第3話 わたくしが妃候補になりますわ!


 これで、与えられた使命ははっきりした。

 大神殿から戻った私は、ネルリン国王オーギュスト二世のもとへ急ぐ。

 謁見の予約を取りつけなければ国王に会えないかと思ったら、執務室でよければ話を聞いてくれるという。

 善は急げというから、護衛騎士を伴ってすぐに国王の執務室に向かった。

「国王陛下に第三王女アリサがご挨拶を差し上げます」

 それを聞いた国王は、目を丸くした。

「どうした、アリサ!? 悪いものでも食べたのか? いつもは公式の場以外では、お父様って呼んでくれるじゃないか!」

「……お、お父様! ごめんなさい、よそよそしかったですわね!」

「おお、それでこそアリサだ……で? わざわざ、何の用だい?」

 国王の優しい笑顔を見て、少し緊張が和らいだ。

 大きく深呼吸してから、用件を切り出す。

「お父様、イザベラお姉様に縁談が来ているそうではありませんか」

「……なんだ? 情報が早いな。王妃から聞いたのか?」

「ええ。その件で、お願いがございます」

「なんだ、言ってみろ」

「私にも、ネルリン王国のお役に立つ機会をいただけませんでしょうか!?」

 覚悟を決めた表情をする私に、国王は眉を顰めた。

「国の役に立つ機会? 他国との婚姻を、お前自身がするという意味か?」

「ええ!」

「だが、アリサ。お前は子どもの頃、いつも言ってくれていたではないか……! 大きくなったら、パパと結婚したいって!」

 微妙にショックを受けている国王に、思わず拍子抜けする。

 子煩悩はいいことだが、実際には第三王女だっていつかは嫁ぐ身である。

 第二王女ばかりに縁談を持ちかけるのはよくないだろうに。

「もちろん、そう思っていましたわ! わたくしもいつか、お父様のような頼りがいのある男性の伴侶になりたいと思っておりますの」

「そうか、そうか!」

 国王が意外に単純で助かった。

 機嫌が直ったところで、交渉を再開するとしよう。

「イザベラお姉様に縁談が来ているグントラム王国のクラウス国王陛下は、勇猛果敢な英雄として名が知れております。まさに、お父様に引けを取らない方ではございませんか! もし、お姉様が縁談を渋っているのなら、わたくしが代わりに参りますわ」

 それを聞いた国王は、少し悩む素振りを見せた。

「そうか……クラウス王はお前と同い年だったな。もしかしたら、気が合うかもしれない。一応、イザベラは少し考えると言っているのだが……」

「いえ! お姉様はきっと、乗り気ではございません!」

 断言する私に、国王はたじろいだ。

「そう……なのか?」

「そうに決まっています! 女同士だからこそわかる部分があるのです。お姉様はネルリンの中でお相手を探したいとお思いだって!」

 暫し考え込んだ国王は、観念したようにため息を漏らす。

「うーむ。では、イザベラが断ったら、お前をクラウス王の妃として推挙しようではないか」

 それを聞いて、私は釈然としない気持ちになる。

「推挙とは……? 本決まりではないのですか?」

 二国間の婚姻と言えば、平和条約を締結するようなもの。

 そんな一大事なのに……しかも、グントラムのほうから縁談が来ているというのに、妃に本決まりにならない理由がよくわからない。

「アリサ、それは仕方がないのだ。グントラム王国の国力に比べて、我が国は足元にも及ばない……残念なことにな」

「そんな! ネルリンには、周辺国で信奉されている宗教の聖地があるではございませんか。勤勉で素晴らしい民がいますし、豊かな自然もございますわ!」

「そう言ってもらえると、心が軽くなる思いだ。しかし、グントラム王国には大陸一と言われる豊かな資源がある。鉄は武器に使われる重要な資源だし、希少な宝石が出る鉱山があれば貿易に有利。その上、産業も発達している。やはり、小国であるネルリンとグントラム王国の縁談には格差があるのだ」

「まぁ……!」

「お前があの国に行ったとて、妃候補の一人というだけ。他の候補に負ければ、追い返されることになる。もともと、グントラムの国内にはクラウス王と婚約直前と言われていた公女がいるからな。あちらの王宮で貴賓として扱われるとしても、小国の王女という身であれば屈辱を受ける可能性もあるだろう。それを承知の上でグントラム王国に嫁ぎたいのなら、私は後押しをするしかないだろう」

 それを聞いて、私は大きく頷いた。

「もちろんでございます。どんな屈辱を味わっても、わたくしはネルリンの第三王女として二国間の平和のために役に立ってみせますわ」

「アリサよ……いつの間にか、立派になったものだ! ついこの間までは、ほんの小さな子どもだったのに」

 私の答えは、国王の涙腺を刺激した様子。

 懐からハンカチを取り出して、涙する国王を見ながら私は思った。

(……先々のことは、いまは考えなくていいわ。とにかく、クラウス王に接近しないことには何も始まらないし)

 もちろん、不安がないわけではない。

 クラウス王やライバルになるタルシア公女がどんな人物かもわからない。

 それでも、前に進むしかなかった。

 私がグントラム王国に行くことが、このネルリン王国の危機を救う第一歩になるのだから!

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