エピソード 2ー6

 レア鉱石をその手に、様々な職人の店が集まる職人通りを歩く。私が先行して歩いていると、後に続いていたセレネが並びかけてきた。


「ねぇリディア。目的地があるみたいな歩き方だけど、行きつけの店があるの?」

「こっちの通路の奥にね、優秀なドワーフの鍛冶屋があるんだよ」


 『紅雨の幻域』に登場するアルテイルの鍛冶屋というお店。チュートリアルで武器の作り方や強化方法を教えてくれるのだけど、その腕は一級品だという設定だった。

 ちなみに、弟子入りしている学院の女生徒を手伝うエピソードもある。


 その辺りのエピソードを進めると色々といいことがあるのだけど、それを進めるには武器を作ったり強化したりする必要がある。

 その辺りの事情的にも、出来るだけ利用しておきたいという事情があるのだ。


「リディアって、時々妙なことを知っていますわよね。さすがに、これもウィスタリア侯爵家の書庫にあった本に載っていた、とかいいませんわよね?」

「寮のコンシェルジュに教えてもらったのよ」


 リズの問いに答えつつ、私はアルテイルのまえで足を止めた。そうして店を訪ねると、褐色系の綺麗なお姉さんが出迎えてくれた。

 彼女の名前はリーナ。

 さっき話題に出した、弟子である学院の生徒だ。


「いらっしゃいませ。アルテイルの鍛冶屋へようこそ。見たところ、戦術学院の生徒さん達かしら? ここへはなんの用?」

「武器の製作依頼です」


 私が答えると、リーナは「武器の製作かぁ……」と言葉を濁した。リズとセレネは「なにか問題が?」と首を傾げるけれど、これはゲームと同じ展開だ。

 私が「ダメですか?」と尋ねると、リーナはちょっと待っててねと奥へ確認にいった。

 ほどなく、髭を蓄えたドワーフのおじさんがやってくる。


「わしに武器を作って欲しいと言うからどんな英雄かと思えば、ひょろひょろの新米どもじゃないか。武器が欲しいなら表通りにある武器屋に行ってみな」


 分かりやすい挑発に、リズとセレネが色めきだったけれど、身振りでそれを抑える。


「フォルギムさん、私は貴方に武器を作っていただきたいのです」

「ほう、わしを知っておるのか。誰の紹介だ?」

「寮のお姉さんです」


 ゲームでは、寮のコンシェルジュであるお姉さんから受けるお使いクエストをこなしていると、武器を作りたいのなら――という形で教えられる。

 まあ現実の私は入寮の挨拶に菓子折を持っていって教えてもらったのだけれど。

 とにもかくにも、それを聞いたフォルギムさんはピクリと眉を動かした。


「では無碍にする訳にはいかんな。だが、わしは実力もない者に武器を作るつもりはないぞ。本当に武器を作って欲しければ王都幽影を三周してこい」


 それが出来れば、剣を打ってやる――というのがゲームでのクエストだった。

 それを聞いたリズとセレネが顔を見合わせる。


「なんじゃ、怖じ気づいたのか? まあ、無理もない。学院に入学した生徒の半数は、遺跡の魔物に怖じ気づいてしまうからのぉ」


 少し挑発的な口調――だけど、リズは困った顔で口を開く。


「いえ、その……わたくしたち、既に六百周くらいしましたわ」

「はっ。わしはそういう嘘が嫌いじゃ。努力もせずに力を手に入れた者の末路を知っておるか? 身の程を知らぬ者はみな戦場で死んでいくのじゃぞ」


 険しい視線を向けられる。

 まあ……正直、これが普通の反応だろう。仮にゲームの時代に一日に回れる制限がなかったとしても、三週間で六百周する人間はそうそういない。

 だけど――と、私は鞄をカウンターの上にドンと置いた。


「なんじゃこれは? 言っておくが、いくら金を積まれてもダメなものはダメだからな」

「これは鉱石よ」


 武器の製作に必要な量の蒼光鋼石を取り出せば、フォルギムさんがほうっと眉を上げた。


「たしかにレア鉱石じゃな。しかし、どこかで買った鉱石でないという保証は? そもそも、六百周したと言うには鉱石の数が少なすぎる」

「鉱石は三人分の武器に必要な量しか持ってこなかったの。その代わり――」


 魔導紅晶をテーブルの上に置く。

 その瞬間、フォルギムさんがぎょっとした顔になる。


「リーナ!」


 フォルギムさんが声を荒らげると、リーナはすぐにカウンターを飛び出して、扉の掛札をOPENからclosedに変えて鍵を掛けた。

 それからフォルギムさんが「おい、嬢ちゃん!」と詰め寄ってくる。


「おまえさん、これがなにか分かっておるのか!?」

「魔導紅晶。遺跡全体でも、月に一つ程度の産出量だと言われているレア素材。魔術師なら喉から手が出るほど貴重な鉱石でしょう?」

「知っておるならこんなところで不用意に出すな!」

「自分のお店をこんなところというのはどうかと思うわよ?」

「揚げ足を取るな!」


 叱られた。

 けど、心配してくれているのは分かるので悪い気はしない。そんなことを思っていると、リーナが諭すような視線を向けてくる。


「お嬢ちゃん、よく聞きなさい。それは本当に貴重なものなの。オークションにも滅多に出回らないから、どんな手を使っても手に入れようとする者がいるくらいなのよ」

「もちろん、不用意に人前で見せびらかしたりしないわよ」


 平民なら一生遊んで暮らせるお金が入る。

 魔が差す冒険者だっているだろう。鍛冶屋だって、下手なところに預ければ持ち逃げされる危険がある。その辺りはもちろん気を付けている。

 彼らに教えるつもりはないけれど、鍛冶屋への護衛も手配済みだ。


「それも心配だけど、もっと心配なことがあるの」

「……もっと、ですか?」


 思いつかないと首を傾げる。リズやセレネにも視線で問い掛けるけれど、二人は揃って首を横に振った。それを見ていたリーナが小さな溜め息を吐く。


「言ったでしょ? 権力者だって簡単には手に入れられないって。貴方たちはどこかのお嬢様かもしれないけど、より上位の貴族に圧力を掛けられるかもしれないのよ?」

「あぁ……」


 それはたしかに思いつかなかった――と私達は苦笑いだ。


「なにを笑っているの。冗談なんかじゃないのよ? 先日、魔導紅晶を手に入れた冒険者が子爵に呼び出されて、売ってくれと言う圧力に屈したんだから」

「ご心配ありがとうございます」


 侯爵令嬢と、それと同等の力を持つ辺境伯の娘。それに加えて、この国の第三王女の集団だ。そこに圧力を加えるくらいなら、ほかの者に圧力を加えるだろう。


 わざわざ名乗ったりしないけれど、問題はないと胸を張る。その態度になにかを感じ取ったのは、リーナは「まぁ分かっているのならいいわ」と溜め息を吐いた。


「という訳で、攻撃力が上がるイヤリングを作ってください」

「わたくしも同じイヤリングでお願いいたしますわ」


 リズが隣にコトリと、魔導紅晶を置いた。

 そして――


「あたしはイヤリングと、杖の威力向上に使ってもらえるかしら?」


 セレネが三個のテーブルの上に置く。

 これで三人でゲットした魔導紅晶はすべてだ。

 だけど、リーネはもちろんフォルギムさんの反応もない。それからたっぷり十秒ほど待つと、「はああああああああ!?」とフォルギムさんが声を上げた。


「お、おぬしら、一体どれだけ王都幽影を周回したんじゃ!?」

「だから、六百周くらいだって言ってるじゃない」


 私が答えるけれど、フォルギムさんは「いやいやいや、たった六百周でこれだけの魔導紅晶が出るはずなかろう!?」と突っ込んだ。


「そっちは色々あるのよ。そのうち情報はギルドに流すから、魔導紅晶の産出量は増えると思うわよ。とだけ言っておくわ。とにかく、杖とイヤリングをお願いね」


 その言葉に、フォルギムさんは頭を押さえた。


「いや、どこから突っ込んでいいのか分からん。ひとまず、これだけの鉱石を一括で預けるのはやめてくれ。さすがになにかあったときに責任を持てん」

「その辺りはそちらに任せるわ」


 こうして詳細を話し合ってから店をあとにした。

 

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