エピソード 1ー5
まずは無造作に距離を詰め、オーガに一撃を加える。
ガキンッと、およそ肉体を斬りつけたとは思えない鈍い音が響いた。私の一撃は、オーガの腹にわずかな傷を付けただけだった。
明らかに攻撃力が足りていない。けど、それならそれで戦い方がある。
それをいまから見せてあげるわ!
オーガの攻撃を掻い潜りながらグロウシャフトを放つ。オーガは少し仰け反るけれど、すぐに体勢を立て直して反撃をしてきた。
上段からの振り下ろし。ゲームでも見た攻撃パターンの一つだ。私は飛び退ってギリギリで回避。地面に叩きつけられた剣を踏み台にしてオーガの顔面へと迫る。
オーガが慌てて剣を引き戻そうとするけれど、遅い。自分の身長の倍近くあるオーガの顔面へと肉薄し、右手に持った短剣を振るった。
目を狙うが、ギリギリでまぶたを閉じられる。
痛みからか、オーガが雄叫びを上げた。
直後、ゾクリと悪寒が走った。その理由を考えるより早く、オーガの顔面を蹴って後方へと飛び下がる。そのまま空中でトンボを切ると、目前をオーガの拳が通り過ぎた。
羽虫を叩き落とそうとするかのように、オーガが自分の顔を叩いたのだ。
それを紙一重で回避、全身をバネのようにしならせて地面に着地する。その反動を利用して側面へと転がると、直前までいた場所をオーガの剣が撃ち抜いた。
しのぎきった。
そう思った瞬間、オーガは地面を叩いた反動で浮いた剣を横薙ぎに振るった。
起き上がったばかりの私に巨大な剣が迫る。
今度は背面跳びの要領で回避しようとするけれど勢いが足りない。とっさに迫り来る剣に短剣をぶつけ、その反動で回避に足りない勢いを補った。
ぐるんと回る身体、そのすぐ下を巨大な剣が通り過ぎた。
まともに食らえば一撃で戦闘不能になっていただろう。
死と隣り合わせの戦場の空気。
それを一身に感じながら一歩まえへ。オーガの腹に目掛けて突きを放つ。短剣の刃がわずかに刺さるが、その皮膚を貫くには至らない。
オーガが怒りの雄叫びを上げて剣を振るう。
私は後ろに転がって回避。
続けての追撃は横に転がって回避。牽制の意味を込めてグロウシャフトを放つ。その一撃がオーガを仰け反らせるけれど、やはりダメージを与えるには至らない。
身も蓋もないことをいえば、アルケイン・アミュレットの強化とレベルが足りていない。
決定力に欠けるけれど、持久戦に持ち込む訳にもいかない。
残念だけど、いまの私じゃ勝てそうにない。
――一対一なら、だけどね。
敵の反撃を回避しながら冷静に状況を分析して仲間の位置に意識を向ける。すぐ側でウィルフッドがもう一体のオーガを相手に戦っていた。
彼らの位置を意識しつつ、紙一重でオーガと切り結ぶ。そしてタイミングを見て飛び出し、オーガの足下をくぐり抜けた。
「――紅雨一閃っ!」
ゲームの時代に私が好んで使っていた戦技。
振り向きざまに短剣を横一文字に振るえば、不可視の刃がオーガのアキレス腱に傷を付けた。その傷みに耐えかねてオーガは膝を突く。
「――ウィルフッド!」
叫ぶと同時、私はオーガに牽制のグロウシャフトを放つ。ただしその対象は、私が戦っていた個体ではなく、ウィルフッドの戦っている個体だ。
次の瞬間、私の意図に気付いたウィルフッドがこちらに反転すると、私の一撃を受けて四つん這いになっているオーガの首を叩き落とした。
「リディアお嬢様、無茶をしないでください!」
「私に無茶をさせたくなければ、さっさと敵を倒しなさい!」
グロウシャフトを放って残っているオーガの足止めをする。
「これは手厳しい。だが、どうりですな!」
ウィルフッドが笑い声を上げた。少しは信用されているのか、ウィルフッドは私の言に従い、サポートを受けた状態で残ったオーガを相手取った。
そこからは、瞬く間に残りのオーガを撃破。それを切っ掛けに、ほかの魔物達が撤退を始める。騎士達はその機会を逃がさず殲滅を開始した。
趨勢が決したのを確認し、アレンの元へと駆け寄る。
彼は意識を失っていたけれど、治癒魔術師によると命に別状はないらしい。私は安堵の息を吐いて、続けてソフィアの父親の元へと駆け寄る。
だけど、私に気付いた治癒魔術師は悲痛な顔で首を横に振った。
私はぎゅっと拳を握りしめてソフィアの父へと視線を戻す。魔物の放った槍が付けた傷は明らかに致命傷だった。治癒魔術で治せる限界を超えている。
私は拳を握りしめてソフィアの父、ロイドに声を掛ける。
「……あの坊主は、どう、なった?」
「無事よ、貴方のおかげでね」
「そうか、よかった……それで、嬢ちゃん、は……?」
「私はリディア。ウィスタリア侯爵家の娘よ。騎士団を率いてきたから、この町はもう大丈夫。よく最後まで戦い抜いたわね」
「あぁ……騎士団の。そうか、一つ、頼みがある。これを……娘に」
差し出されたのは新品のアルケイン・アミュレットだった。
「いつか、渡そうと思っていたもの、だ。それ、から……妻と娘に、愛している、約束を守れなくて、すまない、と……」
「――っ。ダメよ! そういうことは自分で伝えなさい!」
「はは、嬢ちゃんは手厳しい、な……」
それがロイドの最期の言葉になった。
「どうしてよ!」
拳を地面へと叩きつける。
こんな結末にだけはならないように、最大限の注意を払ったはずだ。なのに、私はその最悪の結末を引き当ててしまった。
「どう、なったの?」
聞き覚えのある声に顔を上げると、目前にアレンの姿があった。彼の視線が血だまりに沈む兵士に向いていることに気付いて唇を噛む。
「……ボクの、せいなの?」
「それは……」
それは、アレンがずっと抱えていく心の傷だ。彼はその傷と向き合いながら成長し、やがて仲間達とともに魔王を倒すことになる。
彼が成長するのは、この傷があったからだと言えるかもしれない。
それでも――
「貴方のせいじゃないわ」
「でも、おじさんはボクを助けようとして……っ」
「彼が貴方を助けようとして亡くなったのは事実よ。だけど、それは町の住人を護るのが彼の使命だったから。貴方に責任がある訳じゃない」
アレンが傷付かないように、問題の矛先をずらそうとする。
でも、それは口先だけの言葉じゃない。
『え? どうして見ず知らずに奴のために戦うのかって? 俺を救ってくれた人がそうだったからな。だから俺も誰かのために命を懸けるんだ。あの人の分まで、な』
成長したアレンが紡ぐセリフの一つだ。
ロイドはアレンという個人を助けて死んだんじゃない。多くの人を救うという役目を最後までまっとうした。それを、アレンはいまから時間を掛けて知っていく。
それに――
「貴方はあの兵士を助けようとしたでしょ?」
「でも、ボクはなにも出来なかった……」
「うぅん、そんなことない。貴方が時間を稼いだから彼は遺言を残すことが出来たのよ」
ゲームのロイドは、遺言すら残さずに死んでしまった。
それは、私だけが知っている事実。
「……遺言?」
どんな遺言なのと詰め寄ってくる。
伝えるべきか、伝えないべきかと考える。知らないままでいられるなら、伝えない方がいい。でも、彼はいずれ知ることになるだろう。
なら、知るのは早いほうがいい。
「……妻と娘に伝言を頼まれたわ」
「その伝言、お姉ちゃんが伝えるの?」
「ええ、私が頼まれたもの」
「なら、ボクも行く!」
予想外の申し出だけど……そうね。ここに置いておく訳にはいかないわ。どうせ保護するつもりだったのだし、連れて行ってあげる方がいいでしょう。
そう思ったから、私はこくりと頷いた。
「私はリディア。貴方は?」
「ボクはアレン」
「分かったわ。じゃあ……アレン。私についてきなさい」
悲しみのない未来へたどり着くために――と、声には出さずに呟いた。
こうして、私は未来の勇者と行動をともにすることになる。
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