エピソード 3ー4

 ギルドに依頼を出してから数日が過ぎ、ついに実地訓練の日程が決まった。その実地訓練が悲劇の始まりとは限らないけれど、おそらくはそれが運命の日となるだろう。

 セオドール生徒会長が死に、多くの仲間達が死に、そしてリズやカタリーナ先輩を始めとした人々が悲しみに暮れ、私やセレネが死亡する負の連鎖を巻き起こす。

 その始まりを知らせる鐘が鳴る。


 この数日で、出来る限りの装備の強化はおこなった。

 私自身も取れる限りの称号を得てステータスにボーナスを得た。


 問題は、実地訓練への参加許可が下りなかったこと。

 だけど、訓練に参加せずとも、訓練の現場に居合わせることは出来る。冒険者の護衛を雇い、現地の近くに潜伏して、問題が発生したら助けに入る。

 そのために、私は冒険者ギルドに依頼を出した。

 だけど――


「申し訳ございません。その依頼は取り下げさせていただきました」


 受付のお姉さんにそう言われてしまった。


「……取り下げって、どういうことですか? 私は依頼を取り下げるなんて言っていませんし、依頼内容に不備はなかったはずです」

「お怒りはごもっともです。しかし――と失礼」


 受付嬢は奥に視線を向け、少し席を外した。それからすぐに戻ってくると「事情はギルドマスターが直接話すそうです」と口にする。


「……分かった、奥に行けばいいのね」


 この時点でなんとなく事情を察した。

 そして案内されたギルドマスターの部屋。執務机にはギルドマスターらしき中年男性が座っていた。そしてもう一人、女性が応接間のソファに座っている。

 その女性を目にして、私の予感は確信に変わった。


「私の依頼を取り下げたのは貴女ですね、カタリーナ先輩」

「ご明察。という訳で、諦めてくれないかしら」

「嫌だと言ったら?」


 聞き返すと、彼女は溜め息を吐いて座りなさいと席を勧めた。それに従い、ローテーブルを挟んで向かいのソファに腰掛ける。


「……それで、セオドール生徒会長に頼まれたのですか?」

「まぁ、そうなるわね」

「そうですか」


 あの日、私に声を掛けてきたのもそれが理由だったのだろう。

 どおりで都合よく現れたと思った。


「あぁでも誤解しないで。セオ兄さんに頼まれたのが切っ掛けだけど、こうしてギルドの依頼に介入したのは私の意志よ」

「……そうですか。ですが――」


 そこで言葉を切り、彼女の背後、執務机の向こうにいるギルドマスターに視線を向ける。


「いつから冒険者ギルドは王族の言いなりになったのですか?」

「もちろん、違う。これが理不尽な圧力なら話は別だ。だが、優秀な人材が無謀なマネをしようとしていると聴いたものでな」

「……なるほど」


 カタリーナ先輩だけでなく、ギルドマスターも私を心配してくれている訳だ。

 その気遣いは間違っていない。

 彼女達の言うように失敗し、死んでしまうかもしれないのだから。


 でも、このままだとセオドール生徒会長が死ぬ可能性の方が圧倒的に高い。

 それを説明すれば、協力してくれるかな?

 なんて、ダメだよね。


 事情を打ち明けることで、思わぬ形で状況が悪化するかもしれない。

 ソフィアの馬車の事故のときがそうだった。


 つまり、ここは引き時だ。

 そう判断した私は、分かりました――と引き下がる。それを聞いた瞬間、ギルドマスターだけでなく、カタリーナ先輩も目に見えて安堵する。


「分かってくれてありがとう。その代わりと言ってはなんだけど、貴女の汚名を払拭し、名誉を取り戻せるように協力すると約束するわ」

「ありがとうございます」


 本当は引き下がるつもりなんてない私は、罪悪感を押し殺して微笑んだ。

 そうしてギルドマスターの執務室をあとにする。

 するとゼファーが駆け寄ってきた。


「姉ちゃん、ごめん!」

「あら、急にどうしたの?」

「実はあの後、姉ちゃんの友人を名乗る学院の女生徒に話しかけられて事情を聞かれたんだ。それで、その……」

「事情を話したら、依頼を取り下げられたのね」

「……うん。だから――」


 そう言ってゼファーは銀貨を差し出してきた。


「……その歳で、問題でお金で解決しようとするのはどうかと思うわよ?」

「ちげぇよ! これはこの間もらった案内料だ」

「あぁ。いいわよ、別に」

「でも……っ」

「貴方が案内した内容に嘘はなかった。だから気にしなくていいわ。それに先輩の件は、どちらかと言えば私のミスだったみたいだしね」


 彼女とそういった話をしたのは私だ。たぶん、ゼファーが口を滑らせてなかったとしても、ギルドから依頼内容は漏れたはずだ。


「そっか……姉ちゃんがそう言うならこの銀貨はもらっとくな」

「ええ、それでいいわ」


 そう言って立ち去ろうとするけれど、ゼファーは「ちょっと待って」と私の手を掴んだ。


「ゼファー?」

「ええっと。あ、またなにかあれば相談してくれよな!」

「……ええ、分かったわ」


 そう答えて、今度こそギルドをあとにした。それから人目を避けて、手の中に視線を落とす。去り際に手を握られたとき、なにかを渡されたのだ。


「……メモ?」


 開いてみると、王都の一角にある食堂への行き方が記されていた。

 少し考えた後、私はその食堂へと足を運ぶことにする。ただ、店に行ってもこれと言った反応はなく「一名様ご案内」と席に連れて行かれる。


「……まさか、ゼファーが店の宣伝を請け負ってただけ、なんてことはないわよね?」


 あり得ない話じゃないけどと考えながら適当に注文をする。そうして料理が届くのを待っていると、相席をしたい客がいるとウェイトレスから声を掛けられた。

 了承するとほどなく、その客がやってくる。


「相席を受けてくれてありがとう」


 声の主を目にして思わず息を呑む。

 青み掛かった銀髪に、深みのある赤い瞳。

 少し前に目にしたばかりなので、今度はすぐに思い至る。英雄ルナリアを彷彿とさせるその容姿は、私がかつてキャラメイクしたアバターの姿だ。


 とはいえ、その中身であるはずの私はここにいる。

 彼女は前世の私? それとも、別の誰かがプレイヤーになっているの? 考えても分からない。ひとまず、彼女が敵か味方か、目的はなにか慎重に確認する必要がある。


「……ゼファーにメモを渡したのは貴女?」

「ええ。実は貴女が依頼を出していると聞いて興味を持ったの」

「それは、依頼を受けるつもりがある、と言うことかしら?」


 正体が分からない以上は、信頼できるかどうか分からない。ただ、前世の私が作ったアバターと同じ能力を有しているのなら頼りになる。

 そんな葛藤を抱くけれど、必要のない悩みだった。


「残念だけど、依頼を受けるつもりはないわ」

「……そう。でも、それならどうして、こんな回りくどいことをしてまで声を掛けたの?」

「言ったでしょ、貴女に興味を持ったって」


 違和感が大きくなる。


「……そう言えば貴女、私のことを知っているようだけど名前は?」

「あぁ名乗るのが遅くなったわね。私はルナリアよ」


 英雄と同じ――つまり、私が登録したのと同じ名前。

 とはいえ、容姿が同じ以上、名前が同じなのは想定内だ。


「なら、私のどんなところに興味を持ったのか聞いても?」

「学院の記録を塗り替えたでしょう? だから貴女に興味を持ったのよ」


 剣姫のことを知ってるって訳ね。それなら、興味を持っても不思議じゃない。

 けど……少しおかしい。

 記録更新の件を知れば興味を持つのは不思議じゃない。けど、いまの彼女はまだ生徒じゃないはずだ。少なくとも一年生に彼女はいなかった。

 学院の外にはまだ、私の噂はそれほど広がっていないはずだ。


 それに、もしも彼女がプレイヤーで、私――つまりリディアのストーリーや設定を知っているのなら、本来と違う動きをしている私に興味を持った、という意味にも捉えられる。


 とはいえ、いまのところこれと言った証拠はない。

 なにより、敵対的な行動を取られた訳じゃない。もっと突っ込んだ質問をすれば答えを引き出すことは出来るかもしれないけれど、その代償になにを失うか分からない。

 敵か味方か分からない以上、いまは突っ込むべきではないだろう。


「つまり、新記録を出した私に会ってみたかっただけ、と言うこと?」


 それなら少し失礼ねと、迂遠な言い回しで批難する。


「興味があったのは事実だけど、もう一つ話があったの。貴女がどうして護衛の依頼をしようとしているか、その理由を教えてくれないかしら?」

「初対面の貴女に言う必要があるかしら?」

「まぁそうよね。じゃあ一つだけ忠告。実地訓練には行かない方がいいわよ」

「……どういう意味?」


 まさか、事件のことを知っているのだろうかと探りを入れる。


「特に深い意味はないわ。と言うか、周りにも止められてるんでしょ?」

「……そうね」


 相槌を打ちながら、内心では別のことを考える。本当に深い意味がないのなら、わざわざ深い意味がないなどと口にするだろうか、と。

 もちろん、これは可能性の話だ。でも私には『周りにも止められているんでしょ?』と付け足されたセリフが言い訳のように聞こえた。


 やはり、彼女はこの世界がゲームであることを――あるいは、未来に起きることを知っているのではないだろうか?

 確信はない。

 だけどそれが正しければ、純粋に私の心配をしてくれていることになる。

 やぶ蛇になるよりは、納得しておいた方がいいだろう。


「いいわ。先輩にも反対されたし、今回は諦めたところよ」

「ふぅん、そうなの?」

「ええ、なにかおかしい?」


 おかしいと思うのなら、その根拠はあるのかしらと、今度は逆に探りを入れる。

 それに対し、彼女は笑顔で「いいえ」と答えた。

 こうして、私と彼女のファーストコンタクトは終わった。

 

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