第7話 おや、思わぬ強敵が現れました!


 程なく、王宮で晩餐会が開かれることになった。

 表向きはネルリン王国の使節団を歓迎するための催しだったが、実際のところは隣国の第三王女である私がクラウス王の妃候補になったとグントラムの高位貴族たちに知らしめるためのもの。

 そこには、ライバルである公女タルシアも参加するだろう。

 いよいよ、私の戦いが始まる……が、かなりの小心者である私は内心ビクビクしていた。

 そんな動揺を知ってか知らずか、メラニーはとても楽しそうである。

 基本的に、金髪を下ろしていることが多い私も、さすがに今回は正式な宴でもあるので髪型はアップにしてもらうことにした。

 蝋燭の火で熱した鉄製のコテを器用に使って、ストレートヘアの毛先をふわっと巻いてから、優美な形に結い上げていく。

 いつもは王女の侍女としてはふざけた物言いをしてくるメラニーだが、もともとはネルリンの王妃に仕えていた侍女のようだ。

 何年か厳しく躾けられたので、着付けや髪結いについては申し分ないはず。

 そんな超絶技巧を見せつけられれば、ただ感嘆するしかない。

 逆毛を立てて盛り上げた髪に、王女が使う銀に真珠とダイヤモンドを散りばめた可憐なティアラを載せる。ダンスをしてもずれないように、細心の注意を払ってティアラを小ぶりの真珠がついたピンで留めていく。

(ん……? ダンス!?)

 不意に、私はあることを思い出す。

 没落令嬢だった私はダンスなんて、一度も踊ったことがないということを。

 晩餐会の後には当然のように舞踏会もある。

 そのことについては、フーケ卿から釘を刺された。

『クラウス国王陛下からお誘いがあるはずですので、お断りになられませんよう!』

 壁の花になる自由もないとは、残念すぎる。

 いったい何回、あの恐ろしい方の足を踏むことになるのだろう?

 妃候補になった途端に、不敬罪でネルリン王国に強制送還されないように気をつけなければ。

「わぁ、おきれいですわ! さすが、アリサ様」

 物思いに耽っていた私は、甲高い声を聞いて我に返った。

 目の前にある鏡には、おとぎ話に出てくる王女様のような金髪で紫色の瞳の令嬢がこちらを見ている。

(王女様みたいって……おかしいわね! 今、私は王女様なのに)

 神様の嗜好に合うお供え物を作って聖女になった成り上がりの私が、こんな風に宮廷の晩餐会や舞踏会に参加すること自体が不思議だ。

 ネックレスとイヤリングはお揃いで、私の瞳と同じ紫水晶の周りを小粒のダイヤモンドで囲ったデザイン。

 続いて着つけられたドレスは、ネルリンを出発する前に急遽誂えたもの。

 淡いクリーム色の生地に白のレースのリボンがあしらわれた愛らしい印象の色味だが、デコルテが深めに開いているので大人っぽさもある。

 着つけが終わると、姿見の前でくるりと一回転してどこもおかしくないか確認した。

「大丈夫ですよ、アリサ様! このメラニーが仕上げたからには、グントラムの令嬢たちに負けるわけがございません。もちろん、ライバルの公女様にも!」

 胸を張ってそう言うメラニーに、私は満面の笑みを浮かべる。

「ありがとう、メラニー! きれいに仕上げてもらったからがんばるわ!」

 そう……私に足りないのは何よりも自信だ。

 根拠のない自信を持ちつつ、フーケ卿を始めとする使節団一行と共に晩餐会の会場へと急いだ。

 

 

 会場に着くと、きらびやかなダイニングルームの大きな円形テーブルに、ずらりと貴族たちが着席していた。

 一番奥に座っているのは、もちろん国王陛下。

 数日ぶりに会うが、やはり彫刻のように整った美しい顔をしている。

 しかし、悲しいことに憎きジークフリート王を想起させるせいか、心臓の鼓動が速まって冷や汗が背に流れる。

 今夜はさすがに息子とお揃いの黒の軍服姿じゃないだけマシだが、せっかくメラニーがきれいにお化粧してくれたのに笑顔が引き攣ってしまう。

「グントラムの輝く太陽、クラウス国王陛下にご挨拶差し上げます」

 フーケ卿と私を見て、クラウス王はニヤリと笑う。

「堅苦しいことは抜きだ。我が国は、ネルリンのように宮廷文化は発達していないゆえ」

 それにどう反応していいかわからず、隣のフーケ卿に視線を投げたが、外務大臣も困ったように眉を微かに震わせるだけだ。

 そんな私たちの動揺を無視して、クラウス王はすっくと立ち上がる。

 私より頭一つ分以上の長身。ぴったりとした黒の天鵞絨の上着とダークグレーのトラウザーズという装いは、体格の良さと足の長さを引き立たせている。

(あぁ……すっごく、かっこいいのに! ラスボスのトラウマが憎いっ!)

 私は心の中で叫んでいた。

「皆、よく集まってくれた。知っての通り、先日、ネルリン王国から第三王女が使節団代表として来てくれた。今夜は、二国間の親善を深める宴だ。ご馳走も酒も用意させたから、大いに楽しんでほしい」

 王がテーブルから酒が入ったグラスを持つと、給仕が私たちにもグラスを手渡してきた。

「乾杯!」

 よく通る声で叫ぶと、王は一気に酒を飲み干した。

「乾杯っ!」

 居並ぶ貴族たちも王に続いて、勢いよくグラスを傾ける。

 口をつける程度にしか飲んでいないのは、私たちだけだった。

 王に続いて席につく私に、じっと視線を向けてくる令嬢がいた。

 丸テーブルのため席次は厳密ではないにしても、国王に近い場所にいる女性と言えば、高位貴族の夫人か、その令嬢しかいない。

 国王が未婚で先代の妃や側室たちがここにいない状況で、この宮廷で最も地位が高い女性はシェレンベルク公爵夫人……そして、その次が公女であるタルシアだ。

 穏やかそうな老婦人の隣にいる令嬢は、年の頃は二十歳くらいだろうか?

 ――艶やかな黒髪に白い肌、湖の底を思わせる深い青の瞳。

 微かに垂れた目尻がひどく色っぽくて、女の私でも知らぬ間に魅了されてしまいそう。

 そんな私の反応に、余裕ありげに小首を傾げて微笑んで見せる。

(神様、ごめんなさい! 世界の滅亡、たぶん止められないと思います!)

 強敵に一瞬で完敗した私は、まずは神様に謝罪をするしかなかった。

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