エピソード 2ー4

「リディア、貴女……」

「リズ、そっちのガルムはまだ死んでないからトドメをお願い」

「え? あ、申し訳ありません――ではなくて!」


 リズは律儀にガルムに剣を突き立てながら、「そうではなくて、さっきのはなんなんですの!?」と問い詰めてくる。


「なにって……どういうこと?」

「貴女、魔術師を目指していたんじゃありませんの!?」

「あぁ……そういえば話してなかったっけ? アストラル領域が占有されてて初級魔術しか使えないから、代わりに剣の修行を始めたのよ」

「いや、始めたって、そんな簡単に……」


 リズはみなまで言わず、そこできゅっと拳を握りしめた。


「ごめんなさい。簡単なはずありませんよね。リディアはみなに貴族の義務を放棄したと言われないように、それこそ死に物狂いで剣の修行に励んだんですわね」


 がんばったのは事実だけど、転生まえの話なのでちょっと気まずい。私は視線を逸らしながら「あぁうん、一応、そんな感じ」とお茶を濁す。


「誤魔化す必要はありませんわ。剣筋を見ればどれだけ努力したか分かります。それほどの剣技が一朝一夕で身に付くはずがないのに嫉妬してしまって、恥ずかしいですわ」


 リズがいい子すぎる。でも、その素直さこそリズの武器だろう。運命を変えるためにも、リズにやる気になってもらった方がいい。


「じゃあ、私と一緒にもっと強くなろ?」

「ええ、もちろんですわ!」


 こうして、リズと二人で遺跡の奥へと進む。

 王都竜窟はそれほど大きな遺跡じゃない。ガルムやオークといった魔物を何度か撃破した後、すぐにボスの部屋へとたどり着いた。

 そしてボス部屋の手前。

 部屋を見たリズが私の腕にしがみ付いた。


「リ、リディア、なんかドラゴンがいますわよ!?」

「いるね~」

「いるね~、ではありませんわ! 普通のボスはオーガ! あれはどう見てもレアボスですわよ!? どうしていきなりレアボスがいるんですのよ!」


 それは三割を一発で引いたからだ。

 やっぱりゲームと同じ仕様みたいだ。――というのが私の認識だけど、リズにとってはそうではない。1%以下を一発で引き当てた感覚なのだろう。


「だから三割程度だって言ったじゃない」

「さっきのあれ、本気だったんですの……?」

「本気だよ。リズが信じてなかっただけ」

「そ、それは……悪かったと思いますが、でも、この目で見ても信じられませんわよ。王都を騒がせるレベルの情報ですわよ!?」

「まぁ、そうかもね」


 『紅雨の幻域』では、上位のインスタンスダンジョンで同じ素材が手に入るため、それほど重要ではない――という理由で公式に公認されていた。

 でも、この世界では、レアボスが低確率でドロップするレア素材は非常に貴重だ。


「……どうするつもりですか?」

「それってボスのこと? それとも、情報のこと?」

「両方ですわ」


 言われて少し考える。


「レアボスはもちろん倒すよ。ドラゴンと言っても下級だし、攻略方法は分かっているから、ここで撤退する理由はないよ」


 王都幽影は古くから学院の生徒が潜る場所なので、レアボスの戦い方も広く伝わっている。ゆえに、下級ドラゴンとの戦い方は私でなくとも知っている情報だ。


「……まあ、さきほどまでの戦いぶりを考えれば、本気で言ってるんでしょうね。では、情報の方はどう考えているんですか?」

「公開するつもりだけど、ある程度検証してから、かな」


 1%以下とはいえ、百人に一人くらいは初回でレアボスにあたる計算だ。たった一度の検証で、レアボスを出しやすいパターンを見つけたと言って信じてもらえるはずがない。


「そう、ですわね。では、倒し方の話に戻りましょう。役割分担ですが――」

「あ、それなんだけど、一度目は私がソロで挑んでもいいかな?」

「……はい?」


 貴女はなにを言っているんですの? みたいな顔をされる。


「実はレアボスにはソロ討伐の称号があるんだよね」

「ソロ討伐の称号……って、そんなの聞いたことがありませんわよ!?」

「うちの書庫にあった本にちょっと、ね」


 ゲームの知識とは言えないので誤魔化しておく。


「ウィスタリア侯爵家の書庫にあった本、ですか。それは、かなり信憑性が高いですわね。ですが新たな称号となれば、クラス分けで圧倒的に有利ですわね」

「うんうん。あとでリズにも取らせてあげるよ」

「ええっと……そう、ですわね」


 とても名誉なことのはずなのに、リズはなぜか言葉を濁した。


「リズだって称号は欲しいでしょ?」

「いえ、欲しいか欲しくないかで言えばとても欲しいのですが、あのドラゴンをソロで撃破するというのは、さすがに……」

「まあ、初見で倒すのは厳しいかもね。だからリズにはもう少し経験を積んでもらって、アルケイン・アミュレットの強化もしてから挑んでもらう予定だよ」

「……初見で倒すのは難しい?」


 だったら、リディアはどうなんですの? という視線を向けられる。

 やぶ蛇だったかなと思いながら咳払いを一つ。


「ひとまず、戦ってみせるね」


 そう言って、ドラゴンに視線を向ける。

 下級のドラゴンで四足歩行のタイプ。

 動きは速くないけれど、その一撃はとても重たい。


 対して、いまの私は制服を身に着けている。胸元を強調したブラウスとジャケットに、膝上丈のスカートとガーダーで吊ったニーハイソックスという軽装だ。

 アルケイン・アミュレットが機能しなくなれば一撃で殺されるだろう。

 だから――と、胸元に揺れるアミュレットに触れてデータを表示する。虚空に浮かぶウィンドウに、アミュレットの能力値が浮かび上がった。

 未強化の一品だけど、耐久値は問題なく最大値を保っている。

 これなら、一撃くらいは余裕で堪えられるはずだ。


「じゃあ……よく見ててね」


 腰に下げていた細身の剣を鞘から引き抜き、ドラゴンに向かって駈けだす。

 私の接近に反応したドラゴンが上半身を持ち上げ――私が懐に迫るのと同時、倒れ込むように前足を振るった。

 全体重を乗せた一撃。それを予想していた私はギリギリで側面へと回避。そのままドラゴンの側面へと回り込んだ。

 ドラゴンが振り向こうと首を動かした瞬間、その首に一撃を加える。

 獣の雄叫びがフロアに響き渡った。


「見ての通り四足歩行な上に図体がでかいから動きも鈍い。側面がドラゴンの弱点になるわ。後ろに回り込むと、尻尾の一撃が来るから注意が必要だけど、ね!」


 話ながら、脇腹に攻撃を加えていく。

 厚い鱗に対し、非力な私の一撃は致命傷にはならない。幾度かの駆け引きを続けていると、ドラゴンが前足で地面をえぐるように斜め後ろへと掻いた。

 その場にいた私はとっさにバックステップ。

 そこは、ドラゴンの尻尾の攻撃圏内だった。


「――危ない!」


 リズの声が響くと同時、尻尾による横薙ぎが襲い掛かってくる。

 ドラゴンは私を誘い込んだつもりだろう。

 でも誘われたのはドラゴンの方だ。


 私は尻尾の横薙ぎを背面跳びで回避。

 目前に曝されるのは、尻尾を振るって隙を見せるドラゴンの背中。尻尾の付け根を蹴って、そのまま背中を駆け上がる。

 振り落とそうとドラゴンが身震いをするが――遅い。


「――幻影絶針!」


 戦技による一撃。残像残して突きを放つ。

 その一撃は竜の首を貫き、喉元にある逆鱗を内側から破壊した。

 ドラゴンが断末魔を上げてゆっくりと倒れ伏す。私はひらりと身を翻し、倒れゆくドラゴンの上から飛び降りる。そして剣を一振り、血糊を払って剣を鞘へと収めた。


「――と、こんな感じかしら」


 そうして振り返ると、リズが目をまん丸に見開いていた。だけどしばらくしてハッとした顔をすると、きゅっと拳を握りしめてぎこちなく笑った。


「リディア、貴女……どれだけ修行したんですの?」

「うぅん、まぁ、それなりに……かな?」

「リディア、貴女まさか、禁忌に手を出した訳じゃないでしょうね?」


 リズの瞳に警戒の色が滲んだ。


「それこそまさかだよ」

「……本当に?」

「お姉ちゃんに誓って」


 わずかな沈黙。リズは「アリスティアに誓うなら信じるしかないわね」と息を吐いた。


「まったく、有望な魔術師だった貴女がアンビヴァレント・ステイシスを使ったと聞いて心配していたのに、剣士としても有望だなんて思いませんでしたわ」

「へぇ~? 私のこと、心配してくれたんだ?」


 顔を覗き込むと、リズの顔がみるみる赤くなる。


「リ、リディアの聞き間違いじゃありませんか?」

「聞き間違いじゃないよ。だって、心配していたって言ったもの」

「気のせいですわ。わたくしが貴女の心配なんてするはずありませんもの」

「そうかなぁ? さっきの戦闘中も『危ない!』って聞こえた気がするんだけど」

「もう、気のせいだって言ってるじゃありませんか!」


 真っ赤になって否定する。

 その姿があまりに可愛くて、私はクスクスと笑ってしまう。


「もう、なにを笑っているんですの?」

「なんでもないよ。それより、クリア報酬を手に入れよ」

「あ、そうでしたわね」


 二人でボス部屋の奥にある祭壇に移動する。

 そこには宝箱が二つ。


「じゃあ、一つずつね」

「あら、ボスを倒したのはリディアですわよ?」

「今回は単独討伐の称号を譲ってもらっただけだから」


 宝箱は一つずつ分けようと提案する。


「そういうことなら、ありがたくちょうだいいたしますわ。……そういえば、称号とやらは手に入ったんですか?」

「……うぅん、どうだろう?」


 ゲームではテロップが流れたけれど、現実にそんなものはない。称号を獲得できていればステータスにもボーナスがあるはずだけど、それも確認するのは難しい。


「まあ、鑑定の儀のときのお楽しみ、かな」

「そうですか、残念ですわね」


 そんな話をしながら、二人で同時に宝箱を開ける。

 箱から出てきたのは武器を作るときに必要なレア鉱石、蒼光鋼石だった。伝説の武器を作るような激レアの素材ではないけれど、鋼よりは強い武器を作ることが出来る。

 一個じゃ武器を作るには足りないけれど、わりと当たりの部類だった。

 それと――と、アルケイン・アミュレットに触れた。


 所有者:リディア

 スロット:塞がれた記憶のピアス/なし/なし/玄武の鏡瑟


 未装備だったスロットに、宝箱から手に入れた装備がセットされている。これは『紅雨の幻域』にあった装備システムとほぼ同じだ。


 王都幽影で手に入るのは紅霧結晶のオーパーツセットなど三種類。

 それぞれのスロットに装着する装備が存在する。そしてシリーズを揃えなくても装備は出来るけれど、シリーズを揃えるとセット効果が発動する。


 そして、必要のない装備を合成すると、装備したパーツを強化することが出来る。アルケイン・アミュレットのシールドの耐久値や、使用者の攻撃力なんかが上がる訳だ。


 ついでに言うとオプションで上昇する能力値はパーツごとにランダムなので、気に入ったオプションが出るまでいくつも装備を集めるというやりこみ要素も存在している。


 ただ、このゲームはプレイヤースキルに依存しているので、会心率――つまり、必殺の一撃が出る確率なんかは自分の努力で高めることが出来る。

 プレイヤースキルに自信があるのなら、攻撃力upで統一するのが一番強い。


 話が長くなったけれど、遺跡を周回すれば周回するほど強くなる、という訳だ。


「部位の被りはなしだけどセット効果もなし。装備のオプションはまぁまぁかな。それとレア鉱石はありがたいね。リズの方はどうだった?」

「四象天韻の秘奏セットの二つが出ましたわ」

「へぇ、幸先がいいね」


 一段階目のセット効果は同じシリーズが二つで発動する。

 四象天韻の秘奏セットの一段階目は耐久値に上昇補正が掛かるものなのでそこまで強いセットではないけれど、あるとないとでは大きな隔たりがある。


「それよりも、これが出ましたわよ」


 リズがそう言って見せてくれたのは影の繭。

 アリスティアお姉ちゃんの治療薬に必要な素材の一つだった。


「リディア、この素材が必要ですのよね?」


 リズはツンデレだ。

 よくこうやって、貴女がどうしてもとお願いするのなら聞いてあげなくもないという。それを知っている私は、リズにどうしてもお願いだと頼もうとする。

 だけどその直前、私の手の中に影の繭が乗せられた。


「貴女にお譲りいたしますわ」

「……いいの?」

「もちろん。貴女がどれほどの思いで素材を集めているか知っていますもの」

「リズ……ありがとう」


 いつもならツンデレらしい行動を取るのに、こういうときは素直に優しくしてくれる。

 リズはやっぱり私の親友だ。


「じゃあ、リズには私がゲットした蒼光鋼石をあげるね」

「あら、いいのですか? 武器の素材はリディアも必要でしょう?」

「大丈夫。どうせ何周もする予定だし」

「……はい?」

「え、最初に言ったよね? 王都幽影を周回するよ! って」

「聞きましたけど……え? 本気だったんですか?」

「もちろん、さぁ、今日は回れるだけ回るよ!」


 余談だけど、一度遺跡の外に出ると、同じパターンを引くまで遺跡を出入りする必要があるけど、遺跡の深部から周回を選ぶと、レアボス三割のパターンが引き継がれる。

 つまり、最初の一度だけリセマラをすれば、後はひたすら周回するだけだ。


 しかも、ゲームでは周回に時間経過で回復するポイントが必要だったけど、現実世界にそんなものはない。気力さえあればいくらでも周回することが出来る。

 今日はぶっ倒れるまで回るよと宣言すると、リズは顔を青ざめさせた。

 

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