エピソード 1ー3
ある日、幼なじみ達がやってきた。
一人目は第三王女のエリザベス・ルーティナ。
『紅雨の幻域』では珍しく死亡しない存在だ。けれど、死亡した幼なじみ達の想いを背負い、魔王と戦うという重い役割を担うことになる。
序盤はキツい性格だったのに、後半は死んだ幼なじみ達のために戦うという壮大なデレを披露して、プレイヤーから大きな支持を得た。
続いてはセレネ・フォンリッター。
辺境伯の娘で、魔塔に入って錬金術を極める未来の賢者。私の死後はその意志を引き継ぎ、私の仇を討つために禁忌に触れて魔将と刺し違える。
彼女の死に号泣したプレイヤーは数知れない。
私の愛する推し達が目の前に! と、私は興奮していた。でも、リディアにとっては旧知の仲だ。あまり変な反応をする訳にはいかないと平常心を装う。
「リズ、セレネ、久しぶり」
中庭にあるお茶会の席。二人の姿を見つけるなり、私は駆け寄って二人に抱きついた。
予想外の出来事に二人は目を白黒させている。
……いや、ごめん。完全没入型VRとはいえ、NPCには抱きつけない仕様だったんだ。だから、目の前にいるとなるともわず、ね。
「ごめん、久しぶりだから嬉しくなっちゃって」
「……こほんっ。まあ、その……いいですけど」
「たしかに、久しぶりよね」
素っ気ないセリフを言いつつも、照れているのを隠せていないのがリズで、久しぶりねと素直に好意を見せてくれたのはセレネだ。
「それよりもリディア! アンビヴァレント・ステイシスを使ったというのは本当なのですか? どうしてそんなことを!?」
思い出したかのように、リズがプラチナブロンドを振り乱して詰め寄ってくる。
でも無理はない。アンビヴァレント・ステイシスの行使は魔術師として致命的な問題を抱えることになる。それは貴族の義務、戦うことを放棄する悪徳とされているから。
「リズ、落ち着いて。事情を聞くって決めたでしょ? それに、リディアがアルケイン・アミュレットを使うような相手、一人しかいないじゃない」
リズの背後から、ストロベリーブロンドのロングボブの少女、セレネが現れた。そのセレネに諭されて冷静になったのか、リズは少しだけ態度を軟化させる。
「……そう、ですわね。一体なにがあったのですか?」
「実は――」
お姉ちゃんが病に罹り、死にゆく運命だったことを告げる。
「病気だとは聞いていたけど、まさかそんなことになっているなんてね。いやそれより、死にゆく定めだと言ったわよね。まさか、延命を一生続けるつもり?」
セレネの碧眼が私をまっすぐに射貫く。
これに対して、ゲームの私は病の治療法を探すと答えた。
結果、セレネが彼女は魔塔で治療法を探してくれるのだけど、その過程で禁忌の一端に触れることになる。そして、それが彼女の死へと繋がっていく。
だから、ここでその原因を取り除く。
「ここだけの話だけど、ある古文書でお姉ちゃんと同じ症状の人を見つけたの。お姉ちゃんが患っている病は災禍の息吹。素材が貴重だけど、治療薬の作り方も分かっているわ」
「災禍の息吹? ひどく物騒な名前ですが、どのような病気ですの?」
リズが首を傾げる。
「高濃度の魔力に曝され続けることで発症する病よ」
外的要因と内的要因の二つのパターンがあるけど、お姉ちゃんは後者。つまり、体内に宿す魔力量が多すぎて発症しているのだ。
ゆえに、死亡時にはその魔力が暴走して周囲に被害を撒き散らす。
なんて、さすがにそこまでは話さない。ひとまず様々な症状から間違いないことを伝え、それに必要な治療薬の作り方を話す。
「治療薬の作り方が分かったのはよいことですが……素材が多いですね。それに、聞いたこともない素材も多くありますわ」
リズが呟き、セレネもそれに頷く。
まあ二人が知らないのは織り込み済みだ。
とくに、自身が持つ膨大な魔力を身体に馴染ませるための成分を持つ素材はとんでもなく希少で、入手はほぼ不可能だと言っても過言じゃない。
『紅雨の幻域』でも、どうしても入手することが出来なかった。ただ、ゲーム既プレイの私は、とある魔将から得られる素材がその代用品になることを知っている。
「大丈夫、素材の方も心当たりがあるから」
「……そうなのですか?」
リズの問いにこくりと頷く。
「よかったら手伝ってくれる?」
「あら、王族のわたくしに頼むなんて高くつきますわよ」
「じゃあ、セレネにだけ頼もうかな」
「んなっ!?」
「もちろんあたしは手伝うわよ。幼なじみだもの」
セレネは快く引き受けてくれた。その横でリズがなにか言いたげだ。私は苦笑いを浮かべて「なにか言いたいことがあるの?」と聞いてあげる。
「い、言いたいことがあるのはリディアではありませんか? 貴女がどうしてもとお願いするのなら、手伝ってあげてもよろしくってよ?」
「お願い、リズ。どうしても貴女の力が必要なの」
手を握って緑色の瞳を覗き込むと、リズの顔が真っ赤に染まった。
「そ、そこまで言うなら仕方ないですわね! わたくしが無償で手伝う相手なんて、貴女くらいですわよ。感謝してくださいませ!」
わー、ゲームで見たツンデレリズちゃんだ、可愛い。しかも、幼少期のいまは可愛らしさが増している。ぎゅーっと抱きしめたい――けど、自重しなきゃ。
「リズ、セレネ、ありがとう。この恩は一生忘れない。だから、もし貴女たちがピンチになったときは絶対、私が護ってあげる」
この二人を不幸になんてさせない、
そんな決意を胸に、私は幼なじみとのお茶会を楽しんだ。
それからも鍛錬の日々が続き、私は十一歳になった。
朝起きて鏡を見れば、ホワイトブロンドの髪を背中まで伸ばした愛らしい少女が微笑んでいる。強い意志を秘めたカーマインの瞳はまっすぐに私を見つめていた。
まだ子供体型だけど、もう少ししたら原作のように美しい姿へと育つだろう。でも、原作のストーリーが始まるまえにやらなくちゃいけないことがある。
それを果たすために、お父様のいる執務室を訪ねた。
「次の実地訓練について相談があります」
アレンの生まれ育った故郷を救うための口実だ。
だけど、こういった相談は今回が初めてじゃない。お姉ちゃんの治療に必要な素材を入手するついでに何度も実地訓練をこなし、既にお父様や騎士から信頼を得ている。
だから今回も、お父様は「次は何処へ行くつもりなんだ?」と首を傾げるだけだった。
「東部に行きたいと考えています。あの地方は常に魔物の襲撃に脅かされていると聞きました。実際にどれだけの危険が迫っているのか、この目でたしかめたいのです」
「ふむ……東部か。南部にするのはどうだ?」
思わず息を呑んだ。その提案を呑んだら、私の目的が果たせなくなってしまう。ここしばらくはなにも言わずに応じてくれていたのに、どうして……?
「ふっ、やはりなにか別の目的があるのだな」
思わず息を呑んだ。
「気付いて……いたのですか?」
「娘のことを気付かない親がどこにいる」
わりといるんじゃないかなと、人生経験の長い私は思った。もちろん、お父様に対してそんなことは思わないけれど。
「おまえがアンビヴァレント・ステイシスを使ったあの日、俺は大切な娘を二人とも失ったような喪失感を味わっていた。だが……おまえは諦めていなかったのだな」
「もちろんです」
お姉ちゃんはもちろん、アレンやソフィア、誰一人諦めるつもりはないと頷く。
「……そうか。東部は危険だが……まぁいいだろう。小隊規模の騎士を護衛に付けるから、視察の旅とやらをしてくるといい」
「ありがとうございます」
こうして、私は視察の計画を立てた。
目的は魔物に襲撃されて大打撃を受ける町を救うことだけど、そんな事情を明かす訳には行かない。余計なことを言って信頼を失えば結果は目に見えている。
目的を果たすためには方便も必要だ。
でも幸いにして、襲撃の日は分かっている。
視察の日程を調整し、襲撃の日までに現地に到着するようにした。そして一個小隊の騎士と、数名の使用人を伴って計画通りに屋敷を出立する。
だからなんの問題もなく、勇者の生まれ育った故郷を救えるはずだった。
だけど――
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