただ、アンビヴァレント・ステイシスを掛け直すことは絶対よ」
「――どうしてですか!」
「そうしないと、貴女が魔術を使えなくなるのよ?」
「この期に剣術も覚えようと思っているので問題ありません!」
「いやいや……」
貴女、未来の聖女なのよ? とは言えないし、これから様々な戦いに巻き込まれていくから、魔術は必須なのよ? とも言えなくて言葉を濁す。
「俺もソフィアに賛成だ。姉様は無茶しすぎだよ。あんな、むちゃくちゃ強い魔将に、魔術を封じられた状態で戦うなんて……」
途中からやり取りが聞こえていたんだろう。
遅れてきたアレンがソフィアに同調する。
「ほら、アレンもこう言ってるじゃないですか! お姉様がなんと言おうと、私はアンビヴァレント・ステイシスを解除しませんから!」
困った。どうしたら説得できるかな?
そんなことを考えていると、不意に馴染みのある声が響いた。
「――その話なら議論する必要、ないよ」
「セレネ、どうしてここに?」
王都に残っているはずのセレネが現れたことに驚く。
「リディアを追ってきたのよ」
「私を? それって、議論する必要がないって理由?」
「ええ。治療薬を作る方法、調べてきたわよ」
「……え? それはもう分かってるわよ。ただ、最後の素材が足りないだけで……」
困惑する私に向かって、セレネは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「見つけたのよ。その素材がなくても治療薬を作る方法を、ね」
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