第11話 お父様との甘いひと時


 本宮の裏手には、見事な庭園が広がっている。

 グントラムの国王の住まいが綺麗に設えられているのは当然だし、丹精込めて手入れをされた幾何学的な木々があったり美しい花々が咲いていたりするのも不思議ではない。

 ……ただ、唯一不思議だと思うのは、この私がクラウス王にエスコートされて、王宮の庭を散歩しているということ!

 なぜなら、私は一介の没落令嬢に過ぎない。

 聖女と呼ばれるようになったのは棚ぼただし、王女という高貴な身の上になったのも偶然に口をついて出た一言ゆえだ。

 しかし、私の隣にいる人は数百年も続く王国の始祖の末裔。

 グントラム王国は、最初のうちは宗教国家だった。

 悪魔との戦いに勝利し、この地に神を祀る神殿を築いたのが大帝ユリアヌス。

 彼は神と神殿の巫女との間に生まれた半神であり、生まれながらに強大な神聖力を持っていたという。

 それゆえ、神の血が薄まってからも子孫たちは異能を持ち、大帝が施した悪魔への封印が効力を失うタイミングで贄を使って儀式を行いながら、地上の平和を守り続けているのだ。

 ……そんな由緒正しい血統を持つクラウス王に腕を貸され、まるで本物の王女のように振る舞うのは、何となく申し訳ない気がする。

 なぜなら、タルシア公女のような美しく高貴な身分の令嬢が彼には似合う。

 実際 、彼女はクラウス王と結婚し、子どもまでできたのだから……。

(うっ……、こ、子ども……!)

 そう思った途端、怖気立った。

 その子どもにしてやられたのは、どこの誰だろう?

 余計なことは考えずに、自分の使命を全うすればいい話だ。

 ぐるぐると色々なことを思い悩みながらも、私たちは庭園の端にある小高い丘に辿り着いた。

 辺りには羊や牛が放牧され、牧歌的な風情が漂っている。鹿たちが大きな池で喉を潤している様子が微笑ましい。

 手つかずの自然は、生まれ故郷を思い起こさせた。

 ここだけを見るとまさか王宮の塀の内側にあるとは思えなかった。

「こんなところがあったんですね! 知りませんでした」

「無理もない。貴婦人が散歩に行くのは、本宮の周辺くらいだろうから」

 クラウス王の美声を近くで聞くだけで、さほど動いていないのに胸の鼓動が激しくなる。

 そんな私を見て、彼は勘違いをしたらしい。

「もしかして、少し疲れたか?」

「い……いえ、大丈夫です!」

「いや、少し休もう。それでなくとも、私の我儘で王女に二時間近くも料理をさせてしまったのだ。立ち仕事は疲れただろう。あそこで休むとしよう」

 王は私を、大理石で造られた東屋へと誘った。

 この牧歌的な景色を楽しむために作られたものなのか、丘陵を見渡す部分にベンチと簡易的なテーブルが設置されている。

 クラウス王はわざわざマントを脱いで、石造りのベンチの上を覆ってくれた。

 田舎では誰もそんな丁寧な扱いをしてくれなかったのに……そう思うと、うれしいような恥ずかしいような心地になる。

 しかも、クラウス王のような見目麗しい男が、私の服が汚れないようにと配慮してくれるのが、とにかくうれしかった。

「恐れ入ります、陛下」

 二人並んで座ると、柔らかな風が私の火照った頬をなぶった。

 こういうのは、何だか照れてしまう。

 だって、もしかしたら結婚するかもしれない異性と二人きり。

 クラウス王の護衛が距離をとってついてきているから、厳密に言えば二人きりと言うわけではないのだけど。

 そう……王宮内で暗殺未遂が起こることは珍しくない。

 クラウス王ほどの武人なら、自身の剣と異能で何とかできるだろうが、国王という立場上、念には念を入れているのだろう。

 よく訓練された護衛たちは、存在を感じさせないほどに巧みに自分の身を隠す。

 実際はそうではなくても、二人きりのように思えるこの状況。

 死ぬ前は年頃なのに恋人の『こ』の字もなかった私が、こんな風にデートらしきことをしているのが不思議だった。

 ただ、そう思っているのは私だけではなかった。

「……何だか、王女と二人きりでいると緊張するな」

「えっ?」

「これまで戦と政治に明け暮れてきたから、同じ年くらいの令嬢と話すのが苦手なのだ……周りが何かとうるさくて婚姻話を進めてはいたものの、本当はずっと独りでいたほうが気楽だなと思っていたくらいで……」

 ためらいがちに、クラウス王はそんな打ち明け話をしてきた。

 もし、それが本当だとしたら私は幸運な女だということになる。

 誰が見ても比類なき美形なのに、遊び人じゃないなんて!

 ……死んだ母が、いつも言っていた。女にだらしない男と賭博に明け暮れる男は、どんなにかっこよくても惚れるなって。

 クラウス王はそのどちらでもない上に、見惚れてしまうほどかっこいい。

 神様から下された使命を度外視しても、私はきっとこの人を好きになるだろう。

「陛下……わたくしは、陛下に出会えてうれしく思っています」

「アリサ王女……」

「わたくしもずっと緊張しておりました。ネルリンにいた時も、この王宮に来てからも……でも、陛下はわたくしに優しくしてくださいました。料理も褒めてくれて……本当に、陛下に出会えてよかったです」

 口にしたのは、素直な気持ち。

 この人が見た目だけではなく、中身もジークフリート王みたいだったらどうしようと内心ビクビクしていた。

 ところが、彼は威風堂々としてはいるが内面は私と同種の何かを持っている。

 もしかしたら、神聖力を持つ者同士だから通じ合う部分があるのだろうか?

 ただの勘違いだとは思えない……いや、思いたくない。

 運命の悪戯で出会ったとしても、私にとっての彼は好意を持つことができた初めての人だから。

 すると、みるみるうちにクラウス王の白い頬は赤みを帯びてきた。

 彼が無言のまま視線を逸らすのを見て、ようやく自分がした発言の大胆さに気がついた……。

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