エピソード 3ー7
戦場にアレンが現れた。
私と魔将のあいだに割って入り、魔将と戦闘を始める。まだ未熟な、荒々しい立ち回りだけど、決して私達と比べても見劣りしていない。
「セレネ、援護をお願い!」
禁呪の使用をしないように牽制してアレンの隣へ並び立った。
「アレン、どうしてここに!? 屋敷にいたはずでしょ?」
「リディア姉様が強敵と戦うことになるって教えてもらったんだ」
「教えてもらったって、誰に――いえ、それより、アンビヴァレント・ステイシスを解除しろってどういうこと? あれを解除したら、お姉ちゃんが死んでしまうのよ?」
屋敷で暮らしているから、アレンはお姉ちゃんのことを知っている。私がどれだけお姉ちゃんを大切に思っているかも知っている。
それなのにアンビヴァレント・ステイシスを解除しろという、その理由を尋ねる。
「リディア姉様がピンチだって聞いて、ソフィアと話し合ったんだ。だから俺が応援にきた。そしてソフィアは――アリスティア様の側に控えてる!」
「お姉ちゃんの側に? それって……まさか」
ソフィアは未来の聖女だ。『紅雨の幻域』のストーリーが始まった当初の彼女は未熟だったけれど、いまの彼女はそうじゃない。あれからずっと、ウィスタリア侯爵家の下で治癒魔術師としての修行を続けていた。
つまり、アンビヴァレント・ステイシスを使える可能性がある。
でも、可能性があるだけだ。
失敗する可能性だってある。うぅん、失敗する可能性の方が高い。
そして失敗すれば、屋敷にいるみんなは死んでしまう。
私の選択が、新たな悲劇を生み出すかもしれない。
そうして葛藤する私に向かってアレンが叫ぶ。
「ソフィアからの伝言だ! 『今度は私を信じてください!』だってさ」
脳裏によぎったのは、ソフィアと出会ったときのこと。
そうだ。彼女は私の言葉を信じて努力を続けてきた。
だったら、今度は私が彼女を信じる番だ。
――アンビヴァレント・ステイシスを解除。
ただそう意識するだけで、ずっと占有されていたアストラル領域が解放された。
久しく忘れていた開放感。
「アレン、倒れてる先輩を助けてあげて」
「姉様は?」
「私は魔将を倒す」
視線の先には英雄ルナリアの姿をした魔将。
私の姿で、これ以上の好きにはさせない。
「オーバーライド・フィジカリティ」
自身の限界を突破させる身体強化の魔術を行使。
魔将に一瞬で肉薄した。
「――っ」
魔将がとっさに身体を捻り、剣による一撃を回避する。
だけどそこに放った私の蹴りが魔将を吹き飛ばした。彼女は後ろに倒れ込むように吹き飛ぶけれど、ギリギリで地面に手をついて半回転して足から着地する。
だけど、私はそれにあわせて距離を詰めていた。
「紅雨一閃!」
横薙ぎの一撃が魔将にヒットする。
シールドに阻まれるけれど、その衝撃を受けた魔将は体勢を崩す。
いま――
紅蓮閃舞を発動。体勢を崩した魔将に攻撃を仕掛ける。その一撃を食らって再び体勢を崩す。そこに紅蓮閃舞の連撃を叩き込んでいく。
その一撃一撃がシールドを削る。だけど、魔将もただではやられない。六連撃が決まったところで、魔将は防御を捨てて反撃を仕掛けてきた。
繰り出される刺突を、とっさに上半身を捻って回避する。直前まで顔があった空間を穿ち、逃げ遅れた髪の一房が宙を舞った。
「まだっ、まだぁっ!」
回避で身体を捻ったのを利用して強引に連撃を仕掛ける。
「こざかしいっ!」
魔将が再び反撃を繰り出してくる。今度は剣で捌き、その勢いを利用して攻撃を仕掛ける。それは引き戻された魔将の剣に受け止められた。
キィンと澄んだ音が響き、互いの動きが停止する。
「まだ強くなるとは驚いたぞ。その実力を評し、我の糧としてやろう!」
そういった瞬間、彼女を中心に風が吹き荒れる。
私はとっさにその風に逆らわずに距離を取った。同時に魔将の纏う闘気が膨れ上がる。それで思い知った。いままでの魔将はまだ本気を出していなかったのだと。
「こんな、ことって……」
セレネが呆然と呟いた。本気を出すまえですら、圧倒されていたのだ。この状況をまえに戦意を喪失したっておかしくはない。
あるいは、勇気を振り絞り、もう一度禁忌を使おうとするかもしれない。いや、私の知っているセレネは逃げない。きっと禁呪を使おうとするだろう。
だけど――
「大丈夫だよ」
セレネを安心させ、それからイクリプス・エッジを行使する。かつての私、英雄ルナリアが得意とした、光と闇を融合した上級魔術だ。
光を内包した闇の刃が魔将に襲い掛かった。
「無駄だ!」
魔将もイクリプス・エッジを発動、日蝕の刃が相殺される。
「リディア姉様の魔術も効かないのかよ!?」
アレンが驚きの声を上げた。
「大丈夫だって言ったでしょ」
私がイクリプス・エッジを使ったのは魔将を倒すためじゃない。
灰色だった魔姫の称号を、正式に獲得するためだ。
魔姫の習得条件。一定以上のステータスと、全種類の下級魔術を習得し、一つの魔術を完璧に使いこなす。この中で満たされていなかったのは最後の一つだけ。
その最後の一つを、前々世の経験を持って、いまここで埋めた。
魔姫の称号を獲得。
姫と付く特級の称号を複数獲得したことで、私は戦姫の称号を手に入れる。
そして、称号は獲得した時点でステータスにボーナスが得られる。
魔姫、そして戦姫の称号は得られるボーナスも大きい。
いまの私なら、ルナリアだったときと同じ戦い方が出来るだろう。だから剣は地面に突き立てて、太もものベルトに隠し持っていた短剣を両手に持つ。
「さあ、悲劇に終止符を」
深呼吸を一つ、息を止めて魔将に距離を――詰めた。
右手に持つ短剣を振るい、続けざまに左手に持つ短剣を振るう。
短剣の二刀による紅蓮閃舞。魔将もときに剣で弾き、あるいは回避して反撃を仕掛けてくるが、私もそれらを短剣で逸らしながら連撃を叩き込んでいく。
反撃は紙一重で回避する。
頬に血が滲み、逃げ遅れた髪が宙を舞う。
それでも私は一歩も引かない。
相手の攻撃は捌き、こちらの攻撃は着実にシールドを削っていく。ただ、魔将のシールドは厚く、こちらのシールドは既に全損している。
紙一重で回避するたびに、腕や頬に傷が増えていく。
ただ一度のミスがすべてを失いかねない。
一進一退の攻防が続く中、魔将が不意に口を開いた。
「まさかここまでやる人種の個体がいるとはな。名を聞いておこう」
横薙ぎの一撃をバックステップで回避。
接近すると同時に振るった短剣の一撃は魔将の剣に逸らされる。
「私の名はリディア、英雄ルナリアの子孫よ」
「……ほう? どうりで強いはずだ。だが、この一撃をさばききれるかな?」
魔将がバックステップを踏み、大きく剣を引いて構えた。
大技が来る。
そう感じ取った私もまた距離を取って短剣を構えた。
「「やああああぁぁぁあっ!」」
私と魔将が同時に攻撃を放った。
魔将が放ったのは、ゲームで見た大技だろう。味方全員を同時に瀕死に追い込むような凶悪な技だった。それに対して私が放ったのは、イクリプス・エッジと紅雨一閃の複合技だ。
魔術による刃と、戦技のよる刃をクロスするように放つ。
互いの全力攻撃がぶつかり合い、辺りの土を巻き上げた爆風が巻き起こった。とっさに腕で目を庇いながら、爆風に身を任せて飛び下がる。
「リディア!」
「リディア姉様!」
とっさに駆け寄ってくるセレネとアレン。少し遅れてセオドール生徒会長も近づいてくる。どうやら治療が間に合ったようだ。
さらに――
「リディア、助けに来ましたわよ!」
「魔物は殲滅しましたわ!」
リズやカタリーナ先輩、それにほかの学生達も集まってきた。そんな中、巻き上がった土埃による煙幕が張れていく。そこには変わらずにたたずむ魔将の姿。
だけど、その頬にはわずかに血が滲んでいた。
「……ようやく、シールドを貫通したようね」
私の呟きに対して歓声が上がる。
あと少し。もう少しで悲劇を否定することが出来る。
「……我をここまで追い詰めるとはな。リディア、おまえの名を覚えておこう」
「覚える? ――まさかっ!」
なぜ魔将が大技を使ったのか、その理由に気付いて距離を詰める。だけど私の剣が魔将に届く寸前、彼女は虚空に消え失せた。
「魔将が逃げたぞ!」
「私達の勝利よ!」
セオドール生徒会長とカタリーナ先輩が勝ち鬨を上げ、ほかの仲間達がそれに続く。治癒魔術師が慌ただしく駆け回るが、どうやら死者は一人もいないようだ。
私はその事実に安堵する。
欲を言えば、ここで魔将を倒しておきたかった。
でも、多くの人が死ぬはずのイベントで被害をゼロに抑えた。悲劇の引き金になるはずのイベントを一人の犠牲者も出さずに終えることが出来た。
私は悲劇の始まりを否定した。
その事実を噛みしめながら空を見上げる。
地平線に沈み始めた太陽が空を紫色に染め上げている。
昼と夜の境界が遠くの空に刻まれたマジックアワー。その幻想的な光景は、まるで私達を祝福してくれているかのようだった。
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