第6話 シェフの師匠になっちゃいました!


 まず牛脛肉を赤ワインに漬け込んで下ごしらえ。

 その間に、玉葱と人参はみじん切りに。トマトは湯に入れて皮をきれいに剥いてから、角切りにする。

 漬け込んだ肉を取り出して、水気を拭いて塩と胡椒を馴染ませてから、小麦粉を表面にまぶす。

 温めておいたフライパンにオリーブオイルをひいて、にんにくを弱火で炒める。

 いい匂いがしてきたら、お肉を両面とも焦げ目がつくくらいに軽く焼く。

 肉を取り出して、油を足して玉葱と人参を炒める。

 玉葱がしんなりしたら、鍋に肉と野菜、にんにくを移す頃合いだ。

 赤ワインとローリエ、クローブ、塩と黒胡椒、シェフが用意していたブイヨンを入れて、グツグツ煮詰めていく。

「うーん、いいお味ですねぇー! アリサ様にこんな特技があったとは!」

 味見を手伝ってもらったメラニーがうっとりしたように言った。

「そうなのよ。でも、これだけじゃないわ。煮込んでいる間に、もう一品作りましょう」

「え? 何を?」

「ジャガイモのガレットよ」

 それを聞いて、シェフは眉を吊り上げた。

「殿下! ジャガイモを使うのはおやめください!」

「あら、なんで?」

「それは、私たちの賄いに使っているもので、貴賓の方たちの口に合うようなものではございません!」

 そう……ジャガイモは、野菜の中では格下の扱いなのだ。

 おそらく、土がついてゴツゴツした見た目の問題だろう。

 それがジャガイモで危機を免れた私にとっては面白くない。

「貴賓だからって、パンケーキや白いパンを毎日食べ続ける必要はないと思うわ。食材調達の問題だというなら、今日はあなたたちがパンケーキを食べて、私たちがジャガイモ料理を食べればいいでしょう?」

「わ、わかりました……殿下がそこまでおっしゃるのなら……」

 シェフは渋々了承して、ジャガイモの皮剥きをし始める。

 剥いたジャガイモは、私が薄めにスライスし、細めに千切りにしていく。

 木のボウルに千切りになったジャガイモと塩胡椒、小麦粉をスプーン一杯分、細かく切ったパセリを入れて軽く和える。

 フライパンにオリーブオイルを引いて熱して、生地を半分加えて小さく切ったチーズを載せていく。

 残りの生地を入れて、大きなヘラで押さえながら焼き、こんがりと焼き色がついたら、平たい皿を利用して裏返す。

 あとは、オリーブオイルを鍋肌に回し入れ、焼き色がついたら火から下ろす。

 さっきの皿に盛りつけて、ソテーしたアスパラガスとベーコンを付け合わせにすれば、お酒と合う一品ができあがりだ。

「さあ、二人とも試食してちょうだい!」

 ガレットを八つに切り分けた私は、シェフとメラニーに一切れずつ渡した。

「……う、うまい! なんだ、このカリカリした触感は!!」

「おいしいですっ! 外は香ばしいのに、中に入っているチーズがもっちり滑らかで!」

 恐る恐る食べた二人だけれど、一口食べた途端に目を丸くする。

 たしかに、ジャガイモの食べ方としては異質だろう。

 これは、ナライヤ辺境伯領で食べられている郷土料理だ。

 どちらかというと、肉もパンも手に入らないような貧しい者たちが編み出したレシピだが、飢饉でジャガイモしか食べられない時期にはナライヤ辺境伯も舌鼓を打った。

 神殿の厨房では、ジャガイモ料理を毎日おいしく神官たちに食べてもらうために、研究に研究を重ねたので、かなり改良されているはず。

 そんなジャガイモのガレットが、おいしくないわけがないじゃない?

「ふふ……そう言ってもらえて、とってもうれしいわ!」

 鼻高々の私の前に、シェフは跪いた。

「王女殿下、申し訳ございません……! まさか王族の方が、こんなに素晴らしい料理を作られるとは露知らず、先ほどは大変失礼なことを申し上げました! こんな私ではございますが、王女殿下の弟子にしていただけないでしょうかっ!?」

「えっ、弟子?」

 思いがけない申し出に、私は戸惑いを隠せずにいた。

 そこにメラニーが耳打ちしてくる。

「アリサ様、アシスタントがいた方が何かと便利じゃないですか。よかったですねぇ!」

 たしかに、下ごしらえなどの手際の良さはさすがプロの料理人。

 メラニーが言うように、こんな弟子がいてテキパキと準備をしてくれたら、私がクラウス王の胃袋を掴む助けになるかもしれない。

 私がこの国に来た目的は料理対決ではないけれど、協力者がいればお妃選びは優位に働くかもしれない。

 本当にそうかはよくわからないが、今は自分の感覚を信じるしかなかった。

「わかったわ。あなたをわたくしの弟子にいたします」

「ありがとうございます、お師匠様っ!」

 そんな会話を交わしている間に、牛肉の赤ワイン煮込みはいい塩梅に煮立ってきたようだ。

 おいしそうな香りが厨房に満ちると、私のお腹はグーッと鳴った。

「やだ、恥ずかしい!」

 シェフとメラニーは、そんな私を見てクスクスと笑う。

「アリサ様もお腹が空くことがおありなんですね。何だか安心いたしましたわ!」

「何それ? わたくしは化け物じゃないわ。ふつうの人間だから当たり前よ!」

「化け物だなんて言っていませんよ。食べることよりも他のことをいつも優先されていらっしゃるようだから……」

「あら、そう見えたのね。これからは、素晴らしい協力者も得られたことだし、食欲を第一優先事項にするわ!」

 そう言うと、シェフとメラニーは表情を和らげた。

 心強い厨房のアシスタントといつも腹ペコの味見担当。

 この二人と一緒に、私は妃選びという女のバトルに踏み出そう!

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