エピソード 3ー2

 実地訓練への参加許可を得ることに失敗した。食い下がっても相手の拒絶を強固にするだけだろう。そう判断した私は別のアプローチを考える。

 そうしてカフェテラスで作戦を練っていると、そこにカタリーナ先輩が現れた。


「この席は空いてるかしら?」

「ええ、空いてますよ」


 丸テーブルの向かい側、相席を求められて許可を出す。すると彼女はスカートを手で押さえながら優雅に腰を下ろした。

 ……私になにか用事かな?

 そんなことを考えていると、視線に気付いた彼女がこちらを見た。


「リディアちゃんもこれから頼むところ?」

「いえ、さっきカフェオレを頼みました」

「それだけ?」

「まぁ、一人で食べるのは味気ないので」

「ふぅん? ちなみにパフェは嫌い?」

「嫌いではないですが……」


 なぜと思っていると、カタリーナ先輩がウェイトレスを呼びつけた。それからカフェオレを一つとパフェを二つ注文する。


「……先輩?」

「私も一人で食べるのは味気ないと思っていたの」


 おごるから付き合ってという意味に気付き、そういうことならと了承する。


「ところで、リズが色々とお世話になっているそうね」

「……お世話、ですか? 仲良くはしてもらってますが」


 なんのことだろうと小首を傾げる。


「リズの称号のことよ。貴女のおかげなのでしょう?」

「あぁ、あれですか。切っ掛けはたしかに私ですが、リズががんばった結果ですよ」


 将来の姫騎士。

 『紅雨の幻域』の彼女は、私が殺された後にその称号を獲得する。

 それが少し早まっただけだ。


「王都幽影の周回があの結果に繋がったということであっているのよね? 私の印象だと、遺跡の魔物はあまり技量アップに繋がらない気がするのだけど……」

「その認識であっていますよ」


 ゲームで言うところの経験値の話だ。

 インスタンスダンジョンで生成された魔物は動きが単調で、その分だけ経験値が少ない。フィールドにいる野生の魔物の方が圧倒的に経験値が多いという仕様だった。

 それが現実世界にも反映されている。


「カタリーナ先輩の言うように個体から得られる経験値の効率は圧倒的に少ないです。ただ、王都幽影の方が圧倒的に戦闘回数が多くなるんです」


 ウィスタリア侯爵家で暮らしていたころ、私が遠征で倒した魔物の数はせいぜい数十体。でも、王都幽影で倒した魔物の数は一ヶ月で数千体だ。

 それを聞いたカタリーナ先輩は苦笑する。


「理解は出来るけど、それで千周も回るのは正気の沙汰じゃないと思うわよ」

「六百周を目標にしていたところ、リズとセレネに引っ張って行かれたんですよね」

「――うちの妹がごめんなさい!」


 頭を下げられた。


「いえ、同意したのは私ですから」


 苦笑しつつ、頭を上げてもらう。というか、いくら身分による上下関係がない学院内とはいえ、人前で王女に頭を下げられるのは心臓に悪い。


 ――と、そこにパフェやカフェが届いた。

 それでさきほどまでの話は打ち切って、スプーンで生クリームを掬う。


「ん~~~っ。このパフェ、ほどよい甘さで美味しいですね」

「でしょ? 私のお気に入りなのよね」


 深く青い瞳を輝かせる。

 カタリーナ先輩がゲームのスチルになりそうなくらい愛らしい。でも、このままなら彼女の笑顔は永遠に見られなくなってしまう。

 それを思い出した私は唇を噛んだ。


「……リディアちゃん?」

「あ、いえ……その、少し考え事を」

「考え事? 私でよければ相談に乗るわよ」

「そう、ですね……」


 セオドール生徒会長の説得を手伝ってもらうのはたぶん不可能だ。

 なら、ほかの道を探すしかない。

 とはいえ、ストレートに相談すると、セオドール生徒会長の耳に入るかもしれない。だから嘘は吐かずに、少しだけ取り繕った言い方が必要だ。


「……実は、お姉様の治療に必要な素材がありまして。それを取りに行きたいのですが、最近はなにかと物騒で、どうしようかな、と」

「ご実家の騎士団には頼めない、ということかしら?」

「はい。最近、各地で魔物の動きが活発化しているじゃないですか? 私の護衛となるとどうしても規模が大きくなってしまうので、出来れば戦力の低下は避けたいんです」


 セオドール生徒会長が亡くなるイベントでは、各地でも魔物の被害が相次ぐ。

 ウィスタリア侯爵家のことについては言及されていなかったけれど、被害がないという確証もない。不測の事態を招きかけない行動は避けたいと思っている。


「そういうことなら冒険者を雇うとかどうかしら?」

「なるほど、冒険者ですか……」


 魔物の討伐や護衛任務などを受ける者達のこと。国に仕えれば騎士や兵士、フリーの者達は冒険者という区分で大体あっている。

 ちなみに、漂流者も冒険者という位置づけだった。ゆえに依頼される側という認識が強かったのだけれど、言われてみれば、いまの私が依頼をするのは理にかなっている。


「ありがとうございます、それじゃちょっと依頼をしてみます」



 やってきたのは王都にある冒険者ギルドのまえ。大きな建物に足を踏み入れると、そこには様々な格好をした人達がたむろしていた。


 アルケイン・アミュレットのある世界なのでおしゃれな私服を身に纏う人もいるけれど、やはり冒険者は防具を身に着けている者が多い。

 アルケイン・アミュレットだけに頼らない戦闘スタイル、ということだろう。


 といっても、後衛職らしき人達はやはり私服が多い。

 コーディネートが面倒だと言わんばかりに黒一色で染めている人もいれば、これからナンパにでも行くのかな? と言いたくなるような格好のお兄さんもいる。

 そんな人々を横目に奥へと進んでいると不意に声を掛けられる。


「おい、そこのおまえ、さては新人だな!」


 冒険者ギルドでありがちな展開――ではない。振り返ると、視界のずいぶんと下に生意気そうな男の子が立っていた。

 これは作中にある、ギルドのチュートリアルと同じ始まりだ。


 男の子の名前はゼファー。

 栗色の髪に瞳、愛らしい容姿の彼は10歳くらいのショタっ子で、病気のお母さんの薬代を稼ぐためにここで新人の案内役をしている、という設定だった。

 女性ユーザーからは案内役のショタっ子が可愛い、連れ歩きたいと人気だった。


 閑話休題。

 なにも知らないフリで「キミは?」と問い返す。


「俺の名はゼファー。銅貨三枚で新人冒険者の案内をしてる。おっと、高いと文句を言うまえによく考えてみな。右も左も分からない状態で誰かに騙される可能性だってあるんだ。それを考えれば、銅貨三枚は安いって思えるはずだぜ」

「ふむふむ。じゃあ、キミが騙さないって保証は?」

「俺はギルドに許可をもらってるんだ。だから、心配なら受付の姉ちゃんに確認してみな」


 そう言って受付にいる女性を示す。

 私が視線を向ければ、その受付嬢はこくりと頷いた。


 あー、懐かしいなぁ、このチュートリアル。

 最初も最初だけ、サブキャラ育成ではスキップしたから本当に懐かしい。


「それで、どうするんだ?」

「ん? あぁ、ごめんなさい。私は冒険者になるんじゃなくて依頼に来たのよ」

「あ? その制服、ベルヴェディア戦術学院の生徒だろ? なのに冒険者になるんじゃなくて、依頼に来たって言うのか?」


 学院の生徒の多くは平民なので、バイトの感覚で冒険者になる生徒は珍しくない。


「ちょっと訳ありでね」

「ふぅん? まぁそう言うこともあるか」


 案内役は必要ないと思ったのか、彼はそう言って踵を返そうとする。


「何処へ行くつもり?」

「うん? 案内は必要ないんだろ?」


 その答えとして、銀貨を親指で弾いて渡す。


「……これは?」

「依頼の仕方を教えて」

「なるほど、そう言うことなら喜んで!」


 ゼファーが可愛らしい笑みを浮かべた。

 というかこの子、病気のお母さんのためにがんばってるんだよね。

 なのに、ゲームではこの子のその後が描かれていない。というか、ずっとお母さんのためにがんばり続けている。

 ホント、『紅雨の幻域』のシナリオを書いた人は鬼畜だと思う。


「それで、どんな依頼をしたいんだ?」

「端的に言えば護衛の依頼ね。ただし、いくつか条件があるの」

「条件? 護衛だけなら報酬次第ですぐ集まると思うけど、どんな条件なんだ?」

「一つ目は信頼できる――つまり実績のある人。二つ目は学院の関係者以外ね」


 一つ目は、安全面で重要なことだ。魔物が現れたとき、護衛が依頼者を置いて逃げる程度ならいいけれど、後ろから襲われる可能性だってある。

 もちろん、そういった危険性は、雇う護衛の冒険者ランクで大きく変わるはずだ。


「一つ目は報酬次第だけど問題ないな。じゃあ、二つ目は?」

「この件を学院に知られたくないのよ」

「……ヤバい依頼だったりしないよな?」


 ゼファーに疑いの眼差しを向けられる。


「犯罪じゃないことは断言するよ。ただ、知られたら止められるってだけ」

「……ふぅん? まぁ、それならいいんだけどさ」


 彼はそう前置きをして、依頼をするために必要な手順を話し始めた。

 

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