第9話 私のプライドをかけて!


「うーん、どうしようっかなー」

 頭を抱え込んでいる私に、メラニーがお茶を淹れてくれる。

 果実の香りが漂うフレーバーティーはグントラムの特産品らしく、驚くほどにおいしい。

 葡萄酒といいお茶といい、飲み物系は文句のつけようもない。

 それなのに、この国ではなぜ食べ物の味つけがイマイチなのだろうか?

「えー、国王陛下にお出しするメニューですか? いいじゃないですか、ジャガイモのガレットで。あれ、すっごくおいしいですよ?」

「褒めてくれてありがとう。でも、どちらかと言うとあの料理ってビールに合うのよね。陛下は葡萄酒がお好きだっておっしゃっていたわ」

「まあ、そんな情報まで仕入れていらっしゃるのですね! さすが、アリサ様。じゃあ、今は葡萄酒に合う新しいお料理を考えているっていうわけですね!」

 メラニーが瞳を輝かせる理由は、試作品の味見ができるから。

 それだけと言えばそれだけだが、味見は毒見も兼ねているから、ある意味で大役ではあるのだ。

「そうなのよねぇ。何人かに試食してもらって決めようかしら?」

「アリサ様ったら、そんな悠長なことを言っていてよろしいんですか!?」

 突然、真顔になったメラニーに私は唖然とした。

「目的をお忘れのようですが、アリサ様は料理コンクールに優勝するためにここに来たわけじゃありませんわ! グントラムの王妃になるためです。だから、お食事は心を込めて作ればいいだけ! それが、これから伴侶になる男性に対する何よりの愛情表現ではございませんか!」

「……メラニー、真っ当なことを言うわね。見直したわ」

 感服したように呟く私に、メラニーはクスッと笑った。

「なーんて……偉ぶってしまって申し訳ございません。アリサ様のお料理は、どんなコンクールでも金賞を獲得できるおいしさですよ。いつも味見係をしているこのメラニーの言葉を信じてくださいませ」

 味見係にそう言われると、一気に悩みが吹き飛んだ。

 私が笑顔を取り戻した瞬間、ふとあるレシピが閃いた。

「……あっ、そうだわ! あれにしよう!」

「えっ、何ですか!?」

「言葉で説明するよりも、それこそ味見してもらったほうが早いわ。早く厨房に行きましょう」

「はいっ! どこまでもついていきます!」

 メラニーを連れて、私は階下へと急いだ。



 メニューを決めた翌日に、クラウス王との会合の予定が組まれた。

 身内であるメラニーやシェフ、アンドリューに加えて、フーケ卿を始めとする使節団のみんなにも試食をしてもらい大絶賛された渾身のメニューである。

 グントラムの高官たちや毒見係の分も含め、十人分の仕込みを朝からしていた私とシェフは、けっこうクタクタだ。

 とは言っても、今回は午餐だから、それなりに軽めのものである。

 祖国の威信にかけて、私なりに色々な部分にネルリンの特産物や料理を入れ込んだつもりだ。

 メインのダイニングルームに、クラウス王とグントラムの高官たちが集まったという連絡があり、シェフとメラニーを引きつれて挨拶に向かう。

「グントラムの太陽であるクラウス国王陛下、ネルリン国王の第三王女アリサがご挨拶を差し上げます」

「堅苦しい挨拶はよい」

 相変わらず、クールでカッコいいクラウス王は今日の出で立ちも素敵だった。

 紺色の礼服に、黒のシャツ、胴衣とトラウザーズは同じチャコールグレーで、縦のラインが強調されるせいか、すらりとした体躯が眩しいほどだ。

 思わず見惚れそうになる自分を叱咤して、私は目を伏せて言葉を続ける。

「……恐れ入ります」

「聞くところによると、今日の午餐は貴国の特産の酒も用意したというではないか? 午前中に激務をこなした後とあって、みな空腹を訴えているようだ。早くアリサ王女の得意料理を味わいたいものだ」

 期待するような発言に、心をくすぐられた。

 神様が命ぜられたように、クラウス王の胃袋を掴めるかどうか……すべては、私が作った料理にかかっている。

 その不安と、純粋に彼に自分の手料理を食べてもらえるドキドキ感が心を満たす。

「ありがたきお言葉でございます。では、まずはネルリン産の林檎酒に合う前菜からお持ちいたしますね」

 お辞儀をすると、ダイニングを辞去する。

 ――これからが、戦いの始まりだ!

 グントラムの酒は、様々な種類がある。蒸留酒や醸造酒など多岐に渡り、どれもが品質が一定以上とあって他国では高値で流通している。

 その中で、クラウス王が好むのは赤葡萄で作った葡萄酒だ。

 単純にそれに合わせてメニューを決めればよかったが、それだけではつまらない。

 それに、私にはネルリンの使節団代表として来ている自負もある。

 メラニーが励ましてくれたように、私なら何を作っても認めてもらえるんじゃないかって、ほんの少し自信がついてきた。

 そういうわけで、私は今回の午餐に出す酒としてネルリン産の林檎酒を選んだ。

 葡萄酒と違い、林檎酒は発泡しているものがほとんどだ。

 ネルリンの林檎は南部で採れる品種は甘く、北部のメタニアのものは酸味が強い。

 甘めの林檎酒や葡萄酒のほうがネルリンの王都の貴族たちに人気があるため、辺境では安いメタニア産の林檎酒を飲むことが多かった。

 ところが、安いからといってまずいわけではない。

 きりっとした味わいで、意外とこれが料理にも合うのだ。

 発砲した高価な白葡萄酒に似た味がするということで、隣接している国々に輸出がされて人気を得ている。

 ただ、あくまで高価な発砲酒の代わりとして、である。

 飢饉に襲われた時に、神様に言われて作り始めたそば粉のクレープが、この林檎酒に合うのは不思議な偶然だった。

 神殿で作るようになったジャガイモのガレットと、小麦粉の代わりにそば粉で焼いたクレープは地方の名物になり、小麦粉の不作にもかかわらず地方の食を豊かなものに変えた。

 小麦粉のクレープと違い、そば粉のクレープは甘味をつけずにデザートとしてではなく、食事として楽しむことがほとんど。

 卵やハム、野菜などの具材を入れて、林檎酒と合わせる料理がメタニア神殿で出されるようになり、瞬く間にナライヤ辺境伯領の名物料理になった。

 この素朴であり、なおかつ飢饉を救ったメニューをメインディッシュに決めたのは、そば粉のクレープは私を聖女にしてくれた料理だから。

 ある意味、私のアイデンティティーとも言える一品で勝負したいと思ったからだ。

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