エピソード 3ー1

 フロントラインに構築された人類にとっての守りの要、聖壁。

 そこに詰める騎士から、魔物が集結していると報告された。それを聞いた私が真っ先に恐れたのは、セオドール生徒会長が死亡するイベントの前倒しだ。


 本来のイベントは今年の終わりに発生する。

 フロントラインの向こう側に魔物が集結。騎士団がそれに対応する中、各地に点在する魔物の行動も活発化して、あちこちに小規模な被害が発生する。


 フロントラインの防衛に回った騎士団は各地に手が回らなくなる。そんな中、比較的安全だと思われたリーヴス地方に、実地訓練を兼ねた学生の部隊が派遣される。

 そこに魔将が現れ、学生部隊が壊滅することになる。

 これが、セオドール生徒会長が死亡するイベントだ。


 本来であれば先の出来事だけど、アレンやソフィアのときのことを考えれば安心できないと、実家の力を借りて各地の調査をおこなった。

 そして明らかになったのは、各地でも魔物の動きが活発化しているという事実だった。


 セオドール生徒会長が死亡するイベントが始まったという確証はない。それでも、万が一を考えると放置することは出来ない。

 悲劇の連鎖を招くイベントが始まったと仮定して動くべきだ。


 まずは実家に魔物の動きに気を付けるよう、注意喚起の手紙を送った。ついで――というとあれだけど、ソフィア達からも手紙が届いていたので、近況報告を兼ねて返事をする。


 それから、襲撃イベントについて考える。

 イベント自体をなくすのは不可能に近い。セオドール生徒会長だけを救う方法ならあるかもしれないけれど、放っておけば多くの学生が殺されることになるだろう。

 その悲劇を回避するには、襲撃される学生部隊の戦力を増強するしかない。とはいえ、最初に言ったように、今回の原因の一つに人手不足が挙げられる。


 なにより、魔将は数で押して倒せる相手じゃない。下手な戦力の増員は被害を増すだけになるだろう。ゆえに、悲劇を回避するために、私が魔将と戦うべきだと考えている。

 だけど、私にはまだ実地訓練に参加する資格がない。


 本当なら、自然な形で飛び級を果たし、参加した実地訓練で事件に巻き込まれるという形が理想だった。でもゆうちょにしていては悲劇を止めることが出来ない。

 だから――と、学院長室へと足を運ぶ。

 扉をノックすると「――入れ」と凜とした女性の声が響いた。


「失礼します」


 学院長室の奥、大きな執務机の向こう側。恋学院長は相変わらずゴシック調の服を纏い、不遜な態度で革張りの椅子に座っている。


「リディアか。私になにようだ?」


 アメシストの瞳が私を射貫いた。

 あまり虫の居所がよくないようだ。


「もしかして取り込み中でしたか?」

「ん? あぁ、すまない。最近各地で妖しい動きがあってな」

「フロントラインの向こう側にも魔物が集結しているそうですね」

「よく知っているな。さすがはウィスタリア侯爵家のご令嬢と言ったところか」


 彼女はそう言って席を立つと、部屋の隅にあるローテーブルを挟んだソファの片側に腰掛けた。そうして向かいの席に座るように勧めてくる。

 それに従ってソファに身を預けると、彼女は「それで?」と話を促してきた。


「単刀直入に言います。私を飛び級させてください」

「まだ早いと言ったはずだ」


 一筋縄ではいかないと思っていたけれど、前置きすらなく却下されるとは思っていなかった。それでも焦る気持ちを押し殺し「理由を聞いてもよろしいでしょうか?」と尋ねる。


「逆に聞くが、飛び級が貴様の目的なのか?」

「それは……」


 建前ではなく本音で語れと言われた気がした。だけど、セオドール生徒会長を始めとした学生達が殺されるから、なんて言えるはずがない。


「ウィスタリア侯爵家の名誉を守るためです」

「貴様が貴族の義務を放棄したと噂されていたことは知っている。だが、先日の一件で、そういった噂も払拭されつつあるはずだ」

「たしかに私の名誉は回復しつつあります。ですが、その後はどうなるでしょう?」


 姉のためにアンビヴァレント・ステイシスを使用して貴族の義務を放棄した。

 そんな不名誉な噂を払拭することが出来た。

 だけどその後は?

 姉のためにアンビヴァレント・ステイシスを使用しなければ、もっと多くの人のために活躍することが出来るはずなのにと、そんな風にいわれるに決まっている。


「姉の名誉のためにも、私は結果を出し続けなければいけないのです」


 それもまた本音の一つだ。

 それを聞いた恋学院長は「ふむ」と思案顔になった。


「目的は実地訓練への参加か」

「ご明察です。私と姉の名誉のために、参加をお許しいただけないでしょうか?」

「……まあ、そうだな。貴様の実力は上級生と肩を並べても見劣りすることはないだろう。実地訓練に参加したいというのなら認めなくもない」

「本当ですか?」

「ああ。ただし――」



 学院長室をあとにした私は、その足で上級生の教室へと向かった。恋学院長から、実地訓練の部隊長――つまりはセオドール生徒会長から許可を取れと言われたからだ。


 実地訓練への参加の可否について、最終的な判断は現場の指揮官に委ねる。そう言われてしまえばどうしようもないので、セオドール生徒会長のいる上級生の教室を訪ねた。


「すみません、セオドール生徒会長はいらっしゃいますでしょうか?」

「ん? おぉ、見覚えのない美少女! もしかして下級生かな?」


 声を掛けた男子生徒が大げさに驚いた素振りをする。それに呼応したように、周囲の生徒達がよってきて、瞬く間に囲まれてしまう。


「なになに、セオドールを訪ねてきたって?」

「もしかして告白?」

「こら男子ども、繊細な女の子になに言ってるのよ!」


 見知らぬ女生徒に庇われる。

 なにこれ、どういう状況?

 目を白黒させていると、私を庇った女生徒から「それで、貴女は?」と訪ねられる。


「あっと、ご挨拶が遅れました。私、リディアと申します」

「え、リディア? もしかして、鑑定の儀で記録を塗り替えた話題のご令嬢?」

「もしかして、ウィスタリア侯爵家の天才令嬢?」

「うわ、噂の剣姫じゃん!」


 そういった声が上がり、さっき以上に注目を浴びることになる。

 同学年のあいだでようやく質問攻めから解放されたばかりだ。今度は上級生に質問攻めにされるのかと辟易していたのだけれど――


「あのときはごめんなさい!」


 女生徒の一人がいきなり頭を下げた。

 どこかで見た覚えがある。


「貴女は、たしか……」

「ええ。あの日、カフェテラスで貴女の悪口を言った生徒よ。あのときは本当にごめんなさい。貴女のことを知りもしないで軽率だったと反省しているわ」


 この状況でそんなことを言うなんて、今度は彼女が周囲から蔑まれてもおかしくない。それでも、彼女は私に向かって謝罪した。

 この先輩もきっと、正義感の強い人なんだろう。


「謝罪を受け入れます」

「……許して、くれるの?」

「ええ、もちろん」


 私が誤解を招くような行動をしたのは事実だ。なにより、彼女はこうして謝ってくれた。それを許さないと言うほど私は狭量じゃない。

 そうして女生徒と話していると、ほかの生徒にまで頭を下げられる。


「私もごめんなさい。貴女のこと誤解して陰口を叩いていたの」

「俺も悪かった」


 続けざまに何名かの先輩達から謝罪される。

 さきほどの女生徒はともかく、面と向かって悪口を言った訳でもないのに謝るなんて、律儀な先輩達だなってびっくりする。

 そうして呆気にとられていると、最初に私を庇ってくれたら女生徒が悪戯っぽく笑う。


「実はセオドールがキミのことを話したんだよ。彼女は貴族の義務を放棄してなんかない。それどころか、誰よりも義務と真摯に向き合っているって」

「……セオドール生徒会長がそんなことを?」


 意外に思って瞬いた。


「これはなんの騒ぎだ?」


 そこに聞き覚えのある声が聞こえて振り返る。

 そこにいたのはちょうど噂していたセオドール生徒会長だ。


「セオドール、貴方にお客さんよ」

「客? ……あぁリディアか、俺になにかようか?」


 それに私が答えるより早く、女生徒の一人が口を開く。


「残念ながら告白じゃないそうよ。でも元気出しなさい。セオドールならきっと、そのうちいい相手が見つかるはずよ」

「……おい。なんで俺が振られたみたいな話になってるんだ」

「違った? あぁ、そうだった。貴方はこの子じゃなくて、お姉さんの方に――」

「いいかげんにしろ」


 セオドール生徒会長が女生徒の話を遮り、私へと視線を戻す。


「こいつらのことは放っておいて用件を言え」

「あっと、はい。実は次から実地訓練に参加させて欲しいんです」

「――え、もしかして噂の剣姫の活躍が間近で見られるの?」

「それは楽しみだな!」


 ほかの生徒がはしゃぎ出すが、セオドール生徒会長は「待て」と制した。


「リディア。悪評の件ならもう払拭できたはずだ」

「それでも、私は結果を出し続けなければならないんです」


 姉のために――と、恋学院長にしたのと同じ話をする。その上で恋学院長に事情を話し、セオドール生徒会長の許可が得られればかまわないと言われたことを伝える。


「なるほど、事情は分かった。だが、そういうことなら認められない」

「……なぜですか?」


 先日の模擬戦で認めてくれたんじゃなかったの? と目で問い掛ける。


「セオドール、許可してあげたって良いじゃない?」

「参加くらい許してやれよ」

「そうだそうだ。姉を護りつつ、貴族の義務を果たそうとしている健気な子だぞ」


 先輩達が同調してくれるけれど「――だからだ」とセオドール生徒会長は言う。


「リディア。おまえが家族を護り、その上で貴族の義務を果たそうとしていることは分かる。だが、だからこそ、焦るな」

「私は焦ってなどいません」

「ならばなぜ、いまから実地訓練に参加したいなどと言い出した?」

「それは……」


 とっさに答えることは出来なかった。

 そもそも、焦っているということ自体、間違っていない。理由は違うけれど、次の実地訓練には絶対に参加しなければと思っているのは事実だから。

 そんな私の内心を見透かしたようにセオドール生徒会長が続ける。


「リディア、おまえには才能がある。それに逆境に負けない強さと、才能を引き出すだけの努力をすることも出来る人間だ」

「それでも、ダメだというのですか?」

「だから、ダメだというのだ」


 セオドール生徒会長は私を諭すように目を細めた。


「焦って無理をして、命を落とした人間を何人も知っている。おまえがここで無理をする必要はない。無理をしてなにかあればアリスティアが悲しむぞ」

「――っ」


 セオドール生徒会長は何処までも私の心配をしてくれている。心配だからこそ、実地訓練に参加するのはまだ早いと言ってくれている。

 彼の拒絶は善意から来るものだ。

 多くの仲間を救って死にゆく人物にふさわしい人格の持ち主。

 そして――


「セオドールの言うとおりだな」

「そうね。やっぱり参加は見送った方がいいわ」

「俺もそう思う。悪評の払拭なら協力するから、無理はするなよ」


 セオドール生徒会長に同調する先輩達。

 名前も知らない先輩達。初対面にもかかわらず気遣ってくれる。セオドール生徒会長はもちろん、ここにいる先輩は優しい人達だ。

 なのに、彼らの多くが悲劇の物語の舞台装置として殺される。


 ここで引き下がれば、ここにいる人達の大半が死ぬ。

 私はそんな悲劇を認めない。

 でも、彼らは私の参加を認めてくれないだろう。このままだとみんなを救えない。

 私、どうしたらいいのかな……?

 

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