第10話 祖国の料理で胃袋掴みます!
前菜は、魚介類の白いスープ。
メタニアでは、これをコトリアードと呼んでいる。
中に入れるものを見ればブイヤベースに似ているが、コトリアードの特徴はブイヤベースと違って見た目が白いところである。
作り方はいたって簡単。
下ごしらえとして、タラなどの白身魚を食べやすい大きさに切って両面に塩をかける。ムール貝とあさりは揉み洗いし、汚れを除去してから塩水に入れる。
白身魚は三十分ほど置いて水分を拭いてから、魚の皮がパリッとするまで焼く。
スープの具材は、飢饉の味方のジャガイモと玉葱。
ジャガイモは皮をむいて火が入りやすいようにさいの目切りに、玉葱はみじん切りにする。
大きめの鍋を弱火にかけてバターを入れる。
バターが溶けたら、にんにくと玉葱を入れて色がつかない程度まで炒める。
その鍋に魚の出汁に白ワインと水を入れて強火にして、焦げつかないように時々混ぜる。
煮立ったらジャガイモとローリエとタイムを入れ、弱火に戻して煮込んでいく。
十分ほど経ったら、魚と貝を入れる。
鍋に蓋をして、ジャガイモが柔らかくなるまで二十分ほど煮込んだら出来上がり。
「わぁー、いい香り! 今日もおいしくできましたね!」
一足先にメラニーが味見をして、歓喜の叫びを漏らした。
それにホッとしつつも、私は指示を出す。
「スープ皿に入れて、パセリを飾って! バゲットを添えるのも忘れないでね!」
「了解ですっ!」
メラニーが下女たちとともに盛りつけをして、それを本宮の給仕人たちが運んでいく。
次は、メインのそば粉のクレープ作り。
先ほどのスープに比べても、こっちはさらにシンプルだ。
生地にはそば粉と塩、溶き卵と水を入れて、材料が均等になるまでしっかりと混ぜる。
ここで大事なのは、できた生地を少し寝かせること。
薄く焼くから、細心の注意を払わなくてはいけない。
すぐに焼くより少し休ませると生地が破れにくくなるって、小さい頃に教えてもらった。
あらかじめ、シェフが作っておいてくれた生地を軽くかき混ぜて、熱したフライパンに丸く広げていく。
これはさすがに一人でやるとなかなか終わらない。
シェフと手分けして、まるで機械のように黙々と焼いていく。
グントラム王国でもクレープは人気のスイーツだ。そのため、特に作り方を事細かに教えなくても、シェフが手早く仕上げてくれるから助かっている。
クレープの表面が乾くタイミングを見て、卵を中心に割り落とす。
卵が固まってきたら、切ったハムとチーズをトッピングして、塩胡椒をふる。
具材を少し見せて、正方形になるように四か所を折りたたんでいく。
チーズがとろりと溶けて、卵が半熟になれば完成だ。
焼き上がったものから皿に盛りつけられ、次々とメインダイニングへと運ばれていく。
(あー、ドキドキするわ! お口に合うといいんだけど……)
切実にそう願いながら、私はシェフが焼き上げてくれていたタルト生地に視線を移す。
デザートに用意するのは、林檎のタルト。
林檎は四つに切り、芯の部分を除いたものを薄切りにしていく。
フライパンに砂糖とシナモンパウダーを入れて、しんなりするまでソテーする。
林檎の下に敷くクリームを作るために、ボウルに卵黄と溶かしバターを入れ、砂糖、牛乳と生クリームを合わせて混ぜ、最後にふるった小麦粉を入れて加える。
できたクリームをタルト生地の底からまんべんなく塗り、その上に林檎のスライスを並べていく。
真ん中は小さめのものを丸く敷いて、その外側からタルトの端までに放射線状に並べる。
オーブンで二十分程度焼けば完成だ。
……二十分! それはじっと待つには長すぎる時間である。
恨めしく思ってしまうが、おいしいのは焼きたてだから仕方がない。
「あぁ……紅茶とプチフールを持って行くのを忘れないでね!」
「大丈夫です! いま準備中ですから!」
メラニーはあらかじめ準備していた焼き菓子を三種類、皿に並べていた。
今日のゲストはクラウス王を始め、全員が男性である。
それを考慮して、甘さ控えめのサブレとオレンジピールにダークチョコレートをかけたオランジェットを選んだ。
紅茶と共にお出しして、タルトの焼き上がりを待ってもらおう。
午餐が終盤に近づくにつれ、私の緊張感は高まっていく。
クラウス王に気に入ってもらえたのか……そもそも、私が選んだ料理がネルリンとグントラムの親善に悪影響を及ぼさないか?
そんな心配をする前に、自分のすべきことを終わらせなければ。
そう思って、シェフがオーブンから取り出したアップルタルトの焼け具合を確認した。
「いいわね……これをお持ちして、皆さんの前で取り分けて。皿の端にホイップしたクリームとミントの葉を盛るのを忘れずに!」
「かしこまりました、アリサ様!」
給仕係とワゴンを持ったメラニーたちが厨房を去るのを見送って、私はため息をつきながら近くにあった椅子に座り込んだ。
それを見たシェフが頭を下げてきた。
「お疲れ様でした、王女殿下。今回のメニューも、これまでと同じくとても素晴らしかったです!」
「ありがとう。シェフが手伝ってくれなかったら、こんなに大人数の分を短時間で仕上げられなかったわ。こちらこそ、お礼を言わないとね」
「いえ、弟子として師匠のお手伝いをするのは当然のことです。さあ、私たちもメインダイニングに参りましょう。きっと、国王陛下が王女殿下のことをお待ちですよ」
「……そうだといいのだけれど」
シェフの後押しで、私はのろのろと立ち上がる。
メインダイニングでは、さっき挨拶した時よりも明るい雰囲気だ。
コースの最後のタルトを食べ終え、他の者たちと談笑していたクラウス王は、私が姿を見せると拍手を始めた。
広いダイニングに、皆の拍手がこだまする。
「あ……ありがとうございました! ネルリンの料理を残さず召し上がったと聞いて、とても光栄に思っています」
感動と安堵で、思わず涙ぐむ。
クラウス王は立ち上がり、私のほうに近づいてきた。
「礼を言うのは私のほうだ。王女のお陰で、久しぶりに楽しい午餐になった」
「陛下……!」
「午後の謁見まで少し時間がある。アリサ王女、もしよかったら私と二人で庭園を歩かないか?」
その誘いに、胸がドキッと高鳴った。
彼と二人きり……?
どうしよう? すっごく、恥ずかしいんだけど!
だって、公然とデートのお誘いを受けているようなものだ!
――でも、待てよ? よく考えてみれば、私はクラウス王の妃候補。
デートの一回や二回や三回……いや、何十回でも二人きりで話す機会を持たないといけないのではないか?
そう考えなおした私は、思いきり頷いた。
「はいっ!」
上擦った声を出した私に、クラウス王は柔らかな眼差しを向けてきた。
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