エピソード 4ー2
いまとは違う世界線。
漂流者の率いるパーティーは鏡像のアルモルフに敗北してしまう。
セオドール殿下を討ち取り、その姿と能力をコピーした魔将をまえに、リズはまともに戦うことが出来ず、パーティーは混乱に陥った。
そんな中、リディアが命を賭して仲間を逃がすことに成功する。
最期の刻、リディアが思い浮かべたのはアリスティアのこと。
自分が死ぬと言うことは、姉のアンビヴァレント・ステイシスが解除されると言うことだ。それによって引き起こされる未来に胸を痛めながら永遠の眠りについた。
――はずだった。
「……ここは?」
魔将に破れて命を落としたはずのリディアが目覚めた。
もしや誰かに救われたのかと思ったが、そんな考えはすぐになくなった。自分がリディアではなく、漂流者――仲間の一人、ルナリアになっていることに気付いたからだ。
だが驚くべきことはそれだけじゃなかった。街で聞き込みをしたリディアあらためルナリアは、自分が過去に戻っていたことを知る。
「ルナリアと出会う一年前……?」
詳細を思い出そうとするけれど、前世のことが遠い記憶のように上手く思い出せない。ただ、自分がたどった運命や、姉のことは思い出せた。
そして、いまがかつての自分、リディアが学院に入学する歳であることも。
ゆえに、ルナリアは複雑な感情を抱いた。
アリスティアを始めとした多くの人に降りかかる悲劇を止められると期待した反面、既に起きた悲劇や、いまからでは防げない悲劇があるように感じたから。
そうしてあれこれ調べていたうちに不思議なことに気付く。
それは、かつての自分――つまりはリディアが存在していることだ。
「私はここにいるのに……いまのリディアは何処の誰なの?」
偽物か――あるいは、自分こそが偽物なのかもしれない。
記憶の一部が欠如しているルナリアはそんな疑念すら抱く。
だが、それらは考えても分からないことだ。
それに、決して悪いことではない。と言うか、リディアが存在しなければ、アリスティアも死んでいることになる。
そういう意味でも、リディアが存在してよかったと安堵する。
だが、それでも手放しでは喜べない。
問題は、いまのリディアがどういう人間か、である。最悪、とっくにアンビヴァレント・ステイシスを解除している可能性だってある。
だが、調べるとすぐにそんなことはないと分かった。
学院に入学してきたリディアは、アンビヴァレント・ステイシスを使用したことで、貴族の義務を放棄したと揶揄されていたからだ。
「前世の私と同じ行動を取っているのかしら?」
もしそうなら、リディアは前世の自分と同じように姉を救えずに命を散らすことになる。
そんな風に考えたけれど、それは誤解だ。
ルナリアはそれを鑑定の儀の後に知ることになる。
リディアが大量の称号を得たと、学院で噂になったからだ。
「……え? 魔姫の灰色表示はともかく、剣姫? それに、王都幽影の支配者? なにそれ。そんな称号、知らないわよ……?」
いまのリディアは前世の自分とは違う存在であると確信に至る。そして、リディアが敵か味方か調べているうちに、聖壁の向こうに魔物が集結中との噂を耳にした。
時期が違うけれど、もしも回帰前と同じような事件が起きるなら、セオドール達が死ぬことになる。そう思って詳しいことを調べると、リディアが実地訓練に参加しようとしているという噂が聞こえてきた。
そして気付く。
もしかしたら、彼女も未来を知っているのかもしれない、と。
だから、ルナリアはリディアに接触を試みた。
リディアは警戒していて、ルナリアの望むような答えは聞き出せなかった。
けれど、実地訓練に参加する理由を隠そうとすること自体、なにかあると言っているようなものだ。そして未来を知るルナリアは、その理由を察することが出来た。
つまり、リディアもなんらかの形で未来を知っている。
そう考えれば、色々なことに説明が付いた。
問題は、いまのリディアなら、悲劇を止められるか? と言うことだ。
前世の彼女には不可能だった。
けれど、いまのリディアは前世のリディアよりも明らかに強い。
ルナリアはかつて自分が戦ったときのことを思い出し、アンビヴァレント・ステイシスを解除した自分なら、魔将にも勝てたかもしれないと考えた。
だから、ルナリアはウィスタリア侯爵家へとおもむいた。そこでリディアの友人を名乗り、ウィスタリア侯爵――かつての父に接触を試みる。
リディアに危機が迫っていることを伝え、アンビヴァレント・ステイシスを解除しないと死ぬかもしれないことをほのめかす。その上で、自分が代わりにアンビヴァレント・ステイシス使うから、リディアに術を解除するように伝えて欲しい、と。
そうして、リディアが魔将を撃破するように支援する。
これがルナリアの取った行動だ。
ただ、その計画はウィスタリア侯爵家へとおもむいた瞬間に狂うことになる。リディアの友人を名乗ったルナリアを出迎えたのが、アレンとソフィアだったからだ。
「ど、どうしてアレンとソフィアがここに……?」
「お姉さん、私達のことを知ってるの?」
ソフィアがコテリと首を傾げた。
「え、あ、それは……」
「あ、分かった。リディア姉様から聞いたんでしょ?」
「え、リディア姉様が俺達のことを話してたのか!?」
妙に嬉しそうなソフィアとアレン。
(というか、姉様って……すごく慕われているわね。この頃の前世の私は、まだ二人と出会ってすらいなかったのに……もしかして、いまのリディアが二人を保護したの?)
回帰前の二人から、幼少期の悲劇は聞かされていた。それをリディアが防いだのなら、確実に未来を知っていたと言うことになる。
(だとすれば……)
「ソフィア、貴女は治癒関連の魔術を使えるのよね。リディアからなにか聞いている?」
アンビヴァレント・ステイシスを自分の代わりにと考えているのかもしれない。そう考えて探りを入れるけれど、ソフィアはキョトンとする。
「なにかって……なんの話ですか?」
違ったようだ。リディアは未来を知っているのに少し抜けている。あるいは、打算なく人を助けようとするお人好しと評するべきか。
どちらにせよ、これは状況を打開するチャンスだ。
「実は、リディアがもうすぐ強敵と戦うことになりそうなの」
「……強敵?」
「それって、リディア姉様でもヤバいのか?」
不安そうな二人。
ルナリアは神妙な顔で頷く。
「恐らく強敵よ。だから、もしもの場合に備えて、アンビヴァレント・ステイシスを解除できる環境を作っておきたいの」
「それって、もしかして……?」
「ソフィア、貴女は治癒魔術師なのよね?」
将来的に聖女の称号を手に入れるほど有能な治癒魔術師だ。
回帰前の彼女なら、この時期にアンビヴァレント・ステイシスを使用することは不可能だったけれど、回帰後の彼女なら使えるかもしれない。
そんな風に探りを入れると、彼女は力強く頷いた。
「お姉様の代わりに、私がアンビヴァレント・ステイシスを使います。というか、そんな日が来ても言いように、ずっと練習していたんです」
「……そう。なら、ソフィアは準備をなさい。それと、リディアにこのことを伝える必要があるのだけれど……」
チラリと視線を向ければ、アレンが「俺が伝える!」と名乗りを上げる。こうしてアンビヴァレント・ステイシスの掛け替えの環境は整った。
それから少しだけ時は流れ、ソフィアとルナリアが見守る中でアリスティアが目覚めた。けれど、側にリディアがいないことに気付いた彼女は酷く取り乱す。
「どうしてリディアがいないの? 私が目覚めるときは側にいるって約束したのよ? なのに、いないなんて、あの子になにがあったの!?」
(お姉ちゃん……)
かつて守れなかった姉。回帰前の彼女もこんな風に取り乱したのだろう。そう思うとルナリアは胸が苦しくなった。
けれど、あのときとは違う。いまのアリスティアが悲しむ必要はない。
「安心してください。リディアは強敵と戦うためにアンビヴァレント・ステイシスを解除する必要があったんです。でも不測の事態じゃありません。代わりに彼女がアンビヴァレント・ステイシスを使用することになっています」
「……彼女?」
「初めまして、私はソフィア。リディアお姉様の妹です」
「……妹? え? 私、一体どれくらい眠って……?」
アリスティアが困惑した顔になる。
「いまは説明している時間がありません。どうか気持ちを鎮めてください。そのまま魔力を暴走させると身体に障ります」
「……分かった。説明は次に目覚めたとき、リディアにさせるわ。あの子、ダメだって言ったのに無茶をして……絶対、説教するからって、伝えておいてね」
アリスティアはそう言って目を瞑る。ルナリアが視線で合図を送ると、ソフィアがアンビヴァレント・ステイシスの行使を始めた。
こうして、アリスティアは再び眠りについた。
(お姉ちゃん、ごめんなさい。私には無理だったけど、でも今度は違う。きっと、いまのリディアが助けてくれるからね)
こうして、ルナリアはウィスタリア侯爵家から姿を消した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます