エピソード 1ー6
私達は町の復興を手伝った。
私としても、自分が助けた人達を見捨てるのは寝覚めが悪いので協力を惜しまない。
――そう。町には多くの生存者が残っていた。ゲームでは、町の生存者はアレン一人だけだったけれど、現実では多くの人を救うことが出来た。ソフィアの父親を守れなかったけれど、運命を変えられない訳じゃないらしい。
それだけが私にとっては救いだった。
とにもかくにも復興の支援を行う。
そして三日が過ぎ、領主の兵士達が復興の支援に現れた。
私達はその兵士達に仕事を引き継いでこの町を発つことにする。
「リディアお嬢様、ウィスタリア侯爵領へ引き返しましょう」
町を発つ段階になって、ウィルフッドがそう言った。
想定外の襲撃を受けた。騎士団に被害はないけれど、装備の状態は悪くなっている。そう考えれば、彼の進言は至極まっとうなものだ。
だけど――
「ごめんなさい。それは出来ないわ」
「なぜでしょう?」
「あの兵士の遺言と形見を届けなくちゃいけないから」
「ならば、部下に届けさせましょう」
ウィルフッドの妥協案に、静かに首を横に振って答える。それは、これが勇者と聖女を繋ぐ重要なイベントだから――というだけじゃない。
私の直感が、そうしなければいけないと訴えていた。
「道理の通らないことを言っている自覚はあるわ。でもごめんなさい。これだけは譲れないの。だからどうか、私の指示に従ってちょうだい」
ウィルフッドは沈黙する。
彼が仕えるのは当主であって私じゃない。彼が父から受けた命令は恐らく、私に同行してその身を護ることだろう。平時なら私に従ってくれるはずだけど、騎士団長である彼が危険だと判断すれば、無理にでも私を連れ帰るだろう。
そうなったら手詰まりだ。だから、どうかもう少しだけと、願いを込めて見つめていると、彼はほどなくして息を吐いた。
「……理由が、あるのですね?」
「あるわ。でも、説得できるだけの材料はないわね」
「分かりました。いまはまだお嬢様に従います」
「ありがとう」
こうして視察の旅は続行となり、ソフィアの故郷へと向かうことになった。
もちろん、アレンも同行している。
最終的には保護する予定だけど、いまはロイドを看取った一人だからという名目だ。最初は塞ぎ込んでいたアレンだけど、馬車に揺られていると不意に決意した顔つきになった。
「ねえ、お姉ちゃん」
「なにかしら?」
コテリと首を傾げる。ちなみに、同席している侍女がお嬢様になんて口の利き方をといった感じで咎めたけれど、私はかまわないと控えさせる。
だけど、アレンはそのやり取りに気付いたようで狼狽した。
「えっと……ボクもお嬢様って呼んだ方がいい、ですか?」
「子供がそんなこと気にしなくていいわよ」
「ほんと? じゃあ、リディアお姉ちゃんで」
私をお姉ちゃんと呼ぶ姿が可愛すぎる。
さすが推しの一人。端的に言って天使だった。
そういえば、幼少期のアレンやソフィアの姿が可愛すぎると、ゲームでも話題になってたわね。ゲームより、現実のアレンの方がもっと可愛いけど。
そんなことを考えながら、私は「それで、なんの話?」と続きを促した。
「あの兵士のおじさんのこと。何処の誰か分かったの?」
「ええ。持ち物に認識票があったからね」
「そう、なんだ……」
アレンはそう言って沈黙してしまった。
だけど、なにかを言いたげに、チラチラと視線を向けてくる。
「アレン、なにか聞きたいことがあるのなら言いなさい」
「あ、その……リディアお姉ちゃんに言われたことを考えていたんだ。兵士のおじさんは、使命を果たしただけだって、そう言ったでしょ?」
「……ええ。魔物と戦い、命がけで民を護ることが兵士の仕事だもの。彼が亡くなったことは残念だけど、貴方に責任のある話じゃないわ」
少しでもアレンの心が軽くなるように、出来るだけ優しく語りかける。
「……ボク、難しいことは分からない。でも、兵士のおじさんはボクを護ってくれた。だから、ボクはその恩に報いたいんだ」
「……そう」
やっぱり、現実の世界でもアレンはアレンなのね。兵士に救われたから、自分も人を救う兵士になりたい。回想シーンでそう言ったときの彼と同じ顔をしている。
「ねえ、お姉ちゃん。ボクはどうしたらいいかな?」
「……それは、貴方が自分で決めることよ」
アレンは勇者になる。
なってくれなきゃ困るけど、私が強制することじゃない。そう思って突き放したことを言うと、顔を背けたアレンの横顔が少し寂しげに頷いた。
もしかしたら、背中を押して欲しかったのかな?
そんな風に考えていると、アレンは再び私を見た。
「あのね、お姉ちゃん。あのときは意識が朦朧としててよく覚えてないんだけど、あの大きな魔物と戦ってたの、お姉ちゃんだよね?」
「オーガと戦っていたのならたぶん私ね」
「やっぱり! あのときのお姉ちゃん、すごくかっこよかった!」
目をキラキラとさせるアレンが可愛すぎる。ちなみに成長した姿はすごく格好いいけど、いまの姿は女の子と言っても通るくらいだ。
私は「ありがとう」と笑みを零した。
「ねぇ、どうやったらお姉ちゃんみたいに強くなれる? ボクもいつか、おじさんの分までみんなを護れるようになりたいんだ!」
「うぅん……そうね。まずは地道な訓練から、かしら。もし貴方にその気があるのなら、私が少し稽古を付けてあげてもいいわよ」
「ホント!?」
「ええ。辛く厳しい訓練に堪える自信があるなら、ね」
少し脅すけれど、アレンは少しも迷わなかった。
「ボク、がんばるよ! だからお姉ちゃん、お願い!」
「……いいわ。なら、屋敷に戻ったら稽古を付けてあげるわ」
原作のアレンは、訓練校に入学するまでちゃんとした環境で学ぶことが出来なかった。幼少期からちゃんと学べば、原作よりも強い勇者に育ってくれるだろう。
それが少しだけ楽しみだと微笑んで、馬車の窓の外に広がる青空を見上げた。
アレンの問題はひとまず片付いたけど、私にはもう一つ心配事がある。
それは、物語の強制力の有無についてだ。
今回の計画に不備があったとは思えない。
少なくとも不足の事態に対応できるだけの余裕は確保してあった。なのに、不測の事態が重なり、あっという間に余裕は食い潰された。
まるで、ゲームのストーリーを現実で再現しようとしているかのようだ。
物語の強制力があると決めつける訳じゃない。でも、なんらかの影響を受けていると考えるべきだ。少なくともそう考えて行動しなければ危険だ。
だから一年後を待たず、理由を付けてソフィア達を引き取ることにした。そうしなければ、なにか不測の事態が起きるかもしれないと思ったから。
自分で遺言を伝えると言い張ったのもそれが理由だ。そのままの流れで理由を付けて、ソフィアとその母親を保護しようと思っている。
そして私は――その予感が正しかったことを知ることになる。
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