エピソード 3ー5

 結局、実地訓練に参加することは出来なかった。

 護衛を雇うことも失敗したけれど、諦める訳にはいかない。夜に襲撃の恐れがあるので単独行動は危険だけれど、少し無理をすれば出来なくもない。


 という訳で、上級生が実地訓練に向かう当日の朝。旅の準備をした私は一人、馬を連れて城下町の門を出たのだけれど――そこになぜかリズとセレネが待っていた。


「……二人とも、なにをやってるの?」

「それはこっちのセリフですわよ」

「リディアだけレベルアップするなんて許さないから」

「いや、私は……」


 よその町の遺跡にでも行くと思われている。そう思っていい訳を口にしようとしたところで、本当にそんな誤解をされているのだろうかと疑問に思った。


「もしかして、私が何処に行くつもりか知ってるの?」

「リディアが実地訓練に参加したがっていると、お姉様から聞きましたわ」

「……カタリーナ先輩から? でもその格好、止めに来た訳じゃないよね?」


 どう見ても、一緒に旅をする格好だ。

 と言うか、私と同じように馬まで連れている。


「お姉様は、貴女が護衛なしでも向かうつもりなら同行してあげなさい、と」

「あたしもお願いされちゃった」


 思わず息を呑んだ。

 巻き込みたくないという思いもあるけれど、そもそも今回の悲劇を防がなければ、次の悲劇に巻き込まれるのはこの二人だ。

 そう考えれば、巻き込めない、なんて言ってる場合じゃない。

 だけど……


「いいの? 私は、実地訓練に参加する理由も話してないのよ?」


 それでも私に付き合ってくれるの?

 そう問えば、リズは酷く呆れた顔をする。


「……今更でしょ? 王都幽影をするときだって、説明されてませんわよ? 少なくともわたくしは、なにも言わずに王都幽影のまえに呼び出されましたわ」


 呆れた顔のリズがそう言うと、「あたしも聞いてないわね」とセレネが同調する。


「それは……でも、今回は事情が――」

「一緒、ですわよ」


 私を信じたから、なにも聞かずに王都幽影の周回に付き合った。そしていまも信じているから、なにも聞かずに私に同行しようとしている、と。


「……ありがとう、二人とも。絶対に、後悔させないから」


 ――こうして、私達は三人で実地訓練の部隊を追いかけることになった。


     ◆◆◆



「曇ってきたな。しばらくはここを拠点として調査しよう。一班は周囲の警戒。二班は野営地の設営を。残りの者は休憩だ」


 リーヴス地方にある旧街道。そこにセオドールの率いる学生部隊が駐留していた。

 目的はこの辺りに出没する魔物を間引くことと、ほかに異変がないかの調査。

 見届け人を兼ねた騎士を含め、その数はおよそ三十。彼らは一様にピリピリとして周辺を警戒している。ここに来るまでに、既に何度も魔物による襲撃を受けているからだ。


「どうやら、魔物の動きが活発化しているというのは事実のようだな」


 自身も野営の準備をしていたセオドールが呟く。その独り言を、近くで作業していたカタリーナが拾った。


「私が実地訓練を受けるのは今年からなのでよく分からないのですが、やはり魔物との遭遇率が普段よりも高いのですか?」

「ああ、少なくとも、俺が知る限りは一度もない」

「……そうですか。フロントラインでも魔物が集結しつつあるそうですし、不安ですわね」


 魔族と人間の争いは古くから続いている。けれど、大規模な戦闘自体はしばらく起きていない。カタリーナが魔物の影に不安を覚えるのは無理からぬことだった。


「まったくだ。リディアを連れてこなかったのは正解だったな」

「彼女は実力不足だとお思いですの?」

「いいや、経験は不足しているかもしれないが、実力が不足しているとは思わない」


 迷わずに答える。その言葉にカタリーナは首を傾げた。


「では、かたくなに同行を認めなかったのはなぜですか?」

「特別扱いになるからだ。そうなればどうしても軋轢を生む。普段ならそれでもフォローすることは出来るが、このような状況ではそれも難しいだろ?」

「……たしかに、ピリピリしていますものね」


 今回の実地訓練が初めての二年生はもちろん、普段より魔物と遭遇する状況に、実地訓練に慣れている三年生までもがピリピリしている。

 それを踏まえれば、リディアの同行を認めなかったのは正解だろう。


「心配だから却下すると、言ってあげればよかったのではありませんか?」

「……恩に着せるつもりはない。もっとも、あれは気付いていると思うが」

「賢そうな子ですものね。さすがはアリスティアの妹、と言ったところかしら」


 最近こそ、リディアが社交界の話題をかっさらっているが、セオドールやカタリーナにとってはリディアより姉のアリスティアの方が有名だったりする。


「アリスティアも初回の鑑定の儀で魔姫の称号が得られると言われていたからな。病床に伏すことがなければ、記録を塗り替えていたのは彼女だったはずだ」


 たしかにそのように噂されていた。

 それは事実で、『紅雨の幻域』の設定には不遇の天才と示されている。


「そう言えば、お兄様はアリスティアに憧れていましたわよね」

「……子供のころの話だ」

「もしや、リディアになにかあればアリスティアが悲しむ、とか思いましたか?」

「……カタリーナ、つまらぬ詮索をしていないで手を動かせ」

「あら、申し訳ありません」


 カタリーナはクスクスと笑って、作業に意識を戻した。



 それから数日。

 セオドールの率いる学生部隊は周囲の調査と魔物の討伐を続けていた。


「まだだ、魔物を逃がさないために十分に引き付けろ!」


 彼の指揮で多くの魔物が討伐されていく。

 もちろん、かつてアレンの暮らす町が襲撃されたときに現れたような大物の魔物はほとんどいない。大半はガルムやゴブリンといった下級の魔物だ。

 決して油断の出来る相手ではないが、セオドールは指揮官として有能だった。


 何度目かの戦闘を終え、魔物との接敵は目に見えて減ってきた。この調子でいけば、今回の実地訓練は何事もなく終わるだろう。

 皆がそう思ったとき、それは現れた。


「おいおい、オークどころかオーガまでいやがるぞ」


 旧街道から少し離れた丘陵地帯に魔物の群れが確認された。数もさることながら、ゴブリンなどと比べるとかなり脅威度の高い魔物が混じっている。

 それでも、セオドールの率いる学生部隊なら渡り合うことが可能だろう。

 だが、脅威はそれだけじゃなかった。

 遠目に見える魔物の群れのあいだ、悠然と進み出てくる影がある。


「なんだ? どうして魔物の群れの中に人間が?」


 学生の一人がぽつりと呟く。

 魔物のあいだから現れたのは美しい女性だった。


「……あれは、まずいな」


 セオドールが呟く。それを切っ掛けに、お目付役の騎士やカタリーナ達は戦闘態勢に入る。けれど、多くの学生達はそれがなにか分かっていない。

 ――否。

 知識としては知っていても、感情がその理解を拒絶していた。


 魔物を従えている時点で人間の線は消える。そして人間の姿をした魔物は、魔族と呼ばれる、普通の魔物を遙かに超える強さを持つ存在だけだ。


「ねぇ、セオ兄さん、あれって……魔族よね?」

「信じたくはないが、な」


 二人のやり取りを聞き、学生達は青ざめた。

 即座にお目付役の騎士が撤退を進言する。


「分かっている。距離が離れているうちに撤退――いや、少し遅かったようだ」


 セオドールが撤退の合図を出す直前、魔族が剣を空へと掲げ――こちらへ突きつけた。

 直後、魔物が一斉に押し寄せてくる。

 想定を超える魔物の襲撃に味方の者達が浮き足立つ。


「怯むな! 貴族の矜持を見せろ!」


 セオドールが鼓舞する。

 貴族の矜持、その言葉が味方の戦意をかろうじてつなぎ止める。


「セオドールの言うとおりだ! あいつが本当に魔族かどうか分からない。それに、魔族だったとしても強さはまちまちだ。落ち着けば対処できるはずだ!」

「そうよ、戦いましょう! ここで逃げても虐殺されるだけよ!」


 お目付役の騎士がセオドールに続き、さらにカタリーナが続く。それに呼応するように、一人、また一人と己を奮い立たせて武器を構えた。


「魔術師、構えろ! 今回は敵を引き付ける必要はない。敵が射程に入り次第攻撃を開始しろ! とにかく数を減らせ!」


 セオドールの号令で魔術師が攻撃を開始する。

 魔物の数はいままでの襲撃と比べると数倍は多い。とはいえ、実地訓練に赴く学生部隊には十分な安全マージンが取られていた。

 数だけなら十分に渡り合える実力がある。


 味方の魔術師部隊は瞬く間に敵の数を減らしていった。

 それでも、魔術では簡単に倒せない敵、オーガなどが接敵。前衛との戦闘が始まると、その後ろから次々に魔物が押し寄せてきた。


「魔術師は引き続き敵の数を減らせ! 前衛は横の者とペアになって敵に当たれ! 決して突出するなよ!」


 セオドールは味方に指示を出し、自らも戦闘に参加しながら魔族に意識を向ける。幸いにして、魔族はまだ後方に待機している。


「こちらを見下しているのか、ほかに理由があるのか……どちらにせよ、この期を逃す理由はない。いまのうちに敵を減らすぞ!」


 味方を鼓舞しながら剣を振るう。オーガの攻撃を紙一重で回避。一気に距離を詰め、その心臓を刺し貫いた。オーガはなすすべもなくくずおれる。


「いける、セオドール隊長がいれば勝てるぞ!」


 仲間達から歓声が上がった。

 事実、ベルヴェディアは一流の戦術学院で、生徒の強さは大陸でもトップレベルだ。その学院で首席を務めるセオドールは、最前線に立つ騎士と比べても遜色はない。

 セオドールは一体、また一体と魔物を倒していく。


 だが、何割かの魔物を倒したそのとき、ついに魔族が動きを見せた。剣を抜いた魔族が丘を駆け下りてくる。彼女の進路上にいるのはセオドールだ。

 それに気付いた仲間達がそのあいだに割って入る。


「セオドール生徒会長はやらせない!」

「邪魔だ!」


 ――一閃。

 ただの一太刀で立ちはだかった仲間が吹き飛ばされた。


「ザック、無事か!?」


 決して魔族から視線は外さず、吹き飛ばされた仲間に声を掛ける。


「……軽傷だ、なんとか生きてる」


 彼の報告に息を呑んだ。

 アルケイン・アミュレットのあるこの世界、ダメージを受けると言うことは、そのシールドがすべて削りきられたと言うことだから。


「おまえは支援に回れ。こいつは俺がやる!」


 そう言って挑発するように魔族に剣を向けた。

 それに応じるように魔族もまた剣を構える。


「我が名は鏡像のアルモルフ。人の子らよ、我が魔剣の糧としてくれる!」


 その一言、たった一言で学生部隊は恐怖のどん底に叩き落とされた。


「馬鹿な、鏡像のアルモルフだと!?」

「魔将じゃないか! どうしてこんなところに!」

「そんなっ、勝てる訳ないじゃない!」


 学生部隊とはいえ、魔物と戦うことを使命として育てられた子供達だ。この劣勢の中でも踏みとどまる程度の勇気と気概は持ち合わせていた。

 けれど、相手が悪すぎる。


 ――魔将。

 それは人類にとっての天敵だ。

 歴史的には何度も現れているが、そのたびに人類は大きな被害を受けている。

 かつて魔将の一体を討伐したルナリアが英雄に祭り上げられ、侯爵の地位を賜ったと言えば、魔将がどれだけ強大な敵と人類が認識しているか想像することが出来るだろう。

 少なくとも、英雄クラスの人間でなければ相手にもならない。

 このまま戦っても全滅するだけだ。


「セオドール殿下、撤退を。ここは我らが引き受けます」


 進言するのはお目付役の騎士達だ。

 自分たちが殿を務めるから、そのあいだに逃げろと言っている。

 戦っても勝ち目はなく、全員で逃げても追撃を受けて虐殺されるだけ。それゆえに、いまの彼らに出来る最善手である。だが――セオドールは否と言った。


「殿を務めるのは俺だ」

「なにをおっしゃっているのですか、殿下!」

「そうよ、セオ兄さん、王族の役目は死ぬことじゃないでしょう!」

「そうだぜ、隊長! 一人でかっこつけんなよ!」


 騎士が、カタリーナが、そして仲間がセオドールを止めようとする。

 だが、セオドールは首を横に振る。


「理由は分からないが、あの魔将は俺を狙っている。だから殿は俺が務める」

「セオ兄さんを置いて逃げろというの!?」

「カタリーナ、よく聞け。人類のためにも、ここで全滅する訳にはいかないんだ。おまえは撤退して、このことを父上に報告しろ!」


 カタリーナもまた戦士である。

 だからこそ、仲間を置いて逃げろという言葉に強い抵抗を覚えた。だが同時に、ここで犬死にするのが正しくないことであるとも理解していた。

 カタリーナは血が滲むほどに拳を握りしめ、それからこくりと頷いた。


「……その任務、なんとしても果たします」


 そういってカタリーナは範囲攻撃の大技を放つ。

 そうして出来た一瞬の隙。


「撤退するわ!」


 その声に、味方は波が引くように撤退を開始した。魔物は追撃するべくその後を追った。だが、魔将はそれに興味を示さず、セオドールから視線を外さない。

 こうして、その場には魔将、それにセオドールとお目付役の騎士達が残った。


「セオドール殿下、我らは最後までお供いたします」

「……そうか、ならば期待させてもらおう」

「仰せのままに」


 覚悟を決めると、魔将は「話は終わったのか?」と口にした。話しかけられたことに驚きながら、だけど必要なのは時間を稼ぐことだと話に応じることにした。


「……なぜ魔将がこんなところにいる?」

「我の能力は倒した強者の姿や能力をコピーすることでな」

「その姿は誰かをコピーした姿、という訳か」

「まぁそんなところだ。だが、上手く能力をコピーすることが出来なくてな。代わりの相手を探していた、という訳だ」

「……それが俺、と言うことか」


(やっかいだな。俺が負けたら強くなる、と言うことか)


 死ぬことすら相手に利する行為になる。

 それでも、いま出来るのは時間を稼ぐことだけだ。魔物に囲まれ絶望的な状況かで、それでもセオドールは己を奮い立たせた。


 だが、魔将の実力は本物だった。

 セオドールと騎士達で挑むも、魔将には傷一つ与えられない。騎士はセオドールを護って倒れ、セオドールのシールドも瞬く間に削られていく。

 そしてついにシールドが破られ、セオドールは大きく吹き飛ばされた。剣で防いだので大けがはしていないが、衝撃で立ち上がれない。


「ここまでか……」


 魔将がゆっくりと迫ってくる。

 騎士達が阻もうとするが、彼らも負傷して動けない。もはや反撃の術はない。絶体絶命の状況でセオドールが思い浮かべたのは、仲間が無事に撤退できたかどうかと言うこと。

 そして――


(あいつを同行させなくて正解だったな)


 彼女なら、いつか仇を討ってくれるかもしれないと考える。だが、そのためにも、自らの能力をコピーさせる訳にはいかない。

 だから、魔将の攻撃が届くよりも早く自害しようと試みる。

 そのとき、戦場に轟音が鳴り響いた。

 

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