エピソード 2ー3

 鑑定の儀でみんなをあっと驚かせるにはどうすればいいか?

 その答えは意外と簡単だ。


 鑑定の儀は『紅雨の幻域』で言うところのステータスの確認だ。ただし、ゲームのように詳細な能力値や、スキルの攻撃力なんかを確認できる訳じゃない。

 確認できるのは、獲得した称号と、獲得間近――灰色表示の称号だけである。


 基本的に、剣士や魔術師といった称号があれば文句なしで合格。その一歩手前である習得間近、灰色表示の状態でも、なにかの称号があれば退学になることはない。


 ただ、その程度では皆を驚かせることは出来ない。

 驚かせるにはもっと上、せめて特級の称号に手を掛けたい。


 たとえば剣姫という称号がある。

 この称号の習得条件は女性であること、一定以上のステータスに達していること、一通りの武器を扱うことが出来ること、一種類以上の武技レベルを上位まで上げることだ。

 すべてを満たせば獲得できて、少し足りない状態だと灰色表示になる。


 ほかにも魔姫、賢姫(けんき)、聖女、姫騎士、剣聖、賢者、聖者、勇者などの特級称号があるが、これらを習得するにはかなりの実戦経験が必要になる。入学して一ヶ月目の鑑定の儀では、たとえ灰色表示であっても称号を獲得できた者はいない。

 だから、私はその偉業を達成するつもりだ。そこして皆に認めてもらって、事件発生までに自然と実地訓練に参加できるようになることを目指す。


 という訳で、当面の目標は一ヶ月後に灰色表示の剣姫を獲得することである。ちなみに、いまの私が剣姫になるのになにが足りないか――は、正直なところ憶測になる。

 ゲームと違って、詳細なステータスを確認することが出来ないから。


 ただ、私は既に一通りの武器は扱うことが出来る。

 だから心配なのは残りの二つ。一種類以上の武技レベルを上位まで上げることと、一定以上のステータス――身体能力に達することだ。


 武技のレベルはたぶん大丈夫だ。

 英雄だったころの技術に加え『紅雨の幻域』でも剣姫としての動きを完全に身に着けている。腕が鈍っている可能性もあるけれど、灰色表示になる程度のレベルはあると思う。


 ただ、ステータスにかんしては自信がない。

 というか、まったく自信がない。


 身体能力は鍛えれば伸びるけれど、それは全体から見れば微々たる量だ。ステータス全般が大きく伸びるのはレベル、次いで装備や各種称号のボーナスである。


 レベルは多くの魔物を倒すことで上がる。そこそこ実戦経験は積んでいるけれど、その大半は護衛の騎士が戦っているので、私自身はあまり魔物を倒していない。


 そもそも、ゲームの通りだと、私は大器晩成型なのだ。

 ……中盤で死ぬキャラなのに。


 というか、一つ言いたい。

 大器晩成型のキャラで、将来は魔姫を確実視されている若き天才――なんて設定があれば、絶対結果を出して活躍するルートがあると思うじゃない?

 なのに、どう足掻いても死ぬ運命だなんてあんまりだよ!


 ――と、ゲームで何回私が叫んだことか。

 閑話休題。

 とにもかくにも、いまの私はレベルが足りていない。


「――という訳で、王都竜窟(おうとりゆうくつ)を周回するわよ!」


 ベルヴェディア戦術学院がある町の片隅にある遺跡のまえで叫ぶ。ここはゲームではインスタンスダンジョンに分類される遺跡の一つ、王都竜窟だ。


 インスタンスダンジョンとは周回が可能なダンジョンで、ボスを撃破したときに時間回復のポイントを消費すると、経験値や素材、装備の強化素材をもらえるコンテンツだ。


 設定としては、地下から回収した魔力素子や鉱石などをクリア報酬として協力者を集め、魔物との戦闘データを収集する古代の施設ということだった。


 ゆえに、インスタンスダンジョン内の魔物は倒しても亡骸が残らない。

 魔物由来の素材は回収できないが、武器の製作や強化に必要な鉱石や、アルケイン・アミュレットの強化に必要なアイテムを回収できるのが大きい。


 その遺跡が現実となったこの世界にも存在している。

 つまり、現実になったこの世界でも遺跡を周回して装備が強化できるという訳だ。だったら、周回するしかないでしょ! というのが私の考えなんだけど――


「なにがという訳なのか、わたくし、なにも聞いていないのだけど?」


 リズが呆れたような視線を向けてくる。

 彼女は胸元を強調したブラウスにジャケット、それに膝上丈のスカートにガーダーで吊ったニーハイという、私と同じ学院の制服姿で腰に手を当てている。

 そんな愛らしい姿をしたリズをまえに、私はこほんと咳払いを一つ。「王都竜窟を周回するわよ!」と言い直した。


「それはさっきも聞きましたわよ。というか、昨日の時点で聞きたかったですわ」

「でも、遺跡のまえに集合って聞いたら分かるでしょ?」


 遺跡の名は王都幽影。古代の訓練所とも研究所とも言われているが、いまは学院の生徒の修行の場となっている。

 王都幽影のまえに集合ねと言えば、訓練をしようねとほぼ同義だ。


「それはまぁ……分かりますけど。……まだ授業も始まっていないのに、ホントに遺跡に入るつもりなんですの?」


 リズが心配するのも分からなくはない。

 ゲームのように周回することが出来るけれど、ゲームのように死んでも平気な訳じゃない。この遺跡でも、年に何人かは犠牲者が生まれている。

 でもそれは、戦い方をまったく知らないような初心者だけだ。


「私達はちゃんと訓練を受けているから大丈夫だよ。それに、鑑定の儀がある一ヶ月後まで、学院では初歩的なことしか教えてくれないでしょ?」


 だから、鑑定の儀までの一ヶ月、学院に通うのは平民が大半だ。貴族出身の生徒は私のように遺跡に潜ったり、自主訓練をすることが多い。


「……たしかに、誰にも止められませんでしたが……」


 貴族令嬢である私達には使用人がついているけれど、いまは誰も同行していない。そういう世界観だからと言うのが大きいけれど、王都竜窟なら問題ないと判断されたのだろう。

 そう説得すると、リズは小さく息を吐いた。


「仕方ありませんわね。リディアがどうしてもとお願いするなら付き合って差し上げてもよろしくてよ?」

「リズ、お願い、私に付き合って」


 リズの手を取って翠玉の瞳を覗き込めば、愛らしい顔が赤く染まった。


「~~~っ。し、仕方ありませんわね。貴女がそこまでお願いするのなら付き合って差し上げますわよ!」


 チョロいなぁと思っても口には出さない。

 それに、リズは死んだ私やセレネのために、すべてをなげうって魔王を倒す存在だ。チョロい訳ではなく、ただただ友情に厚い女の子だって知っている。

 だから――


「ありがとう、リズ、大好き!」


 私はリズをぎゅーっと抱きしめた。


「ちょ、なんですのなんですのなんですの!? ええい、は、恥ずかしいから放しなさい!」

「えへへ、ぎゅ~」

「あっ、こら、何処触って。――っ、いいかげんになさいませ!」

「あいたっ!?」


 げんこつを落とされた。

 私はうめき声を上げてリズを解放する。


「うぅ……リズが本気で叩いた」

「自業自得ですわ」


 警戒しているのか、リズは腕を組んでそっぽを向いた。

 そんなリズから視線を外して周囲身を見回す。


「……そういえばセレネはまだかな?」

「セレネなら、今日は魔塔で術の研究会があるそうですよ」

「あぁ~、セレネらしいなぁ」


 研究大好きっ子だからなぁ。

 自主訓練で研究をする。それ自体は悪いことじゃないのだけど、セレネはそれが行き過ぎて禁忌に触れてしまうのであまりよい傾向じゃない。

 早めに連れ出して、外に目を向けさせた方がよさそうだ。


「まあでも、今日はリズとデートかな」

「はいはい。そんなことを言って、早く遺跡に入りたいだけですわよね?」

「え~? 酷いなぁ、リズとデートをしたいのは本当なのに」

「し、信じませんわよ?」


 既に信じそうな人のセリフじゃないと思う。

 なんて口には出さず「それじゃ早く入ろう!」とリズの手を掴んだ。


「……はいはい。そんなに引っ張らなくても付き合ってあげますわよ」

「ありがとう。それじゃ――行くよ!」


 遺跡のまえにある石版に触れれば、ダンジョンの内部へと転送される。淡い光を放つ人工的な通路、その構造をさっと目にした私はクルリと振り返る。


「じゃあ出るよ」


 ――そのまま退場した。


「……リディア、さっきの意気込みは何処へ? まさか怖じ気づいたんですか?」


 私の指示に従って撤退した後、リズがジト目を向けてくる。

 そんなリズに向かって、私は胸を張って言い放つ。


「これは、リセマラだよ!」

「リセマラ? もしかして、お祈りのことですか?」


 リズの言葉に私は小首を傾げた。


「知りませんの? ここは入り直すたびに構造が変わりますでしょ? ですから、当たりのパターンがあるのではと言われているんです。それを信じる冒険者が、当たりが出るように祈って、何度かダンジョンに入り直す行動のことですわ」

「あぁ……なるほど。その言葉は初めて聞いたけど大体あってるよ」


 違うのは、当たりがあると言われているのではなく、本当に当たりがあることだ。そして、ゲームをやりこんでいた私は、その当たりパターンをいくつか覚えている。


「それじゃリセマラ開始、だよ」


 そう言って二人で遺跡に出入りすること十分くらい。

 ようやく目指していたパターンにあたった。


「……ようやく満足しましたの?」

「うん。このパターンは三割の確率でレアボスが出るはずだよ」

「はいはい、出たらいいですわね」


 レアボスというのは通常より強い個体のこと。それだけだとただの罰ゲームだけど、クリア後の報酬に特殊な素材が出るという大きなメリットがある。

 ま、リズには全然信用されてないみたいだけどね。

 というか、なんか子供が夢を見てるな~みたいな目で見られている。


 実際、この世界のインスタンスダンジョンの仕様がゲームと同じかどうかは分からない。もしかしたら違う可能性もあるけれど、それはすぐに分かるだろう。


 それをたしかめるべく、私達は遺跡の奥へと向かう。

 最初は三体のオオカミ型の魔物が待ち構えている部屋だ。

 その部屋の手前でリズが私の袖を掴んだ。


「リディア、わたくしが二体を引き受けますわ」

「わぁ、頼もしい。さすが姫騎士を目指しているだけあるね」


 パチパチと拍手すると「茶化さないでくださいませ」と怒られた。


「いくらアルケイン・アミュレットを装備しているとはいえ、敵が襲い来る恐怖の中でいつも通りに行動するのは至難の業です。油断は禁物ですわよ」


 私はコテリと首を傾げ、ぽんと手を打った。


「そういえば、私が実戦を経験済みなこと、話してなかったね」


 あえて言う必要がなかったというのもあるけれど、アストラル領域を占有されている関係でなにかと心配されていたので、その関連の話題に触れないようにしていたんだった。

 それを思い出して説明すると、リズは翡翠のような瞳を瞬いた。


「……既に実戦を経験? それは、本当のことなんですの?」

「説明するより観た方が早いよね。ここは私が戦うよ」

「それはさすがに……って、リディア!?」


 リズの制止を振り切って小部屋に侵入すると、私に反応したオオカミ型の魔物――ガルムが三体一斉に向かってくる。


「危ないですわよ!」


 駆け寄り、私の隣に並び立つ。

 リズはやっぱり優しくて頼りになるなぁと微笑みながら、腰から細身の剣を引き抜く。その切っ先をガルムの一体に向かって突きつけた。


「グロウシャフト。敵を――穿て」


 いまの私にも使える初級魔術、光の矢が先頭を走っていたガルムを貫いた。ガルムはキャインと悲鳴を上げて転倒する。

 続けてもう一撃を後列のガルムに放つ。

 これは回避されるけれど、いまの一撃でガルムの連携が崩れた。


 私は細身の剣を下段に構えて一歩まえに。飛びかかってきたガルムの攻撃を身を捻って躱しながら、無造作に細身の剣を振るった。

 胴を切り裂かれたガルムがそのまま倒れ伏す。


 残りは一体。さきほどの魔術を回避した個体が警戒を始めるけれど、ガルムが怖いのは連携があるからだ。一対一になってしまえば恐れることはない。

 なんの問題もなく、残りのガルムを斬り伏せた。

 

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