エピソード 2ー7
私はアーシェラ男爵家の娘、リリア。
ベルヴェディア戦術学院に入学したばかりの新入生だ。
代々強い魔術師を生み出している男爵家の娘といえば聞こえはいいけれど、後継ぎではない私は大きな結果を出さなければ貴族でいられない。
そして私は、兄弟姉妹のなかであまり才能がないと言われている。
アーシェラ男爵家の後継ぎになるのは無理。どこかの騎士団に所属できれば御の字で、良家に嫁いだり、冒険者になって生計を立てられればマシな方だろう。
私には貴族の義務を果た果たすだけの才能がない。
だから、リディア様に憧れを抱いていた。
かつて魔将を倒した栄誉あるウィスタリア侯爵家。その家の次女として生まれた彼女は、物心がつくのと同時に魔術を覚えた神童だったから。
彼女の噂を聞いてはいつも心を躍らせていた。
だからこそ、姉を救うために自らの未来を閉ざしたという話を聞いたときは失望した。貴族として与えられる多くを享受しながら、貴族の義務を放棄するのが許せなかった。
その考えは、学院の入学式でリディア様の姿を見たときも変わらなかった。
「貴族の義務を放棄するつもりはありません」
入学式の当日、カフェテラスで彼女が口にした言葉だ。だけど私は、姉に魔術を使ったことを正当化する形だけの言動だと思った。
そうして、私はリディア様への興味を失ってしまった。というか、自分のことで精一杯で、リディア様のことを考えている余裕がなかった。
私はリディア様と違う。
努力を続けなければ生きていけないから。
だから――と、私は友人のマリーと王都幽影の遺跡に入ることにした。もちろん、初心者だけで入るのは危険だから、お父様にお願いして護衛を付けてもらう。
そして一日に遺跡を三周するという厳しい訓練をおこなった。
それを何日か続けたある日。
王都幽影に入っていくリディア様を見かけた。
「……リディア様も遺跡を周回しているのかしら?」
「魔術を使えないんじゃなかった?」
私の呟きにマリーが答えた。
「初級くらいは使えるって話だけど……それでも、厳しいよね?」
首を傾げていると、護衛が「キャリーでは?」と口にした。
「キャリーというのは?」
「自ら魔物を倒さなければ強くはなれません。ですが、遺跡の最後にある宝箱は手に入るので、アミュレットを強化することは出来ます」
「……なるほど。自分は戦わない、ということね」
友人にアミュレットの強化を手伝ってもらっている。
その結論に至って顔をしかめる。
だけど、すぐにそれは誤解だと分かった。何度目かに見かけたとき、リディア様が腰に剣をぶら下げていることに気付いたからだ。
「……もしかして、リディア様、剣士に転職した?」
「そのようですね」
護衛が答えてくれる。
「……リディア様、剣の才能もあるのかしら?」
「普通に考えれば、才能はないでしょう」
「普通に考えれば?」
「剣を扱うことは可能です。ですが、物心つくころから魔術を学んだ子供は、魔術に特化したステータスが伸びるようになる傾向にあります」
「リディア様には剣を振るう力が足りない、ということね……」
魔術師として優れているがゆえに、剣士としては致命的な欠点を持っている。それでも剣士を目指すことは出来るけれど、大成することはほぼないだろう、ということだった。
ちなみに、その認識は間違っている。魔術を学ぶ子供の魔力高くて力が弱いのは称号の関係だ。魔術系の称号を得ているため、魔力が高いだけで力が伸びなくなった訳じゃない。
剣を学べば、魔術師でも力を付けることは出来る。
私は後にその事実を知るのだけれど、このときの私は知らなかった。
だから、自分とリディア様を重ねるようになった。才能のない剣士になった彼女は、いつか自分と同じように挫折すると、そう思っていた。
そして一ヶ月が過ぎ、鑑定の儀の当日がやってきた。講堂でおこなわれる鑑定の儀では、獲得した称号と、もうすぐ獲得できそうな称号を確認することが出来る。
初級の剣士や魔術師といった称号が灰色表示になっていれば退学になることはない。入学してから技術を学び始めた平民は、この時期に初級を習得できればかなり優秀だ。
でも、貴族はもう少し上。中級の獲得が出来ていればそこそこ優秀、上級の灰色表示があればかなり優秀、といったレベルである。
ちなみに、私は中級魔術の灰色表示が精一杯だった。貴族としてギリギリ落ちこぼれていないレベルだけど私は正直ほっとした。
そんな中、鑑定の儀はリディア様の番になった。
彼女は八歳でアンビヴァレント・ステイシスを使っている。けれど、その後は魔術を使えなくなっているので成長できるはずもない。
彼女は上級魔術の灰色表示止まりだろうというのがもっぱらの評判。それでもとんでもない快挙なのだけれど、魔術を使えないのなら意味はない。
そんな風に人々が揶揄する中、私はマリーにささやきかける。
「ねぇ、マリーはリディア様の称号、どんなのが出ると思う?」
「うぅん、そうだね。剣士の初級の称号が獲得できていると思う。中級の灰色表示は……どうだろう? 正直、難しいんじゃないかな」
「そうだよね。それくらいだよね……」
転職によるハンデを背負っている。そう考えればそれが妥当だと思った。
あれから、リディア様が遺跡に出入りしているところを何度か見かけた。努力していることを知っているから、少しは報われていればいいなと思った。
後から考えれば、どれだけ上から目線だったんだろうって恥ずかしくなる。
リディア様が鑑定の儀をするために祭壇へ上がる。そして石版に手をかざすと、正面に設置された巨大なスクリーンに称号が表示された。
その瞬間、会場が大きくどよめいた。
スクリーンに、驚くほどの数の称号が浮かび上がったからだ。
そしてトップには剣姫が表示されていた。
剣姫が最初の鑑定の儀で表示されるのは歴史上でも初めてのことだ。なのに、スクリーンにあるのは灰色表示ではなく、獲得済みの表示だった。
「剣姫だと!? 魔姫ではないのか!?」
「いや、彼女は幼少期にアンビヴァレント・ステイシスを使用している。魔術系統だったとしても、上級以上の称号を取れるはずがない!」
「いや、魔姫も灰色表示で表示されているぞ!」
「そんな馬鹿な!」
講堂が混乱のるつぼに叩き込まれた。
しかもリディア様の獲得している称号はそれだけじゃなかった。
槍術や弓術、それに錬金術や鍛冶といった、いつ何処で学んだのかと言いたくなるようなスキルの称号も初級や中級まで獲得している。
極めつけは、王都幽影の支配者、アースドラゴン単独撃破、アースドラゴンの殺戮者といった、聞いたことのないような称号まで獲得していた。
あり得ない、なにか狡をしているのでは? なんて声が上がる中、私はその称号の数々にただただ圧倒されていた。
……というか、アースドラゴンって、王都幽影に出るレアボスですよね? あれに出くわしたこともすごいんだけど……え? あれを単独で撃破したの?
称号があるのだからそうなのだろう。
だけどそれが分かっていても信じられないレベルだ。
そして、リディア様がアンビヴァレント・ステイシスを使用しているのは有名な話だ。であるならば、剣を使って単独討伐したことになる。
リディア様に剣の才能はなかったんじゃないの……?
自分と同じように、才能のない剣士だったはずだ。だけど、この結果はその事実を否定している。リディア様は自分と違う、なんにでも才能があるすごい人なんだ。
そう考えると羨ましくて、妬ましくて仕方がない。子供のころからずっとがんばって、ようやく手に入れた中級魔術師の灰色表示がちっぽけなものに思えてきた。
「なにか不正しているに違いない! でなければ鑑定の魔導具の故障だ!」
誰かがそんな風に叫んだ。
私はリディア様が剣を持って王都幽影を周回していたことを知っている。だから、称号は本当なんだろうなと思っている。
でも、周囲が信じられないのも無理はないと思う。
鑑定の儀に使う魔導具の故障、その可能性を囁く人が多くなる。そんな嫌な空気を蹴っ飛ばすように、辺境伯の娘であるセレネ様が鑑定の儀をおこなった。
そして表示される称号の数々。
リディア様ほどではなかったけれど、賢者が灰色で表示されていた。十五歳の最初の鑑定の儀で灰色表示が確認されるのはもちろん初めてだ。
そして同じように、王都幽影関連の称号もあった。
なんらかの不正を疑う声は小さくなった。
そこに続けてエリザベス王女殿下が鑑定の儀をおこなった。彼女の場合は姫騎士という称号が灰色表示だった。もちろん、王都幽影関連の称号も獲得している。
三人続けての歴史的偉業とも言える獲得称号の数々。不正を訴える声は小さくなったけれど、魔導具の故障を疑う声は大きくなる。
そして――
「やはり魔導具の故障だろ! いまなら俺だって特級の称号がもらえるはずだ!」
さきほど騒いでいた生徒が鑑定の儀をおこなう。
結果、スクリーンに表示されたのは初級の称号だけ。
なんとも言えない空気が周囲に広がった。
その後、いくつかの確認作業はあったけれど、リディア様達が獲得した称号の数々は間違いなく本物であることが確認された。
こうして、リディア様達が今年の話題をかっさらって鑑定の儀は終了した。
ちなみに、この話には少しだけ続きがある。
数日経ったある日、リディア様と王都幽影のまえで出くわしたのだ。
「あら、リリアさん。今日も王都幽影を周回するの?」
「え? リディア様、私のことをご存じなのですか?」
「ええ、もちろん。よく、知っているわ」
彼女はなぜか寂しげに笑った。その言い回しに少しの違和感を覚えながらも、これはチャンスだと思って気になっていたことを口にする思った。
「あの、王都幽影の支配者とかは、王都幽影を周回して手に入れた称号ですか?」
聞いてからしまったと思った。
称号はいつの間にか手に入るもので、鑑定の儀は頻繁におこなうものじゃない。称号がどういう条件で手に入るかは分からないのが常識なのだ。
なのに――
「ええ、そうよ」
リディア様は断言した。
「え? リディア様は王都幽影の支配者の獲得条件をご存じなのですか?」
「王都幽影を千周すると獲得できる称号よ」
「……あはは、リディア様は冗談がお上手ですね」
笑ってみせるけれど、リディア様は真面目な顔だ。
一呼吸置いて、私はゴクリと喉を鳴らした。
「……もしかして、この一ヶ月で千周したんですか?」
「したというか、付き合わされたというか……まあ、回ったのは事実よ」
どういう意味だろうと首を傾げた直後、少し離れた場所にいたエリザベス王女殿下が「早く周回しますわよ!」とリディア様に呼びかけた。
それを聞いたリディア様が苦笑いを浮かべた。
「という訳だから、私はもう行くわ。それとリリアさん、これからは治癒のポーションを必要と思った数よりも、一つ多く持ち歩くことをおすすめするわ」
「……それは、どういう?」
「いざというときに、あと一本あれば……って後悔したくないでしょ? そうね……とりあえず、一年くらいは余分に持つようにした方が良いわよ」
「……たしかに、そうですね。分かりました、一本多く持つようにします」
私がそう言うと、リディア様が「それじゃあね」と立ち去っていった。その後ろ姿を見送っているとほどなく、マリーがやってくる。
「リリア、ぼーっとしてどうかしたの?」
「あのね、マリー。私、自分に才能がないって諦めてた。でも、そうじゃないのかもしれない。私に足りてないのは努力、だったかもしれない」
この一ヶ月で王都幽影を八十周くらいした。才能のない私は人より多くがんばらないとダメだ。だからほかの誰にも負けないくらい努力しようとがんばった結果だ。
その努力だけは、誰にも負けていないと思っていた。
だけど、私の努力はリディア様の十分の一以下だった。
自分に才能がないと思って諦めていた。
でも、もっとがんばれば、もしかしたら――そう思った私は、遺跡を周回数を少しずつ増やしていくようにした。その結果、私は一年後の鑑定の儀で兄の成績を超え、やがてアーシェラ男爵家の後継者になるのだけれど、それはまだまだ先の話である。
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