エピソード 3ー3

 ギルドに秘密の依頼をしてから数日が過ぎたある日。寮の自室で勉強をしていた私の下に、実家に送った手紙の返事が届いた。


『やり過ぎだ、馬鹿者』


 最初に綴られていたのは、父からのそんな一言。どうやら、私がたくさんの称号を取ったことが伝わっているようだ。私から送った手紙には書いていなかったのに。

 なんて、王都の情勢を探る諜報員くらいいるわよね。


 さて、どう言い訳をしよう? そんなことを考えながら読み進めると、説教の後に『だが、父親として誇らしいと思う。よく頑張った』という言葉が付け加えられていた。

 ツンデレかな?


 お父様がツンデレ。

 そんな風に考えると少しだけおかしくて、クスリと笑みを零す。


 それから、アレンやソフィアの近況についても書かれていた。二人ともめきめきと実力を伸ばし、入学までには上級の称号に手が届くだろう、と言うことだった。


 ……二人ともがんばっていたもんね。


 いまの私にとって二人は弟と妹のような存在だ。その二人ががんばって、そして結果を出していることが自分のことのように嬉しい。

 アリスティアお姉ちゃんもこんな気持ちだったのかな?


 お姉ちゃんが元気になったら聞いてみようと考えながら手紙を読み進める。今度はウィスタリア侯爵領の近況について書かれていた。

 周辺の魔物の活動も活発化しているが、対処できないほどではないらしい。その点にはほっと安堵するが、続けて示された屋敷が襲撃されたという言葉に息を呑む。


「まさか、犠牲が出たの!?」


 思わず声を零し、慌てて続きを読み進める。屋敷が襲撃を受け、宝物庫が荒らされたけれど人的被害はない,と言うことだった。


 ……人的被害はなかったのね、よかった。

 でも、宝物庫が荒らされたというのはどういうことだろう? 魔物による襲撃だって書かれているけど、魔物が宝物庫なんて狙うものなの?


 ちなみに、宝物庫が荒らされたというのは文字通りの意味で、だから散らかっていて、なにか盗まれたかどうかも分からない状態、と言うことのようだ。

 ひとまず、結果が分かれば追って報告すると締められていた。


「気になるけど……ひとまずは後回しだね」


 ストーリーの強制力なるものがあるかどうかは確定していない。

 そもそも確認の出来ない力ではあるけれど、体感的に私が手を出すとストーリーの開始時期が早まる傾向にある、ように思える。つまり、実家の事件がなにかは分からないけれど、むやみに首を突っ込むのは危険、ということだ。


 ひとまず、鏡像のアルモルフを倒すことに集中しよう――と、そんなことを考えていると来客の知らせがあった。部屋を訪ねてきたのはセレネとリズの二人だ。


「二人ともどうしたの?」

「さっきアルテイルの鍛冶屋から、装備が完成したと連絡がありましたの」

「そうそう。だから受け取りに行こう」


 リズが答え、それにセレネが続ける。実地訓練までに強い武器が欲しかったからちょうどよかった――という訳で、鍛冶屋に武器を受け取りに行く。

 受付のリーナさんに挨拶をすると、すぐにフォルギムさんを呼んでくれた。


「おぉ、嬢ちゃん達か、待っておったぞ」


 彼はそう言って、注文していた武器を運んでくる。

 攻撃力upのイヤリングが三人分。それに私とリズの剣、セレネの杖だ。リズとセレネが嬉しそうに自分の武器を掴んだ。それにならい、私も自分の剣を掴み上げる。

 いままで使っていた剣よりも重い。ちょうどいい重さだった。


「性能は保証する。だが、バランスの好みもあるだろう。要望があれば修正してやるぞ」

「……いいえ、このままで問題ありません。気に入りました」


 かつての私が使っていた剣には及ばないけれど、申し分ない性能だ。なにより――と、私はこのときのために用意していた強化素材をテーブルの上に置いた。


「早速ですが、この剣を強化してください」

「……ほう? いまから説明するつもりじゃったが、既に知っておったか」

「ええ。それで、お願いできますか?」

「もちろんじゃ。それで、段階は何処までだ?」

「もちろん、素材が続く限りです」

「……ふっ、物好きじゃな。だが気に入った。最善を尽くすと約束しよう」


 彼は笑い、私の剣と素材を持って奥へと消えていった。

 それを見送っていると、トントンと肩を叩かれる。振り返ると、そこにものすごくなにか言いたげな顔をしたリズとセレネが立っていた。


「……ええと、なに?」

「なに? ではありませんわ!」

「そうよ、強化ってなんのこと?」


 どうやら二人は武器が強化できることを知らなかったらしい。素材で武器が強化できると説明すると、もっと早く教えて欲しかったと怒られた。


「逆に聞くけど、どうして知らないのよ?」

「どうしてもなにも、武器は完成品を受け取るものでしょう?」

「あぁ……」


 あれだ。

 魚の切り身は知っていても、下の魚の形を知らない現代っ子と一緒だ。


 ちなみに、蒼魂石で強化できるのはランク1だけ。それ以降も強化をするにはランクを2に強化する必要があり、そこからはさらに別の素材が必要になる。

 それらを大雑把に説明するとリズがふくれっ面になった。


「来るまえに聞いていたら素材を持ってきましたのに」

「ごめんごめん、忘れてたのよ」


 当たり前のこと過ぎてとは、さすがに口に出さない。


「……そう言うことなら仕方ありませんわね。強化素材を取ってきますわ」

「あたしも取りに行くよ」


 二人は荷物を置いて、いそいそと駈けていった。

 その後ろ姿を見て私は確信する。

 あ、これ、絶対、強化素材目当てでまた周回すると言いだす奴だ――と。


 そして、すぐに私の予想が正しかったことが証明される。

 それぞれの武器は無事にランク1の最高値まで強化、集めていた別の素材でランク2まで解放することが出来た。

 だけど、ランク2の序盤で強化素材が足りなくなってしまう。

 結果――


「リディア、いまから王都幽影を周回しますわよ!」

「煌影鉄を集めに行こう!」


 二人がランク2の武器を強化する素材を求めるのは自明の理だった。とはいえ、王都幽影で手に入るのはランク1の強化素材が大半だ。レアボスがでた場合の宝箱からはランク2の強化素材が獲得できるけど、それ目当てで周回するのは効率が悪すぎる。


「二人とも落ち着いて。王都幽影で煌影鉄を狙うのは非効率だよ。別の遺跡ではもっと簡単に素材を獲得できるから、そっちを周回するか仕入れた方がいいよ」


 武器は消耗品なので強化素材はいくらあっても足りない。あまり出回らないものだけど、実家の権力や財力に明かせば入手できないほどじゃない。


「――という訳で、煌影鉄をあるだけ売ってくれないかしら?」


 フォルギムさんと交渉して、在庫がある限り三人の武器を強化してもらった。もっとも、それでも最大まで強化するには至らない。


「足りない分はどうしましょう?」

「やはり王都幽影の周回を――」

「――二人とも、本気でそれは止めよ?」


 わりと本気で懇願する。


「仕方ありませんわね。じゃあ、今日は服を買いに行きましょう」


 リズがそんな提案をする。

 私としてはもっと効率のいい鍛錬をと話を振るつもりだった。けれど、これを断ればまた、二人が王都幽影を周回とか言い出しかねない。

 そう思ったので付き合うことして、私達は洋服店へと向かった。



「セレネ、見てください。このワンピース、とても可愛らしいですわよ!」

「あたしはこっちのスカートが好きかも!」


 ゲームにも存在した、王都で有名な洋服店。最初は王都幽影の周回の方がいいとぼやいていた二人も、マネキンが着る洋服を目にした途端に態度を変えた。


 ちなみに『紅雨の幻域』に登場する洋服は多くのデザイナーとタイアップしていたので服のセンスがとてもよかった。それがこの世界にも反映されているようで、マネキンが着る服のセンスはとても洗練されている。


 ひとまず、今日は王都幽影の周回から逃れられるだろう。後は二人が服を選ぶのを眺めるだけ――と思っていたらリズに腕を掴まれた。


「……なに?」

「リディアも服を選びますわよ」

「え、いや、私は別に……」


 実家で散々お母様の着せ替え人形にされた私の勘が告げている。

 この流れは危ない――と。

 だけど、次の言葉を聞いて考えを変える。


「リディア、なにを焦っているのか知りませんが、余裕を持つのは大事ですわよ?」

「リズ、貴女、気付いて……」

「幼なじみを舐めないでくださいませ」


 茶目っ気たっぷりに片目を瞑る。

 敵わないなと笑って、洋服選びに付き合うことにした。


 私が選んだのは肩出しのブラウスにスカートというコーディネート。

 ブラウスは胸から上の部分が折り返したよなデザインで肩はむき出しで、二の腕の途中から袖が伸びているタイプ。スカートはふわりと広がるデザインで、その下からガーダーベルトで吊ったニーハイソックスが見え隠れしている。

 紅雨の幻域で好んでいたコーディネート。

 それを鏡のまえで確認してクルリと回る。


「うん、やっぱり私はこういうのが好き」

「リディアによく似合ってますわよ」

「ありがとう。ところで、リズは選んだの?」

「まだですわ。リディアはどういうのがわたくしに似合うと思いますか?」

「ん~そうだね。あぁいうのはどう?」


 キービジュアルで見たのと似たドレスアーマーを選ぶ。ここは冒険者御用達の洋服店なので、そっち系の服も置かれている。


「あら、いいですわね。では着替えてきますわ」


 彼女はそう言って更衣室の中に。入れ替わりで、隣の更衣室からセレネが出てきた。


 セレネが身に着けるのは、半袖のジャケットと、ホットパンツ。その下にガーダーベルトで吊したニーハイストッキングというコーディネート。

 ちなみに、これを選んだのも私。リズに選んだのと同様、キービジュアルで彼女が身に着けていたのと似たデザインである。


「ね、ねぇ、これ、さすがに露出が多くない?」

「大丈夫。セレネは足が綺麗だし、とてもよく似合ってるよ」

「そ、そうかなぁ……」


 本人は自信がなさそうだけど、キービジュアルで身に着けていたくらいだ。セレネはそういう服が似合う女の子として生まれたと言っても過言じゃない。


「自信持って、本当によく似合ってるから。それを着てたら、みんなセレネに見惚れると思うよ。私だって、すごく可愛いって思うもの」

「……ホント?」

「え? うん、みんな見惚れると思うよ」

「リディアも見惚れる?」

「もちろん、見惚れてるよ」


 私がそう言うと、セレネは「そっか……」と小さく呟いて、店員さんに購入の意思を伝えた。……って言うかなに、この可愛い生き物。

 私を着せ替え人形にするお母様の気持ちが少しだけ分かった気がする。


「わたくしも着替えてみたんですが……いかがですか?」


 今度はリズが更衣室から出てきた。

 さきほど私が選んだドレスアーマーだ。

 装飾が刻み込まれた薄い銀色の胸当てに、同じく美麗なデザインの肩当て。反面スカートは幾重にも重ねたティアードスカートとなっている。

 アルケイン・アミュレットにプラスアルファで防御力を意識したデザインだ。


「うん、姫騎士って感じですごく格好いいよ! ね、セレネもそう思うよね?」

「そうね、とってもリズらしいと思う」

「そうですか? いままで制服だったので、少し重いように感じるんですが……」

「もちろん重量はあるけど、リズの戦闘スタイルにはあってると思うよ」


 と言うか、これもリズのキービジュアルで使われていたデザインだ。

 似合わないはずがない――というのが私の意見である。

 もちろん、戦闘スタイルに合っているのも本当だ。


「そうですか。リディアがそういうのなら、これを購入することにします」


 という訳で、三人の戦闘衣装が決まった。ついでに、いくつか普段着なんかも購入することになり、ささやかなファッションショーはもうしばらく続いた。

 

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