エピソード 1ー4

「……まさか、ストーリーの強制力とでも言うつもり?」


 視線の先には、魔物の襲撃を受けて炎上する町並みが広がっていた。どうしてこんなことになってしまったのか、その理由は数日前にまで遡る。


 切っ掛けはそう、些細な人助けだった。

 領主が管理する地域でも、街道を少し離れると魔物が生息している。この世界、盗賊などの脅威は少ないけれど、魔物の襲撃は珍しくない。


 そんな訳で、立ち寄った町で救援要請を受けた。

 先日、魔物の襲撃があった。魔物はなんとか撃退したけれど、町を護る壁の一部が崩れ、自警団からも負傷者が出たので、治癒魔術師の力を借りたい、という要請だ。


 私はその要請に応じた。

 魔物による被害を受けた領地の視察をするという名目で各地を回っていたし、スケジュールには十分な余裕を取っていたからだ。

 なにより、推しキャラ以外の人々も出来るだけ救いたいという思いがあった。

 だけど、結果的に言えば、その判断は完全に間違いだった。


 ……うぅん、違うよね。

 人助けが間違いだったとは思いたくない。

 だけどその判断がスケジュールに大きな狂いを生じさせたのは事実だ。川を渡る手前で大雨に見舞われ、増水で橋を渡ることが出来なくなってしまったのだ。そうして猶予はあっという間に食い潰され、目的の町に到着したとき、そこは戦場となっていた。


 ……一体、何処で間違ったの?

 他領の町に持続的に騎士を駐屯させるなんて不可能だ。なら、道中の町の救援要請を無視するべきだった? でもあの時点では十分な猶予があった。

 それに、町の人達を護るために、ほかの町の人達を見捨てるのは本末転倒だ。なにより、そんな不測の事態まで考慮していたら、私はこの先なにも出来なくなる。

 何処で間違ったのか、なにが正解だったのか、考えても分からない。まるで世界が原作のストーリー通りに運命を強制しようとしているかのようだ。


「リディアお嬢様、ご命令を」


 指示を仰ぐウィルフッドの声を聞いて我に返る。

 そうだ。まだ終わった訳じゃない。視界に映るのは、襲撃を受けている町。防衛ラインは突破されているけれど、戦闘はまだそこかしこで続いている。

 いまからでも救える命があるはずだ。

 私は騎士から馬を借りてその背に飛び乗った。


「小隊を四つの分隊に分けるわ。二番、三番はそれぞれ侵入してきた敵の排除をなさい。四番は怪我人の救助を。そして一番は私に続きなさい!」


 返事も聞かず馬を走らせる。

 目的地は町の東にある防壁だ。原作のアレンはその壁を乗り越えて町から脱出する。そして、それを手伝ったソフィアの父が、魔物を足止めして命を散らすことになる。

 せめて、あの悲劇だけは回避する!


「リディアお嬢様、無茶をしないでください!」


 魔物が跋扈している町中を駆け抜ける。後を追いかけてくる騎士達が静止の声を投げかけてくるけれど、私はかまわず馬を走らせた。


 見えてくる東側の防壁。遠目に、兵士が支えるハシゴを使って壁を上ろうとする少年の姿が見えた。未来の勇者アレンと、ソフィアの父ロイドである。


 アレンとロイドがなにかを話している。この距離で聞こえるはずもないけれど、ゲームの回想を見た私はそのやり取りを知っている。


「おじさんも一緒に逃げよう!」

「ダメだ、ほかの者達を置いて兵士の俺が逃げる訳にはいかない!」

「だったら俺も残る!」

「バカを言うな! 俺の役目は民を守ることだ。なのに、俺を誰も守れなかった無能にさせるつもりか! いいからさっさと逃げろ!」


 そんなやり取りを経て、アレンは悲痛な思いで一人逃げ延びる。

 その回想と同じように、アレンがハシゴを登り始めた。そして壁に上り着ると同時、ロイドの背後に魔物の集団が現れた。

 それを見たロイドは、魔物が後を追えないようにハシゴを破壊する。

 ここまではゲームと同じ展開。

 その先の悲劇を変えようと、私は馬の速度を上げた。


 魔物とロイドの戦闘が始まった。

 ロイドが一体目のオークを斬り伏せる。思っていたよりも強い。これならなんとかなるかもしれない。そう思った直後、別のオークの槍がロイドの身体を貫いた。アルケイン・アミュレットのシールドが残っていなかったようだ。

 それでもロイドは剣を振るい、二体目の魔物を斬り伏せる。


 だけど、さすがに限界だったのか、ロイドは力尽きたかのように膝からくずおれた。弱った獲物に群がるように、魔物達が包囲網を狭めていく。

 魔術での援護をしたいけれどまだ射程外だ。

 そして次の瞬間、


「やめろおおおおおぉぉぉっ!」


 防壁の上へと逃れていたアレンが飛び降りた。奇襲に驚いた魔物達が一歩後ずさる。その一瞬のすきに、アレンは魔物が落とした槍を拾って振り回す。


 だけど、オーガが冷静に距離を詰め、横薙ぎに剣を振るった。アレンはとっさに槍で防ぐけれど、その勢いを殺しきれずに吹き飛ばされてしまった。

 アレンとロイドは立ち上がれない。魔物は容赦なく包囲網を狭めていく。原作の回想シーンと違う、原作よりも酷い現実が目の前に広がっている。


 どうしてアレンは戻ってきたの?

 私達に気付いて、時間を稼ごうとした?


 分からない。けど、彼の介入でわずかな猶予が出来た。

 その刹那の時間を無駄にする訳にはいかない。


「グロウシャフト、敵を――穿て!」


 いまの私にも扱える初級魔術を発動。放たれた魔力の矢が、アレンを襲おうとしていた先頭の魔物を貫いた。それに驚いた魔物達が飛び退った。

 そして接敵する瞬間、迷わず馬から飛び下りた。


「――やああぁぁっ!」


 飛び降りた勢いをそのままに、腰から引き抜いた短剣をオークの胸に突き立てる。続けてオークの身体を蹴って、短剣を引き抜きながらとんぼを切って地面に降り立った。

 雨のように降り注ぐ血飛沫を回避して、アレンを倒したオーガへと短剣を突きつける。


「治癒魔術師は彼らの治療を。ほかの者は魔物を殲滅なさい!」


 私の号令を受け、騎士達が魔物に襲い掛かる。

 それを横目に、オーガの隙をうかがう。

 二メートルを超える背丈。この体格差で相手の攻撃を受けたらひとたまりもないだろう。なにより、いまは一刻を争う状況だ。

 なのに、口の端がつり上がるのを自覚した。


 『紅雨の幻域』の真骨頂、完全没入型VRによるフルダイブシステムは本当にリアルだったけれど、それでも目前に広がる本物の戦場には及ばない。


「―― 懐かしいわね・・・・・・


 かつての私が愛した戦場の空気がそこにあった。

 私が『紅雨の幻域』で剣を極めることが出来たのはゲームが上手かったからじゃない。本物の戦場で戦った前世の記憶があったからだ。


 そう、私の転生はこれが初めてじゃない。

 日本の女の子に転生するまえ、私はルナリアと呼ばれていた。

 魔将を討ち取った英雄として、ウィスタリア侯爵の地位を賜った戦姫。つまり私は、別世界での人生を経由して、妹の子孫に生まれ変わったということになる。


 ただ、前世で『紅雨の幻域』をプレイしていたときは確信がなかった。ウィスタリア侯爵家の過去については掘り下げられていなかったから。


 もっとも、共通点が多いから親しみは感じていた。

 私が『紅雨の幻域』の感動と涙の物語を否定したのはそれが大きい。そして、妹の子孫達に起きるリアルな悲劇だと知ったことで、その想いはずっと強くなった。

 この人生を懸けて、私は感動と涙の物語を否定する。


「行くわよ!」

 

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