最後にする! side足立
オレは、七瀬とのキスに、ここまで心を動かされるなんて、思ってなかった。
だって、たかだか唇が触れるだけのキス。
なんなら、もっと色々な経験をしてきたのに、七瀬とのキスは、そのどれよりも…後を引く行為だった。
何度も頭で反芻しては、その度に沸き上がる甘い気持ちを堪能してしまう。
こんなにも、彼に焦がれていたとは知らなかった。
尚更、好きなんて事は、伝えれる筈もない。
それでも、触れたい。
俺は、獣じみた目で彼を見てないだろうか…少し心配になってきた。
LINEすると、来てくれるって言うから、俺は念入りに歯磨きをした。
ミントの香りが鼻に抜ける。
こんな事…彼女にすら、今までした事無いのに、彼にだけは、嫌われたくない一心で、我ながら分かりやすい奴だと思う。
自転車で、まだまだ熱い陽射しの中を、一生懸命に掛けてきてくれたであろう彼に、お茶を差し出す。
ここは天国〜!って返ってきて…
オレには、彼の首筋を流れる汗の雫…それを眺められる事こそ、天国だと思った。
視線を固定していると…突然、宿題の進行具合を聞かれる。
視線の先がバレてしまったのだろうか…慌てて逸らす。
勉強は、割と得意な方で…難なく宿題は、終わらせていた。
そう伝えると、彼は、かなり驚いていて…
勉強が苦手なのか?って思ったオレは何の気なく
「教えようか?」
って聞いてみた。
すると、顔を真っ赤にする七瀬の反応を見て…違う事を想像されたな…って、心の中でニヤついてしまう。
「 する?」
って聞いた時には既に、オレは臨戦態勢だった。
拒否されない前に…と、スっと顔を近付けた。
なのに、彼は…俺の口元を手で覆う。
途端、俺はビクリとした。
まさか、嫌がられるとは思ってなくて…
「俺からする!」
そんなセリフを聞いて、七瀬からしてくれるなんて、めちゃくちゃ嬉しいような…でもなんだか、決意の顔の彼を見て、少しだけ悪い予感もあった。
必死な感じがまた可愛いと思える軽いキスの後…オレの悪い予感は当たってしまった。
七瀬から出た言葉に…オレは、ものすごくショックを受けた。
「最後にする!もう大丈夫」
なんて笑顔で言われ…
オレは、どうやら、お役御免になってしまったようだ。
何でだよ…やっぱり、男同士のキスなんて、良くなったのか…それともこれ以上触れ合うと、オレが何かしでかしそうで怖がらせたのだろうか…
もっと、ずっと触れ合えると思っていたオレは、空虚感から抜け出せないままで、夏休みを終えた。
学校が始まると、クラスに七瀬が居るという、その当たり前の事に気付き、嬉しかったけど…
もうキスは不要…だと言われた事が頭の中をグルグルと回る。
練習だと言った手前、七瀬自身がちゃんと習得出来た!と思ったらお終いだったのか…
無計画なこの練習は、突然終わってしまったって事か。
今まで通りに、オレの席に集まってきた、目の前の奴らの会話が一向に耳に入ってこなくて、オレの神経は、むしろ…
七瀬が友達と何を話してるのかが気になり、オレの耳だけは、完全にそっちに向く。
今、この教室にオレと足立の2人きりなら良かったのにと思った…
気になり過ぎて我慢できず、七瀬の方をチラリと見ると、彼もオレを見ていた。目が合うと微笑んでくれ、それが俺たちだけの会話みたいで、心は途端跳ね上がった。
浮かれたオレは、すぐさま七瀬にLINEを送る。
【今日来る?】
OKの返事が、貰えるものだと決め込んでいたオレは、さらりと断られてしまった…
そうだよな、彼にも友達の付き合いがあるんだし…仕方ないんだ。
友達は、オレだけじゃないんだから。
そう分かっているのに…シクシクと泣く心をどうにかしたくて。
目の前の女の子の誘いに乗ってしまった。
放課後、私の家に来ない?と言われ、何となく頷いていた。
女の子の家に上がり、部屋に入るやいなや、キスをせがまれる。
何度もキスした事はある…なんなら、身体の関係もある相手なのに、全くしたくならない。
オレが動こうとしないもんだから、
確かに、良い香りを纏い、柔らかな唇ではあったが、ただの皮膚の接触でしかなく、いっそ握手と変わらないんじゃないかって位に。
つまらない…心が奮わない。
ハッキリと認識してしまう、気持ちの入っていない行為の差
「悪ぃ、帰るわ…」
帰りながら…オレは、七瀬とのキスとの、甘さの違いを…そして、欲する気持ちを痛感していた。
もしかして、俺は…既に、七瀬にしか、気持ちが動かないんじゃないか…って恐怖にも似た気持ちを覚えた。
その後も、何度七瀬を誘ってみても…軽く断られる。
課題が終わらない、部活が長引いた、友達と約束してしまった…ごめんなって。
かといって、教室で会うと、笑顔を見せてくれるし、嫌われた訳では無いと思う。
断られ続け、誘う勇気が…もう、出なくなって…これ以上しつこく誘って嫌われるんじゃないかって。
オレは七瀬にLINEするのをやめた。
それでも、やめてから、1週間もたった頃には、我慢できなくなっていて。
何度もアプリを開き、文字を打っては消し…を繰り返す。
フォルダに保存している七瀬のパジャマ姿の写真を眺める度、胸がギュっとなった。
ついに、オレは行動に出る事にした。
部活から帰ろうとする榊原に話しかけた。
「ちょっと、七瀬に借りてた教科書返したいんだけど、家知ってる?」
「おー、知ってる知ってる。帰り道だから、一緒に行くか?」
平静を装っているが、心臓は、バクバクだった。
オレは榊原と一緒に歩き始めた。
向かう先は、七瀬の家。
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