エピソード 2ー2

「リディアちゃん、それにセレネちゃんも、久しぶりね」


 柔らかい女性の声に気付いて振り返ると、長いダークブロンドの髪が目に入った。学生服を身に纏うリズの姉、カタリーナ第二王女だった。


「カタリーナ殿下――いえ、先輩とお呼びするべきでしょうか?」

「ええ、そうね。学院の中ではそう呼んでちょうだい。それから座ってもいいかしら」


 彼女は返事を待って空いている席に座る。


「リディアちゃん。セオ兄さんがごめんなさいね」

「いえ、家族のためにアンビヴァレント・ステイシスを使ったのは事実ですから、なにを言われても気にしません。ただ、少しびっくりはしましたけど」


 さきほどの生徒のように、私が貴族の義務を放棄したと怒るのが普通だ。王族であり、学院の生徒会長でもある彼があんなことを言う方が想定外だった。


「そのうちどこかで聞くことになると思うけれど、セオ兄さんの友人が亡くなったの」


 痛ましげな声で告げられた。

 ゲームでは語られなかった事実を知って私は目を見張った。


「友人が亡くなった、ですか?」

「ええ。いまから半年ほどまえの出来事だったわ。課外事業の一環として、上級生が魔物の被害を受けた町の復興支援に向かったことがあったの」


 そんな風に切り出し、カタリーナ先輩が半年前の事件について語ってくれた。それによると、魔物の被害を受けた町へ向かう途中、立ち寄った別の町で支援要請を受けたそうだ。

 内容は、町の近くで魔物の群れが確認されたので、助けて欲しいというもの。


 放置すれば、その町が襲撃を受けるかもしれない。そう判断したセオドール生徒会長はすぐに追加の救援を要請した。

 だが、救援の部隊が到着するまでに数日は掛かる。そのあいだに魔物の襲撃があったら大きな被害が出てしまうため、部隊が到着するまでは町の警護にあたることにしたそうだ。


「当初向かうはずだった町は復興支援だったし、より危険なのは新たに救援の要請が出た町の方だった。セオ兄さんの判断は間違っていなかった。だけど――」


 一行の中にその選択に異を唱える者がいた。

 セオドール生徒会長の友人であり、部隊の副隊長を務める生徒である。


 副隊長は、復興支援を待つ町は魔物に襲撃をされた直後で怪我人もいるため、すぐに救援に向かわなければ救えるはずの命が失われると主張。

 対して、この町にも自警団はいるし、実際に襲撃されるかも分からない。当初の予定に従って、復興支援に向かうべきだと進言したそうだ。


「それで……セオドール生徒会長はどうしたんですか?」

「セオ兄さんは、部隊を二つに割くことにしたの」


 その言葉にピクリと反応してしまう。セオドール生徒会長の、なにが一番大切なのか考えろという言葉が思い浮かんだからだ。


「部隊は不測の事態に備えて十分な人数を揃えているはずです。なら、部隊を二つに分けるのは悪くない手だと思うのですが……」

「そうね。私もそう思ったわ。でもね。不測の事態が起きるのは一度とは限らないの」


 危惧していたとおり、町には襲撃があったそうだ。ただ、そちらは想定の範囲内で、苦戦はしても、救援が来るまで被害を出すことなく乗り切ることが出来たらしい。

 だけど――


「先行した部隊は夜通しの強行軍をおこなって夜襲を受けたそうよ」

「夜通しの強行軍、ですか?」


 この世界、街道を歩いていても魔物と遭遇することは珍しくない。特に魔物の活動が活発化する夜間に移動するのは自殺行為だ。

 なのに、なぜそのような無謀なことを――と、私の疑問に先輩が答える。


「副隊長の出身地だったそうだ。復興支援に向かうはずだった町が」


 あぁ――と、理解する。


「友人や家族が亡くなるかもしれないと思ったんですね」

「おそらくはね。そんな焦燥感から部隊を二つに分けることを進言して、さらには夜間に強行するという愚を犯して部隊を危険にさらした」

「……犠牲者が、出たのですか?」

「死傷者は一名、その副隊長が命を賭して仲間を逃がしたそうよ」

「そう、ですか……」


 悪い人でなければ、無能でもなかったのだろう。

 ただ、その副隊長はどちらも諦められなかっただけだ。


 襲撃の危機にある町を救うことを諦めず、自分の友人や家族を護ることも諦めなかった。そうして無茶をした結果、自分が命を失うことになった。


「セオドール生徒会長は私のことを心配してくださっているんですね」

「……ええ。本音を言うと、私もリディアちゃんのことが心配よ。いくら貴女が天才だと言っても限界はあるはずだもの」


 それは純粋に私を気遣う言葉だった。

 セオドール生徒会長はもちろん、カタリーナ先輩も優しい人だ。


 だけど、だからこそ、セオドール生徒会長を死なせる訳にはいかない。悲劇の連鎖を生み出す切っ掛けであり、カタリーナ先輩の心を深く傷付けることになるからだ。


 セオドール生徒会長もまた、『紅雨の幻域』における感動と涙の物語の引き立て役だ。

 そんな悲しい物語は私が認めない。

 だから――


「お気遣いには感謝します。でも、私は何一つ諦めるつもりはありません」


 お姉ちゃんは死なせないし、私が死ぬつもりもない。セオドール生徒会長だって死なせないし、セレネだって死なせない。リズにもソフィアにもアレンにも、カタリーナ先輩にも、悲しい思いなんて絶対にさせない。

 そんな決意を胸に、カタリーナ先輩をまっすぐに見つめる。


「……分かったわ。そこまで言うのなら、私はもうなにも言わない。ただ、気を付けなさい。セオ兄さんは恐らく、手段を選ばずに貴女を止めようとするでしょうから」

「それは、私を落第させようとする、ということでしょうか?」

「さぁ、どうかしら?」


 カタリーナ先輩は微笑んで小首を傾げるも、否定はしなかった。

 でも、それくらいなら望むところだ。彼を納得させるくらい出来なければ、魔族の襲来に立ち向かい、みんなを護るなんて出来るはずがない。

 だから、まずは一ヶ月後の鑑定の儀で、みんなをあっと驚かせよう。

 

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