第4話 仕事の話

 ──翌日。コノエは教官の指示通り、学舎を訪れる。

 入り口近くのベンチでぐったりと横になっているメルミナの横を通り抜け、コノエは教官の部屋を目指す。


 そして、階段を上り、最上階の一室の扉をノックして。


「コノエ、よく来てくれたね。さ、入って入って」

「……はい」


 教官に迎えられて、中に入る。そしてソファに案内される。

 コノエとしてもそれなりに慣れた部屋だ。今更特別に緊張はしない。普通には緊張するけれど。


「お茶入れるね。コノエは砂糖は要らないんだったかな?」

「……はい、ストレートでお願いします」


 座ったコノエに教官手ずからお茶を入れてくれる。

 教官は少し鼻歌を歌っていて、注がれるお茶はいい香りがした。


 笑顔が深くて、足取りも軽やかで。

 そしてどうぞ、なんて教官がお茶をコノエの前に置く。コノエは礼を言いつつ、そのお茶を啜り……。


(……今日の教官、すごく機嫌がいいような……?)


 疑問に思う。コノエでも分かる変化。

 きっと他の人ならもっとわかるだろう。何かあったんだろうか。まあもちろん機嫌が悪いよりは良いことなんだろうけれど。


「……………………?」

「で、早速なんだけどコノエ、君に任せたい仕事があるんだ」

「……はい」

「仕事の内容は──コノエ、明日一日あの方かみさまの護衛を引き受けてくれないかな?」


 ……神様の護衛?


 ◆


 ──神様。生命を司る神の分体。純白の少女。

 この世界を守る神の一柱にして最高神。その一欠片。


 誰よりも慈悲深く、人を愛している方。

 お茶会が好きで、訓練生時代コノエは諦めそうなときに何度も誘われたことがあって。そのおかげもあってコノエはアデプトになれた。


 そんな神様の護衛とは、つまり──。


「──教官の、普段の仕事ですよね?」

「うん、そうだね」


 ──目の前のさいきょうの仕事だった。

 何があっても守り抜かなければならない、神様の護衛。それは当然、ありとあらゆる状況に対応出来なければならないし、決して失敗など許されない。敗北はありえない。そんな役目だ。


 だからこそ、教官がその役目に就いている。

 最強。生ける伝説。百年前、この国を襲った災厄級の固有魔法使い──俗に魔王や崩壊級とも呼ばれる魔物を打ち滅ぼした逸話はきっと世界中で知られているだろう。


 それを、そんな人の仕事を。


「……なぜ、僕に?」


 いやまあ、流石に教官でも四六時中ずっと仕事という訳にはいかないので、偶に代わりの護衛が入っているのは知っているけれど。

 でもそれだって、今まではベテランのアデプトが就いていたはずだ。コノエみたいな成りたての新人に任せられるような仕事じゃない。


「あ、誤解しないでね。君だけに任せるわけじゃないよ。他のアデプトも四人頼んでるし──メルミナもその一員だしね」

「……あ、そうなんですか」

「うん、知っての通り、こと索敵においてあの子の右に出る者はいないからね」


 なるほど、と思う。つまり、コノエの仕事とは護衛チームの一人になることだ。

 それなら色々納得できる。……しかし、アデプトを五人動員するとは。氾濫が落ち着いて人手に余裕があるとはいえ、随分大がかりだなとも思う。


「……明日、何かあるんですか?」


 なので、コノエが当然のようにそう問いかけると――。


「……う、うん、それはね……」

「……!?」


 ──唐突に、教官が頬を少し染める。照れているような顔。

 それにコノエは目を見張る。初めて見る教官の姿だった。

 

「えっとね……」

「……え、はい」

「実は明日、見合いがあって」

「見合い」


 ◆


 愕然とするコノエに、教官が語りだす。

 明日の見合いの相手について。


「紅騎士なんだよ。君も知ってるでしょ?」

「……は、はい」


 名前はもちろん知っている。異世界人のコノエでも知っている。

 戦神の加護を受けた騎士たち。その中でも特別優れた者だけが授けられる称号だ。


 最低でも上級の魔物の単独討伐実績が必要で、その上でチームでの行動をするので、格上狩りも得意らしい。中でも最上位の騎士の隊は戦闘能力がアデプトに匹敵するのだとか。

 騎士団長の率いる一団に至っては災厄級の討伐実績もあると、そういう話を聞いていた。


「しかも、今回の相手は単独での災害級の討伐経験もあるんだって。ここ数十年で一番の若手らしいんだよ!」

「……な、なるほど……?」


 良縁なんだ! と拳を握り締めて教官が叫ぶ。

 コノエはその気迫に少し引きつつ……。


「……」


 そういえば、と。そこでようやくコノエは思い出す。いつだったか、教官が婚活中だってどこかで聞いたことがあるような。

 十年以上前――結構昔の話だった気もするが、あれは事実だったのかと今更ながら驚く。そしてそれが今回、実を結んだらしいことにも。


「今度こそは、と思ってるの。だからね、全力で見合いに挑むためにも、心配事は極力減らしたいんだよ。だから動けるアデプトを集めたの」

「……あぁ」


 そして、見合い自体は一時間くらいなんだけどね、ほら準備とかあるでしょ? だから一日護衛を代わってもらおうと思って、と続ける。

 久しぶりに美容室に行きたいし、衣装合わせもあるし、化粧もあるし、最近異世界人が広めたエステとか爪を整えたりとか! と。


「という訳で、護衛をお願いしたいの。頼める?」

「……はい」


 二十五年以上の付き合いで初めての表情や言葉の数々にそれなり以上の衝撃を受けつつも頷く。

 仕事を受けることに抵抗はない。世話になっているのでコノエとしても協力したいと思う。折角なのだから見合いが上手くいったらいいな、とも。


「じゃあ、お願いね! 君の配置は、神様あのかたの部屋だから。任せたよ! 私の弟子!」


 教官はそう、嬉しそうに笑って――。


 ◆


 ──そして、学舎からの帰り道。

 未だ衝撃を完全に消化しきれていない己を感じつつ、コノエは見合いが上手くいったら次は結婚式があるんだろうか。なんて考えつつ道を歩く。


 そして、そういえば結婚式それ用の服とかあるんだろうか、マナーとか知らないなと思う。誰に習えばいいのだろう、テルネリカなら知っているだろうか、と悩んだりもして。


「──コノエ様、おかえりなさい」

「……あ、ああ。……ただいま」


 そうこうしているうちに、滞在している宿に戻る。

 おかえり、にも、ただいま、にもまだ慣れていないコノエは、少し違和感というか照れくささを感じつつ、扉を潜る。


 コートを脱ぎ、テルネリカが差し出した手に渡す。

 彼女はそれを整えた後にコートハンガーにかけてくれて。


「今日はどうでした? 教官殿からなにか」

「……ああ、仕事を受けてきたよ」


 明日一日の仕事だと。そうコノエは言う。

 すると、テルネリカはどんな仕事ですかと聞いて、それは、と――。


「……?」


 そこで、コノエは悩む。今回の仕事、テルネリカに伝えるべきだろうかと。

 今回の仕事に守秘義務があるとは伝えられていない。


 口頭では言われてないし、契約書にも守秘義務の記載はなかった。

 アデプトの契約書はこの辺りちゃんとしているので、言っては駄目なことは駄目と書いてあるよな、とコノエは思い。


「……」


 ……しかし、ことは神様の護衛に関することだ。

 最高戦力である教官が神様の護衛から離れると言う事実。それを外部に伝えてもいいものかと。


「……コノエ様?」

「……………………いや、何でもない」


 少し考え、コノエは口を噤むことにした。

 言いたい気はするけれど、止めておこうと決める。


 正直、色々衝撃的だったので誰かに言いたい気分だった。コノエにもそんな気分になることはある。庭の穴でも何でもいいからとりあえず吐き出したかった。王様の耳はロバの耳と。

 ……それでも、神様に危険が及ぶ可能性が僅かにでもあるなら、言うべきではないと思った。


「……すまない。どんな仕事かは言えない」

「そうですか。きっと、大事なお仕事なのでしょうね」


 テルネリカは頑張ってくださいと言って、コノエもああ、と頷いて返す。

 そして、二人で夕飯を囲んで、食後にはお茶を飲む。


 静かな空気の中、二人はただ傍にいて――。


「――そういえば、コノエ様聞きましたか?」

「……うん?」


 そんなとき、テルネリカがポツリとつぶやく。

 今日、小耳に挟んだのですが、と。


「明日、教官殿がお見合いをするそうです」

「…………!?」

「そろそろ、そんな時期なんですね」

「……!?!?」


 ……?……??

 ……え? コノエは混乱している。何で知っているのかとか、そんなに有名なことなのかとか……。それになにより、よく分からない単語があった。


「………………え、時期?」

「はい、お祭りもあると思います」

「……え?」

「……え?」


 テルネリカと顔を見合わせる。

 いや、そんな時期ですねって。祭りって。なんだそれ。なぜ教官の見合いがそんなことに?


 コノエはそう思うものの、テルネリカも不思議そうな顔でコノエを見ていて。


「……えっと、コノエ様、ご存じないのですか?」

「……?」

「実は──」

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