エピソード 4ー1
その日、王都ではパレードがおこなわれた。
過去、魔将の襲撃を受けて被害が出なかったことはない。英雄ルナリアが魔将を討ち取ったときですら大きな犠牲を払うことになった。
なのに、ただの一人も犠牲を出さずに魔将を撃退した未来の英雄達。その学生達が帰還したという名目で、王都で凱旋パレードがおこなわれたのだ。
実際のところ、部隊は壊滅寸前だったし、魔将は取り逃がしている。それなのにこのようなパレードがおこなわれたのはプロパガンダの面が大きい。
最近、魔族の動きが活発化していることで民衆は不安を抱いている。そんな人々に安心感を与えるのが目的、ということだ。
そんな理由もあって、私達もパレードに参加するように要請があった。未来の英雄達、見たいな感じで売り出すことになるのだろう。
少し早まっているけれど、これはゲームと同じ流れである。
まあ、ゲームでの中心は私じゃなかったのだけれど。
とにもかくにも、私達はパレードで民衆達に手を振るという役目を果たした。そうしてパレードが終わった後、私は王城に招かれた。
謁見の間――ではなく、中庭にあるお茶会の席だ。
リズやセレネは別日に呼ばれたので、私は一人で中庭に向かう。そこにはルーティナ王、それにセオドール生徒会長とカタリーナ先輩が座っていた。
「アドルフ国王陛下、並びにセオドール殿下、カタリーナ王女殿下にご挨拶申し上げます」
膝を曲げて最上位のカーテシーをする。
「うむ。よく招きに応じてくれた。それと、今日はルーティナの王としてではなく、この者達の父親としてそなたを招いたのだ、そのようにかしこまる必要はない」
「もったいなきお言葉です」
そんなこと言われても困るというのが本音。
かしこまった態度を崩さずにいると、カタリーナ先輩が口を開く。
「リディア、リズと同じように――とは言わないけれど、もっと気楽に接してちょうだい。せめて、学園で私と接する程度でかまわないから」
「……わかりました」
そこまで言うのならと、少しだけ態度を軟化させる。それから勧められるままに席に着くと、唐突にアドルフ王が頭を下げた。
「リディアよ。わしの息子と娘を救ってくれたこと、改めて礼を言う」
「恐れながら、魔将を撃退できたのは皆の力があったからです」
「たしかに、民衆への発表はそうなっている。しかし、セオドールやカタリーナはもちろん、護衛に付けた騎士までもが、そなたのおかげだと言うのでな」
その言葉に、私は少しだけ警戒心を抱いた。
国の方針は、英雄達の誕生を祝う形にしている。なのに、一部の者達が個人を英雄として祭り上げようとしている。その差異を問題視しているのかと思ったから。
「お父様、それではリディアが誤解してしまいます」
カタリーナ先輩がそう言ってから私に視線を向けた。
「リディア。国としては、魔将を撃退したのは未来の英雄‘達’という形にした方がいいの。いくら一人が強くても、国全体を護ることは出来ないから」
「ええ。それは理解しています」
一人の英雄が突出すると、その英雄を何処に派遣するという問題に発展する。各地で暮らす民衆を安心させるには、英雄達とした方がいいというのは理解できる。
「でもね。個人としての私達は貴女に感謝している、と言うことよ」
「その通りだ。リディア、あのときはよく俺達を救ってくれた。心より感謝する」
セオドール生徒会長の言葉を切っ掛けに三人は深々と頭を下げた。
「あ、頭を上げてください。実際、私が一人でなにかをした訳ではありません。魔将を撃退できたのは、皆の力があったからに他なりません」
王族に頭を下げられるなんて恐れ多いと慌てふためいた。
そんな私を見かねたのか、アドルフ王が口を開く。
「リディアよ。……いや、そなたは危険を顧みず、王族や未来ある戦士達の命を救ってくれた。それを我らは心より感謝している。ゆえに、なにか褒美をと考えている」
「……褒美、ですか?」
期待していなかったと言えば嘘になる。
私は一呼吸置いて、アドルフ王をまっすぐに見据えた。
「では、いくつかの素材を希望します」
「……素材? それは、姉の治療薬の、か?」
「はい、その通りです」
なぜかアドルフ王に酷く驚いた顔をされる。
さらに、セオドール生徒会長とカタリーナ先輩が顔を見合わせた。
「あの、なにか問題がありましたか?」
「いや、その……気を悪くせずに聞いて欲しいのだが、そなたは戦場でアンビヴァレント・ステイシスを解除したのではなかったのか?」
アドルフ王の言葉を聞いて、私はなにを誤解されていか気が付いた。
「実は、領地で将来有望な魔術師の子を保護していまして。その子が私の後を引き継いで、アンビヴァレント・ステイシスを使ってくれる手はずになっていました」
もちろん確証はないけど、ソフィアなら必ず成功させていると信じている。それよりも問題なのは、私がみんなを救うために姉を犠牲にしたと誤解されていることだ。
「救援に力を入れたことは事実ですが、姉を犠牲にした訳ではございません。その点、誤解を招いてしまったのであれば謝罪いたします」
「いや、こちらこそ早とちりをしてすまない。そなたの姉が無事でなによりだ。むろん、必要な素材もこちらで用意しよう」
「感謝いたします」
深々と頭を下げる。
これで、学院のトーナメント大会を優勝したら手に入るはずだった素材などはすべて揃うはずだ。つまり、残すが魔将を倒したときに手に入る素材だけ。
その点を考えると、魔将を逃がしたのは痛かったけれど……
まあ、欲張りすぎはよくないわよね。多くの犠牲が出るはずのイベントを、一人の被害も出さずに終えることが出来た。
いまはそれだけでよしとしておこう。
という訳で、その後は魔将を撃退するときの武勇伝を請われるままに語って聞かせたり、学院でのあれこれを話すなどしてアドルフ王との非公式の会談を終えた。
そうしてお茶会もお開きとなった。退出しようとする私を、セオドール生徒会長が送ってくれることになり、彼と並んで城の廊下を歩く。
「リディア、あらためて感謝する。おまえが救援に駆けつけてくれなければ、俺は仲間を多くなくした愚かな指揮官として名を残すことになっていただろう」
「いいえ、そのようなことは決してありません」
私の介入がなければ死亡はしていただろう。だけど、無能などと言われることは絶対にない。『紅雨の幻域』のセオドールは、自分を犠牲に多くの仲間を救った英雄だったから。
「不思議だな。おまえが言うと事実のように聞こえてくる」
「事実ですから」
「……そうか」
セオドール生徒会長はその言葉を最後に口を閉ざし、しばらく無言で廊下を歩く。そうして馬車が見えてきたころ、セオドール生徒会長は再び口を開いた。
「リディア。陛下も言葉を濁したことで気付いていると思うが、おまえがあの場にいた理由について、我々が問いただすことはない」
「……よろしいのですか?」
私があの場への参加を固執したのは、魔将の出現を知っていたから。もちろん、それを出来るだけ誤魔化したけれど、結果から見ればその答えは明白だ。
追求されると思っていたので、正直に言えば意外だった。
「よくはないが、恩人の事情を詮索するつもりもない。ただ、言い訳は必要だろう。あの場におまえがいたのは、カタリーナの命令があったから、と言うことになっている」
「カタリーナ先輩の、ですか?」
首を傾げると、セオドール生徒会長が補足をしてくれる。
どうやら、鑑定の儀で記録を塗り替えた三人、私とセレネとリズに、学生部隊のバックアップという特別任務を課していた――ということになったらしい。
これで、私があの場にいた理由に説明が付くようになる、という訳だ。
「セオドール生徒会長、感謝いたします」
「感謝するのはこちらの方だと言ったはずだ。それと、治療薬の素材については早急に届けるように手配しよう。アリスティアの回復を心より願っている」
「ありがとうございます」
悲劇のストーリーは未然に防ぐことが出来た。
私は王城より届けられた素材を手に、ウィスタリア侯爵家へと帰還することにする。
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