教えようか?side足立

約束の時間まで、結構あるのに…

オレはどうにも落ち着かなくて、玄関の所で、スマホを弄りながら、彼が来るのを待ちに待っていた。

チャイムの音と同時に、オレの心も跳ね上がる。

扉を開けて、太陽を背に、笑顔の七瀬は、Tシャツに短パン姿で、素足が見えてるのは、部活と変わらないのに、私服ってだけで、眩しくて…妙にドキリとした。


眼鏡?って聞かれ、コンタクトを切らしてるって嘘をついた。

本当は、度が合わなくなった眼鏡で七瀬を見る事で、少しでも直視しない為。

どれ程の意味があるかは、疑問だが…余りの可愛いさに、襲いかねない自分を少しでも自制する為に…

今日は、二人きりだから。


渡されたお菓子とお茶を見て、ふと思う…オレが甘い飲み物苦手って気付かれてないよな?まさかな…

お茶もだけど、お菓子のチョイスも、甘くないヤツ、プリッツやスナック菓子。

まさかな…と思いつつも、少しだけ気になった。


オレのベッドに背をもたれ、ちょこんと座る姿を見て、すでに身悶えそうになる。

スラリ除く素足の破壊力たるや…俺の理性よ、頑張れ!と心の中で唱えた。


キッチンで一度、深呼吸して、お盆にコップと皿を乗せる。

階段を上がるにつれ、俺の心拍数も上がっていく。


ドアを開けて、部屋に七瀬が居る現実に、夢見心地になる。更に、七瀬は四つん這いで、こちらに可愛い小さなお尻を向け…彼は俺の本棚の蔵書を見ていた。なんて事だ、もう既に後ろから襲いたい。ダメ、ダメだ…ヤバい…既に理性が…


なんとか、平常心を取り繕い

「小説、読む?」

と聞くと、また来た時に読むと嬉しそうに言われ、オレの部屋で本を読む彼を想像するだけで、心に灯りがともる。

次があるのだと思うと、未来が明るく思える。意外と単純だったんだな…オレ。



そして、何をして遊ぶかを相談していると、自信満々に、マリオカートなら負けない!と言う彼は、本当に無邪気で可愛い。

何度可愛いと思えば良いのか、他の言葉を探して来なくては、オレの七瀬への語彙力が数個だけになってしまう…

ゲームに集中する余り、彼は、カーブに差し掛かる度、俺に身体を傾け、くっ付いてる事に気付いていない。

触れる度、ドキドキする俺は、段々ゲームどころでは無くなってくる。

それでも、彼がゲームに夢中の、この時とばかりに、聞いてみる。

休みの日なのに、オレの家に来て、彼女とかは大丈夫なのか?って…

「彼女なんていねぇよ(笑)」

テレビに目を向けたままで、彼は笑いながら答える。

恋人は居ないと自虐的に笑う彼の言葉に、心底ホッとした。


そして、思い切って…今度は、好きな人を聞いた。

七瀬の答えは曖昧で、好きな人が居ると取れる返事に、衝撃が走る。

動揺したオレは、コースアウトしかけた。

でも待て、そもそも聞いたところで、俺とどうにかなる…とかって無いから…って冷静な自分が言い、オレは再びゲームの画面を目で追った。

湧いてくる悲しみは、ゲームにぶつけて。どんどん七瀬を引き離す。


負けた〜!って悔しそうに言い、俺の肩に頭をチョコンと乗せ、下から見上げてくる彼を見て、俺の庇護欲が半端無く刺激された。

思わず抱きしめたくなる手を握りしめ、掌に爪を立てる。

何の為の…度の合わない眼鏡だ!

思い出せ、冷静になれ!

七瀬には、好きな人が…居るんだぞ!そう、オレは諦めなくてはならないんだ。


「イケメンで、ゲームも強いとか!欠点無しかよ!」

そんな事無い…たった今、分かった欠点。好きな人には弱い。

七瀬から出てくる言葉に翻弄されまくってる

「あるよ、欠点…好きな子には、弱い」

吐き出すように言うしかなかったソレを聞いて、七瀬は驚く顔を見せ

「足立なら、誰でもOKくれるって!告白しないの?」

告白すればいい…なんて気軽に言う、オレの好きな人本人である彼の言葉に、耳を閉じてしまいたくなった。


心が上がったり下がったり…

これが、人を好きになって、一喜一憂するって事かと、身をもって知る。

告白なんて、そんな事出来ない…

「出来ない…」

絞り出して言葉を伝える。

やっと、こうして家に来てくれ、身近に居てくれるようになったのに…

俺がアクションを起こし、七瀬にそっぽ向かれたら、もう無理だ。

知ってしまったから、一緒に過ごす幸せな時間。

彼の笑顔に癒されてる自分を。

それでも、抑え込むしかない密やかな感情。

しかも、七瀬には、好きな人が居ると知ってしまった今…


そんな事を考え込み、渋い顔になっていたのだろう…

「俺なんて、そもそも失敗したんだからな…」

七瀬がフォローみたいな事を言ってくれるが、失敗した?普通に意味が分からなくて

「失敗?…何を?」

って、聞いてみる。

キスを…って、まさかの答えが返ってきて、またもやオレは、七瀬の 過去の彼女への嫉妬心に翻弄される。


頭は真っ白になり…

「教えようか?」

何言ってんだ、オレ!

でも、口をついて出た言葉は、引っ込みがつかず…思わず、熱い視線になってしまう。

勿体無いからいいとか、訳の分からない断られ方をしたが、拒否されて…残念なような、少しホッとしたような。

キス一つ出来ないなんて…割と経験はある方だと思ってたのに、七瀬相手だと、上手く行かない…男同士なのもあるだろう。

しかも、七瀬の事だ…なんかコレも違う意味に取ってる可能性もある。

そう、割と分かって来ていた。

彼は…非常に非常〜に、鈍い。

特に自分に向けられる好意に、鈍い。

自分が、好かれるとか思ってなさげで。

そういうトコも…愛らしいのだけど。


俺は、彼と居る事で感じた苦しさと幸せをその日、抱きしめた。



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