第12話 運命の相手が料理上手だなんて聞いてない!

 

 私の名は、クラウス・フォン・グントラム。

 今でこそグントラムの国王になっているが、元から恵まれた身の上というわけではなかった。

 この世に生まれ落ちたとき、父はおろか生みの母でさえも、私が国王になるなんて思いもしなかっただろう。

 なぜなら、父の側妃の中で最も身分が低い女から生まれた子であり、多くの王子たちの中で一番年若かったから。

 誰もが正妃の息子である第一王子か第三王子、あるいは大国の後ろ盾がある第一側妃の息子である第二王子を次期国王候補だと思っていた。

 しかし、それは平和な世があればこその話。戦乱がやってくれば、状況は一転する。

 皇族の血を引いている者であれば、多かれ少なかれ神聖力を持っている。

 その力を測るのは、神殿の役割であって妃から賄賂を渡したりすることで多少の調整はできるような適当なものだった。

 しかしながら、魔獣がはびこり、他国からの侵略がいつ起きるかわからぬ状況であれば、世継ぎの王子を決めるのに実力を試さねばならない。

 王子たちは全員、国王の代理として戦地に送られることになった。

 その中で、最も戦果をあげた者が後継者の座に就くことができるとあって、みな必死に戦った。

 ……が、残念なことに彼らはほとんどが使い物にならなかった。

 神聖力がどうとかいう前に、そもそも騎士としても足手まといになるような者。泣きながら、私の背に隠れる者。

 人は極限状態に置かれると、普段は隠している本性が出るものである。

 私は跡継ぎになるはずのない一番下の王子。それゆえ、ぬくぬくと王宮で育ったわけではなく、物心つく前から戦地に送り出されてきた。

 母のぬくもりや乳母の優しさを知らず、剣を教えてくれた騎士が親代わりという私にとって、他の王子たちを出し抜くことなど容易いことではあった。

 これまで多くの敵を破り、味方の屍を超えてここまでのし上がってきたのは確かだが、自ら名乗りをあげて王位についたわけではない。

 堅苦しい王宮など、いつでも捨てる覚悟はしている。

 どちらかと言えば、再び大きな戦禍がグントラムを襲い、私が自ら指揮を執りたいとまで思っているくらいだ。

 それほど、この王宮は退屈だった。

 ――しかし、それは一人の王女がここに来るまでの話。

 国王となった以上、結婚は逃れられない急務である。側近たちから世継ぎのことについてあれこれと口出しをされるのも仕方がないと思ってきた。

 我が妃の候補者として隣国ネブリン王国の第二王女イザベラと、国内ではシェレンベルグ公爵令嬢タルシアが挙がっていた。

 タルシア公女は幼馴染みだが、イザベラ王女のことは肖像画でしか知らない。

 そのどちらを娶っても、私にとっては大した違いはないと思っていた。

 結局、子を成すことなど貴族や王族にとって義務でしかない。結婚に愛情など必要ではないからだ。

 そう思っていたのに……アリサ王女に出会って、それまでの認識は変わっていった。

 なぜなら、彼女はそもそも候補ではなかった。

 私との縁談を断ったイザベラ王女の代わりに、自ら名乗り出てくれた。

 ……わざわざ、こんな敵地のような場所に来てくれるだけでありがたかった。たおやかでか細い見た目をしている少女のどこにその逞しさがあるのか、と思わず興味が湧いた。

 しかも、驚くべきはあの料理の腕前……!

 貴族の娘が料理などするわけないと思っていたのに、彼女だけは違っているようだ。

 料理に関して、誰にも言わなかった秘密がある。

 最前線にいた少年時代、物資は日常的に不足し、鉄のように固くなった黒パンやら腐った腸詰肉を食べて過ごした。その反動からか、私はおいしい料理にはめっぽう弱い。

 戦時中、空腹に堪えかねて入った村の宿屋で、宿屋の女将さんが素朴なスープをご馳走してくれた。そのぬくもりは五臓六腑に染み渡り、思わず涙が出るほどだった。

 おいしくてあたたかな料理には、人を笑顔にする魔力がある。

 その宿の女将さんは自分の母親よりも上なのに素敵に見えて、既婚者にもかかわらず本気で求婚しようと思ったほどだ。

 ……それは半ば冗談だが、料理の腕というのは人間の魅力の一つだと思う。

 シェフが専門職だということがその証拠ではないか?

 しかし、残念ながらグントラム帝国の料理は、近隣諸国に比べて洗練されているとは言い難い。それゆえ、シェフの腕を上げるために料理のアカデミーを立ち上げて、外国人の教授の登用も視野に入れるべきかと思っていた矢先のこと……アリサ王女が、離宮で料理をしていると聞いたのは。

 たしかに、貴族令嬢が手作りの焼き菓子を作るという話は耳にしたことがある。

 ただ、それはただの趣味の範囲であり、職業にできるほどの腕前を持つわけではないだろう。

 ――が、アリサ王女は違った。

 彼女がシェフを弟子にしたという武勇伝は、晩餐会の場でシェレンベルグ公爵が言わずとも知っていた。

 なぜなら、離宮で起こったことはすぐに耳に入るようにしてあるからだ。

 王女がやることは、いつも私の予想を超えている。

 料理を披露しろという無理な願いも聞き入れ、グントラムの高官たちに美食で有名なネルリンの料理を堂々と披露してくれたのだ。

 そして……その後、私と散策している中で言ってくれた。

「陛下……わたくしは、陛下に出会えてうれしく思っています」

 軽やかな声音で、まるで微風のように爽やかに彼女の言葉は心に沁み込んできた。

 伝わってきたのは、畏怖するわけでもなく、媚へつらうわけでもない、ただ純粋で真っ直ぐな気持ち。

 その瞬間、頬が熱くなったのはなぜだったのだろう?

 たぶん、私はその瞬間、恋に落ちてしまったのだ。

 胃袋を掴まれて、次に心を鷲掴みにされてしまった……!

 この私が、こんな風に心を乱されるなんて誰が思うだろう?


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