最後にする!

俺は部活の真っ只中、トラックを走りながら、体育館の方へと視線をチラリと移した。

視線の先には、今日も足立を見る為に、女の子達が人だかりを作ってる。

それを眺めていると…

何故かモヤッとする気持ちと共に、考えてしまう。

俺は、足立の優しさに甘えて、キスまでして教えて貰ってしまったけど…

凄く気に掛かっている事がある。

彼には…そうだよ、好きな人が居るんだった。

なんか、俺…足立に、すごい悪い事してるんじゃないか?

もっと深いヤツが、したい…とか思ってる場合じゃなかった気がしてきて。

まぁ…本心は、ちょっとしたいけどさ。


リズミカルに走りながら、考えが纏まっていく…更に深める。

好きな人に告白しないのも、俺に時間を取られてるからかもしれない。

1人前のちゃんと出来る男?に、仕上げようとしてくれてるのかもしれない…

イケメンのクセに、本当に面倒見の良い奴だ。

気付いてしまったら、もう、その事がずっと頭を駆け巡る。


良し、次で最後にしよう。

もう止めようってとこが悪足掻きだけど…その後は、友達としてずっと一緒に居たい。


そもそもあんな事、友達に、教えて貰うもんじゃないしなぁ…

それに、このままだと、足立に彼女が出来た時、猛烈に嫉妬してしまいそうな予感しかしない。

友達の彼女に嫉妬なんて、めっちゃかっこ悪いし。

それくらい…足立と過ごす時間が俺には、大切…って事なんだと思う。

なんでかなぁ…友達にこんな風に思った事無いんだけどな。


色々とグチグチと考えてたら、部長から、真面目に走れ〜!と、注意された。

考える事に夢中になって、ダラしない走りになっていたようだ。

俺は、考えを吹っ切るかのように、風に向かい手足を動かした。


足立から【今日も来る?】ってLINEが来て

直ぐに【行く!】って返事をした。

今日こそ、唇に触れるのは最後に…と心に決めた。



「お邪魔します〜」

部屋に入ると、俺はベッドに腰掛けた。

ハイって渡されたお茶を一気に飲み干した。


「あ〜、生き返った〜!本当アチィ〜よなぁ、マジで…ここは天国」

自転車で、20分程の距離だけど、8月の終わりなのにやっぱりまだまだ暑くて…

クーラーの効いた部屋に入るとホッとする。なんとなく、視線を感じ、落ち着かなくて

「もうすぐ、学校始まるよなぁ?宿題終わった?」

「あぁ、終わってる…なんなら、8月入る頃には、終わった」

「嘘だろ…足立って…勉強まで出来るんか…パーフェクトマンじゃん」

「教えようか?」

そのセリフ…キスの時の…教えようか?と同じで、俺は一気に顔が火照る。

何となく、足立にも俺の思ってる事が伝わったみたいで…


「する?」

って、麗しい顔を近付けてきた…

俺は、足立の口元を素早く自分の手で抑えながら、早口に言う。


「もう、出来るから!俺からする!」

怪訝な顔をされた後、それでも足立は、ゆっくりと目を閉じてくれた。

瞳を閉じても美形は美形…長い睫毛を眺めながら、良し!と気合いを入れた。

最後のキスなんだと思うと、急激に寂しい気持ちになり、足立の端正な顔を見つめた。

俺はゆっくりと近付く。距離感は、何度もしたキスで分かってる。


2人の唇が静かに触れ…足立からは、ミントの香りがした。

俺との事を考えて、準備してくれたのかと思うと、本当に申し訳なく思った。

スっと身を引いた俺は、一気に告げる

「これで最後にする!本当にありがとう!俺、ちゃんと出来たよな?先輩!大変お世話になりましたっっ!」

最後はふざけた口調で、ニヤッと笑った。これは俺の精一杯の強がり。


「いえいえ…お役に立てて良かった」

足立の表情は、寂しげなのは一瞬だけで、最後は笑顔で返してくれた。


夏休みは終わり、学校が始まった。

俺には、教室で会う足立が、何とも新鮮だった…今まで同じクラスだったのに、全く話して無かったから。

夏休み中に一気に距離が縮まり…

あんな事までしてしまった。

俺は足立に声をかけたかったが、彼の周りには、美形で目立つ男女の集まりが出来ていた。


そっか、そもそも世界が違うから、話して無かったんだって事を思い出した。

俺も、気楽な調子で話しかけてくるクラスメイトに、囲まれる。

夏休み、部活ばっかだったよ!全然遊んでねぇわ〜とか、嘆く友達とケラケラ笑い合った。


足立と過ごした夏が、ものすごく遠い物のように思えた。

実は夢だったんじゃないかと思って、彼を見ると、視線が合った。

彼が微笑んで返してくれた事で、俺は安心出来た。

スマホが震える。


【今日も来る?】

足立からのLINEだった。

断る言い訳を…俺は、既に決めていた。


【ごめん、今日は、部活のヤツと遊ぶ約束なんだ】

残念ってスタンプが返ってきた。


俺は、それから、しばらく…

意図的に、足立の誘いを断った。

一緒に居れば、また、触れたくなってしまうのが怖かったし。そのうち、彼が好きな人への告白に成功し、ちっぽけな俺の存在なんて、忘れてしまうんだと思ったから、今から慣れておく必要があったのだ。


何度も断る内に…足立からのLINEは来なくなった。

まぁ、そうだよな。

かなり…心がチクチクしたけど…無理やり自分を納得させた。

だって、こうなるのを望んだのは、俺だから。

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