第4話 ラスボスのお父様、初めまして!


 ネルリン王国の外務大臣であるフーケ卿を筆頭とする使節団とともに、グントラム王国に赴いたのは、オーギュスト二世を説得してから二週間後のこと。

 グントラム王国に入った瞬間、ネルリンの国王が引け目を感じていた理由が理解できた。

 広く整備された街道が続き、一般市民や鉱山の労働者の住まいでさえも美しく設えられているようだ。

 スラム街のようなものは、どこにも見当たらない。どの村の民も明るく朗らかで与えられた生活に満足しているように思えた。

 けっして、ネルリンが貧しいというわけではない。

 それでも、圧倒的な国力の差というのは存在する。

 都に入る前からそれを見せつけられて、少しばかり悔しい気分がする。

 これから二十年後、ネルリンに侵攻するジークフリート王の軍勢は恐ろしく勇猛で、装備もネルリンの軍とは比較できないほどに充実していた。

 国が豊かだからこそ、軍を増強することができる。

 しかし、強いからといって他国を侵略していいものではない。

 そう……ラスボスのお父様を私が魅了することができるなら、そんな恐ろしい未来は訪れないはずだ。

(がんばらなきゃ……! 私にネルリンの平和がかかっているのよ!)

 馬車の中、緊張感を漂わせながら拳を握りしめる私の斜め前で、メラニーは鼾をかいて居眠りをしている。

 それを見た瞬間ほど、この侍女の呑気さを羨ましく思ったことはなかった。



 数日後、王都に入ると、皆が貴族のような上品な装いをしていることに驚いた。

 ここでは誰もが豊かであるゆえに、平民であっても平民らしさが感じられない。

 それ以外の特色があると言えば、軍服姿の兵士が多いところ。

 その二つは、ネルリンと相違する部分だ。

 ここに至るまでの間、フーケ卿から妃教育の一環ということで、この国の詳しい歴史や風習などを教えてもらった。

 それによると、グントラム王国は現在の国王が即位してから軍事色が強まったらしい。

 ジークフリート王のお父様であるクラウス王は、大陸を脅かした悪魔を信奉する邪教であるマルネ教を根絶させた勇者である。

 しかも、その戦いに勝利したのは五年前。

 ということは、クラウス王がまだ十二歳の時だ。

 グントラムの王家は代々、強大な神聖力を持つ者が生まれ、最も優れた能力者に王位が譲られる。

 そのため、母親が側妃で末子であるにもかかわらず、クラウス王は年老いた父から王位を譲られることになった。

 それからは、かつての交通の要衝にある貿易国という位置づけをそのままに、他国からの侵略を防ぐために軍事色を強めていったらしい。

(同じ年なのに、ずいぶんとすごい方なのね……)

 私はそう思いながら、窓の外を眺める。

 明るくて朗らかな音楽がそこかしこから聞こえてくる。

 大きな白い天幕がそこら中に張られた市場はお祭りのような賑わいで、買い物客で溢れかえっている。

 活気のある通りを過ぎると、大理石と翡翠でできた壮大な王宮が目に入ってくる。

(いよいよだわ……お父様にお会いするのね。緊張しちゃう!)

 その緊張は、言うまでもなく自分に与えられた使命によるもの。

 けっして、未来の結婚相手に対する浮き立つような心地ではなかった。

 

 

 着替えを済ませ、フーケ卿を伴って謁見室に入った。

 きらびやかなシャンデリアに照らされた荘厳な広間。大理石造りの白い壁とコントラストが際立つ赤絨毯の先に高座がある。

 グントラム王国の国旗と軍旗がかけられた下に、ゆったりと坐しているのはお父様……いや、クラウス王だ。

 あまりジロジロ見ると不敬に当たるので、視線を赤絨毯の上に彷徨わせながら前に進んでいく。

 フーケ卿が頭を下げるのにタイミングを合わせ、私も自分の瞳の色に合わせた薄紫色のドレスの裾をつまんでお辞儀をした。

「グントラム王国の沈まぬ太陽、クラウス一世陛下にネルリン王国のしもべたるフーケがご挨拶を差し上げます」

「遠路はるばるよく来た。顔を上げよ」

 耳障りのいい低い声に、私は玉座にいるクラウス王を見上げる。

 銀色の髪に白皙の美貌、見る者を凍えさせるような切れ長のアイスブルーの瞳。

 黒に金の刺繍が施された軍服を身に纏って、足元を覆うのは黒の膝丈のブーツ。長い足を組んで私たちを見下ろす姿は、とても十七歳には見えないほどの威厳がある。

(うぁ……!)

 心の中で思わず声をあげたのは、他でもない……あの憎きラスボス・ジークフリート王に瓜二つだったから!

 生まれ故郷を蹂躙し、私を殺したあの悪魔に……!

 じっと凝視してくるクラウス王の瞳に、私は早くも怖気づいてしまった。

(い、いえ……! 違う……違うわ、この人は化け物じゃない……化け物のお父様よ!)

 そう自分を落ち着かせようとしたが、どうしても手が細かく震えてしまう。

 そんな私を見てどう思ったのだろう……クラウス王の頬が緩むのがわかった。

「ネルリン王国の……たしか、アリサ王女と言ったか?」

「は……はいっ、ネルリン国王オーギュスト二世の三女・アリサが、クラウス国王陛下にご挨拶申し上げますっ」

「……ふむ。側近から聞いていたのは第二王女だったが、なぜそなたがここに?」

 単刀直入な問いに、私は思わず半笑いになる。

「申し訳ございません……! 姉は三半規管が弱く、馬車に揺られるとすぐに気分が悪くなるのです! そのため、遠い場所には嫁げないと言っていたので、このわたくしが!」

「立候補したわけだな? 私の妃候補に」

「はい、陛下」

 興味を示してくれたのか、ジロジロと観察してくる視線に私は気後れするばかりだった。

 そこに助け舟を出したのは、隣でやり取りを見守っていたフーケ卿。

「アリサ王女殿下は、かねてからグントラム王国に興味をお持ちでした。我が国と貴国との二国間の架け橋になりたい、と自ら立候補されたのでございます。クラウス国王陛下のお妃候補の筆頭になるべき女性として、これ以上の方はいらっしゃらないかと!」

 それを聞いたクラウス王は、感情がわからない表情のままで頷いた。

「そうか。そなたたちには、離宮を準備させた。滞在中はゆっくりと寛いで過ごすがよい」

「ご配慮ありがとうございます」

 そう言いながら、私はドレスの裾をつまんで頭を下げる。

 再び頭を上げると、クラウス王は玉座から立ち上がって謁見室を退去した後だった。


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