エピソード 2ー8

 鑑定の儀での結果はわりと予想外だった。いや、悪いことではないのだけれど、まさか剣姫の称号を獲得しているとは思っていなかった。

 これは、ゲームのようにステータスの詳細を確認できないことが原因だ。


 なんとなくこれくらいは必要かな? いや、もう少しあった方が……みたいな感じで念には念を入れた結果、想定以上の結果を出してしまった、ということだ。


 余談だけど、称号は鑑定した時点ではなく、条件を達成した時点で獲得する。

 そして、称号を得ることでステータスにボーナスが付く。予想だけど、王都幽影関連の称号を獲得したことで、思った以上にステータスが上がっていたようだ。


 それと、予想外のことがもう一つ。

 『紅雨の幻域』のサブキャラで身に着けた称号まで獲得していたことだ。


 称号はその技術を身に付けた人に与えられるから、冷静に考えればおかしいことじゃない。でも感覚的に、サブキャラで獲得した称号が私に反映されるとは思っていなかった。

 という訳で、鑑定の儀を終えた私は称号お化けとなっていた。


 もちろん、私は飛び級する必要があるから悪いことじゃない。

 だけど――

 翌日、私は学長室に呼び出された。


「失礼します」


 ノックをして部屋に足を踏み入れる。部屋の奥にある大きな執務机の向こう側、革張りの立派な椅子に小柄な少女が不遜な態度で座っていた。

 見た目は中学生くらい。黒髪にゴシック調の黒いドレスを纏う彼女は華(はな)織(おり)恋(れん)。年齢不詳の魔女にして、ベルヴェディア戦術学院の学院長だ。

 さらに、その執務机の横には中年の男が立っていた。こちらはゲームでも現実でも見たことがない。でもこの部屋にいると言うことは学院の関係者だろう。


「リディア、急に呼び出してすまなかった」

「いえ、用件に察しは付いていますので」


 用件は鑑定結果に付いてだろう。

 飛び級を狙う私にとっても悪い話じゃないので愛想よく答える。


「話が早くて助かるな。では単調直入に尋ねる。あれらの称号に心当たりはあるのか?」

「まぁそれなりには」


 本当は完全に把握しているのだけれど、現実となった世界でそれを知っているのはおかしいので、わずかに言葉を濁した。


「ほう? 入学したばかりの学生が、あれだけの称号を保持しているなど、歴史的に見てもなかったことだ。それなのに、その状況に心当たりがあるというのか?」

「はい、あります」

「面白い。では、どのように称号を獲得したのだ?」

「死ぬほど王都幽影を周回しました」


 私の答えに恋学院長が目を瞬いた。


「……死ぬほど周回? 一体どれくらいだ」

「恐らく千周は超えています」

「千? そうか、王都幽影を千周も回ったのか!」


 恋学院長がお腹を抱えて笑った。

 だが執務机の横に立っていた男が眉をひそめる。


「学院長、彼女が王都に来たのは一ヶ月前のはずです。その期間で千周をするなど……」

「そうだな、普通に考えればあり得ない。だが、私には心当たりがある。過去に似たような称号を持っていた者も、たしかに遺跡をひたすらに周回していたからな」


 年齢不詳の魔女というだけあって、似たような称号を手に入れた者を知っているようだ。


「恋学院長の話はこれでおしまいですか?」

「ん? あぁ、そうだな」

「では私からいくつかお話があります。まず、私は飛び級を希望します」

「……ふむ。飛び級か。たしかに素晴らしい実績があるようだが、一年で学ぶ子とすべてを身に着けているかどうかは現時点では判断が付かない」

「判断が付けば飛び級をさせてくれる、と言うことでしょうか?」

「検討しよう」

「ありがとうございます、それで十分です」


 目標は今年度の終わりまでに飛び級をすることだ。

 それほど急ぐことはないと今回は引き下がる。

 だが、執務机の横に立っていた男が予想外のことを口にする。


「リディア、アンビヴァレント・ステイシスを解除するつもりはあるか?」

「……それはどういう?」


 反射的に否定したい衝動に駆られながらもかろうじて問い返した。


「おまえは既に剣姫の称号を手に入れ、魔姫の称号も灰色表示だ。アンビヴァレント・ステイシスを解除して励めば、戦姫の称号を手に入れることも夢ではないはずだ。そして戦姫の称号を得れば、飛び級など思いのままだろう」


 私はわずかに息を呑んだ。

 戦姫――それは、姫と付く特級の称号を複数所持する者に与えられる称号だ。

 前々世の私、英雄ルナリアが手にした称号でもある。たしかに、その称号を手にすればいまより大きな力を得られるし、飛び級だって出来るだろう。

 だけど――


「お話の意図は理解しましたが、申し訳ありません。いまはまだアンビヴァレント・ステイシスを解除するつもりはありません」


 たとえどれだけ罵られようとも――と覚悟を決める。けれど、その男は「そうか……」とすぐに場を収め、食い下がってくることはなかった。


「……意外です。もっと色々と言われるかと思いました」

「おまえが貴族の義務を果たしている以上、周囲がとやかく言うことではないからな。むろん、文句を言う者はいるだろう。気を付けることだ」

「肝に銘じます」


 こうして、学院長とのお話は終わった。

 余談だけど、レアボスにあたりやすい方法についてもリークしておいた。学院長達は半信半疑と言ったところだったけれど、これから検証をすることになるだろう。

 その結果、人類が魔族と戦う力を手に入れるなら都合がいい。



 とにもかくにも、ベルヴェディア戦術学院の授業が本格的に始まった。

 共通科目はリズやセレネと一緒だけど、実技の授業は別々だ。剣術の授業を受けるべく、一人で訓練場に足を運ぶと周囲から奇異の視線を向けられた。


 うぅん、色々聞いてくれたら答えるんだけど……遠巻きにされているだけなのに、こっちからあれこれ説明するのもおかしな話だよね。


 どうしたものかと思っていると女生徒達から黄色い声が上がる。見れば高身長で二十代半ばの、精悍な顔立ちの男性がやってくるところだった。


「待たせたな。今年から剣術の訓練を受け持つセイバルトだ」


 名前を聞いてピンときた。

 ゲームに登場する、レイヴァン伯爵家の三男。たしか剣聖の称号を持っている一流の騎士だったはずだ。それがどうして先生に……と考えてなんとなく察した。


 歴代の記録を塗り替えた私やリズの実力を確認するためだ。たぶん、魔術の訓練にも一流の講師が用意されていると思う。


 とはいえ、早く実力を認めてもらって、上級生の訓練に参加したい私にとって悪いことではない。なんて思っていたら、早速先生に「リディアというのはどいつだ」と呼ばれた。


「私がリディアです」

「そうか。なんでも、その歳で剣姫の称号を獲得したと聞いたが本当か?」

「鑑定の儀でそういう結果が出たのは事実です。もし鑑定結果をお疑いならば、学院長にでも確認してください。既に何度も確認されていますから」

「あぁいや、悪かった。別に鑑定結果を疑ってる訳じゃねぇんだ。ただ、噂の神童の実力がどれほどのものか、確認させてもらおうと思ってな」

「かまいませんが……なにをすれば?」

「そうだな……あそこに鎧を着た案山子が並んでいるのが見えるな? あれに攻撃を仕掛け、その実力を見せてくれ」


 セイバルト先生が示した先、少し遠くに案山子が等間隔で並んでいる。

 以前の私なら、ここからは射程圏外だった。でも、ソフィアの父、ロイドさんを護り損ねてから数年。射程が短いという問題を放置していた訳じゃない。

 使えるアストラル領域が少ない私はグロウシャフトを放つのが精一杯だ。なら、そのグロウシャフトを改良するしかない。そんな判断の下に多くの研究を重ねた。

 ――だから、いまの私はこんなことも出来る。


 遠くにある五つ的に意識を向け、無詠唱でグロウシャフトを放つ。金属の鎧にグロウシャフトが直撃した音が一つ、五つの光の矢がそれぞれの的を射貫いた。


「無詠唱!?」

「それより、いまのは中級魔術のグロウシャフト・サルヴォだろ? 彼女は初級しか使えないじゃなかったのか?」


 周囲がざわめく中、セイバルト先生が「いまのはなんだ?」と私のまえに立った。


「無詠唱でグロウシャフトを五連射しました」

「……連射? そんなことが可能なのか?」


 こくりと頷く。

 実は『紅雨の幻域』にそういう小技がある。ただ、中級や上級の魔術の方が圧倒的に強いので、あくまでネタ的な意味合いが強い。


「魔力の消費は大きいですが、使用するアストラル領域は少なくて済みます」

「……なるほど。しかし、着弾音が一つだった。連射だったのなら……いや、そうか、微妙に軌道を変えることで、着弾のタイミングを合わせたんだな」


 私が再度頷けば、セイバルト先生は「なるほどなぁ……」と息を吐いた。


「いや、おまえの技術には驚かされた。まさか、そのような隠し球を持っているとはな。だが、その……見せてもらっておいてなんだが、俺が見たかったのは剣技の方だ」

「……あ」


 ちょっと勘違いをしていたようだ。

 それに気付いて顔を赤らめる。


「ええっと、その……剣技もお見せしましょうか?」

「そうだな……と、ちょうどいい」


 セイバルト先生が訓練場の入り口の方へ視線を向けにやっと笑う。そこには、こちらを見ているセオドール生徒会長の姿があった。


「セオドール、ちょっとこっちに来てくれ!」


 気安く呼びつけられたセオドール生徒会長が迷惑そうな顔をしながらやってきた。


「なんですか、セイバルト先生」

「いや、リディアと手合わせをしてくれないか?」

「……なぜ俺が?」

「いいじゃねぇか。どうせおまえも、こいつの実力が気になってるんだろ?」

「いや、別にそんなことはありませんが」


 セオドール生徒会長は秒で否定した。

 素直じゃないところがリズにそっくりだ――といったら怒られるかな? なんて考えていたら、セイバルト先生が容赦なく突っ込んだ。


「嘘をつくんじゃねぇよ。じゃなければ、どうしておまえがこの時間にここにいる? いまは、教室で自習だったはずだぞ」

「それは……」

「いや、俺もまさか生徒会長様が事業をサボっているとは思わないぜ? 新人の実力を確認するのも、立派な生徒会長の仕事だからな」


 手合わせをするのなら見逃してやる。セイバルト先生の言葉の裏に隠された意図を察したセオドール生徒会長が溜め息を吐いた。


「という訳だ、リディア。いまからセオドールと手合わせをしろ」

「……私の意志は?」

「断らないだろ?」


 汚名挽回の機会だとでも言いたげに笑う。


「……分かりました。それで、ルールは?」

「魔術はなし。アルケイン・アミュレットの耐久を一割削ったら決着だ」

「私はそれでかまいません」


 以前にも言ったけれど、この世界の防具はアルケイン・アミュレットが兼ねている。アミュレットの耐久値の分だけ、シールドが発生する仕様だ。つまり、一割を減らせば勝ちというルールなら、故意に殺そうとでもしない事故は起きない。


「俺の方もそれでかまわない」

「決まりだな」


 こうして、私とセオドール生徒会長は模擬戦をすることになった。ほかの生徒は見学と言うことで、訓練場の真ん中を陣取ってセオドール生徒会長と向き合う。

 先生が開始の合図を続けると、セオドール生徒会長が剣を抜いた。


「まずは小手調べだ」


 いきなりだった。

 気付いたときには、セオドール生徒会長が間合いの中にいた。


「――っ」


 視界の隅に光る銀光、剣の軌跡だと気付いた瞬間には無意識に身体を仰け反らせていた。斜め下から切り上げられた一撃が目の前を通り過ぎる。

 それを躱した瞬間に反撃するが、それはあっさりと受け止められた。


 ――速い。

 さすが、上級生の中でもトップクラスの成績という設定なだけはある。だけど私も負けてはいられないと連撃を繰り出した。

 上段からの一撃。セオドール生徒会長の剣に弾かれるけれど、相手が体制を整えるより先に二連目を放つ。その一撃がセオドール生徒会長のガードを崩した。

 自らも体勢を崩すけれど、その勢いにあわせて身体を反転。


「――はっ!」


 剣を持つ手を狙って後ろ回し蹴りを放つ。その一撃がセオドール生徒会長の手に入った。そう思った瞬間、セオドール生徒会長は上半身を仰け反らせて回避。

 私の回し蹴りは空を蹴った。


 だけど――セオドール生徒会長は体勢を崩し、私は回し蹴りで体制を整えた。

 その一瞬の隙に上段からの一撃を加える。


「――ちいっ」


 キィンと甲高い音が響く。

 私の一撃は、体勢を崩しながらも振り上げたセオドール生徒会長の剣に受け止められた。


「魔術師を目指した者がよくぞここまで。その才能と努力に敬意を表する。――だが、身体能力はまだ俺に及ばないようだな!」


 体制的には有利なのに、剣を押し返される。王都幽影の周回でレベルを上げたはずなのに、身体能力の差は埋めきれなかったようだ。

 このままじゃまずい。

 そう思った私は競り合いになるまえに飛び退った。だが、それを呼んでいたかのようにセオドール生徒会長が肉薄し、横薙ぎの一撃を振るった。


「――しまっ」


 重い一撃を受け流し損ね、大きく剣を弾かれてしまう。

 そこに迫り来る上段の一撃。剣を引き戻すのは間に合わない。この一撃をまともに食らえば、確実にシールドを一割以上削られるだろう。


 そのとき脳裏によぎったのは、リズの悲しむ横顔だった。


 一年以内にセオドール生徒会長が死ぬ。亡骸のない葬儀の場で、黒いドレスを纏って、静かに拳を握りしめる彼女の回想シーンは脳裏に焼き付いている。

 あんな未来は見たくない。

 私は悲劇の物語を認めない。

 だから――

 振り下ろされた一撃に対して左腕をかざした。


 シールドに剣が振れた瞬間、腕を大きく外へ払う。シールドを利用した、生身での受け流し。シールドが削れるけれど、上手く受け逃したので減少量は一割に満たない。


「――なっ!?」


 セオドール生徒会長が驚き、とっさに剣を引き戻すけれどそれは間に合わない。強引に生み出した一瞬の隙、私は横薙ぎに剣を振るった。その一撃がセオドール生徒会長の胴に入る――瞬間、彼もまた腕での受け流しをやってのけた。

 強引な姿勢からの受け流しで、私のときよりはゲージが削れている。

 けれど、やはり一割には届いていない。

 仕切り直すために飛び下がれば、彼もまた大きく飛び下がった。


「……さすが、リズから聞いていたとおりだ」

「リズからなにを聞いたんですか?」


 さすがに、腕で剣を受け流すなんてヤバい技を見せたことはないはずだ。


「王都幽影のレアボスに単独で挑むちょっとおかしい子だと言ってたぞ」

「――ナチュラルに失礼だよ!?」


 リズは後で説教だ。

 ひとまず、八つ当たりの戦技を放つけれど、それはあっさりと弾かれた。お返しとばかりに戦技を放たれるけれど、それは仰け反って回避。

 そのままバク転の要領で後方に退避した。


「腕で剣を受け流した奴がなにを言う」


 迫り来るセオドール生徒会長。

 今度は慌てず相手の攻撃をさばいた。


「セオドール生徒会長もやったじゃないですか」

「おまえのマネだ」

「初見で真似るとか、それはそれでヤバい――ですね!」


 喋りながらの攻防。

 腕での受け流しを警戒しているのか、セオドール生徒会長も大きく攻めてこなくなった。互いに決め手の欠ける展開が続き、ほどなくして試合終了の声が掛かった。


「そこまで! この勝負は引き分けとする!」


 セイバルト先生の声に歓声が上がり、私は大きく息を吐いた。正直、ギリギリだった。身体能力で負けている私は、あのまま長引けば負けていただろう。

 そうして息を吐く私にセオドール生徒会長が右手を差し出してきた。


「リディア、いい勝負だった」

「ありがとうございます。ですが、貴方の方が強かった」

「……そうだな。だがさきほどの戦いを見れば、おまえが貴族の義務を放棄していないことは明らかだ。それはこのセオドールが保証しよう」


 思わず目を見張る。

 これで、私の陰口を叩く者は劇的に減るだろう。

 彼が保証するというのはそういう意味だ。

 私は差し出された手を握り、感謝の気持ちを込めてとびっきりの笑みを浮かべた。



 こうして、悲劇を防ぐために飛び級する計画は順調な滑り出しを見せた。この調子でいけば、一年後までに上級生がおこなう実地訓練に参加できるようになる。

 そう思っていた矢先、魔族領との国境沿いにある聖壁から報告が届けられる。それは、フロントラインの向こう側に魔物が集結しているという内容だった。

 

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