教えようか?

約束の時間、ほぼ丁度に着いて、俺はチャイムを鳴らした。

少し待つつもりでいたのに、すぐにドアが開いた。


眼鏡姿の足立が立っていた。

「あれ?眼鏡?」

ちょっとコンタクト切らして…と言いながら髪をかきあげる姿が、素晴らしく絵になる足立は、TシャツにGパン姿なのに、雑誌から抜け出してきた感があって、ヤバい位カッコイイ。

しかも、眼鏡が逆に禁欲的な色気を出していて、そんな足立を前にして、俺は急に緊張してきた。

お邪魔します…と言う声が上ずる。

家の中は、とても静かで、どうも家族はみんな出かけてるらしい。

家には俺達のみ…という事か。お母さんに一応挨拶するべきなのかなぁ…とか悩んでたから、少し気が抜けた。


2階にある自室に案内される。

部屋は、水色が基調とされたシンプルかつ、清潔感溢れる感じで、どこからともなく漂うフレグランスの香りは甘め。

ここが足立の部屋かぁ…俺の部屋と違うし、どの友達の部屋より、断然綺麗だった。


「えっと…まぁ、好きなとこ座って」

「あ、そだ!コレ持ってきたオヤツ〜!」

ちょっとでも緊張を解こうと、少し砕けた感じで言いながら、家にあったお菓子とお茶を足立に渡す。

ローテーブルの前に座り、ベットを背もたれにした。

お茶にしたのには理由があって…

何となく、足立は、甘い物が苦手な気がしたから…マックでブラックコーヒーを飲む足立は…多分、甘くないのが好き?

あのいちご牛乳は、俺が差し出したから断れず気を使わせたか、何か間違って飲ませてしまったか、どちらかじゃないかな。

何となく悪い事したなぁ…って思ってたから。


皿とコップ持ってくる…と部屋から出た彼を見送り、俺は部屋の中をグルっと見る。

テレビがあって、横にはゲーム機も並んでいた。ノートパソコンの置かれた勉強机は、シックでシンプルな物。

反対側の大きな本棚に目を向けると、ギッシリと詰まった沢山の文庫本。

どんなラインナップか見たくて本棚の前まで、俺はズリズリと移動する。

なんとなく推理小説が多いかな?

手に取ろうとしていたら…

ガチャリと音がして、お盆を手にした足立が入ってきた。


「七瀬、小説って…読む?」

「うん、俺、こう見えて…意外と読むよ?読書好きなんだぜ?見えないかもしんないけど。また足立ん家来た時に、読ませて貰お~っと」

「そんな事無い、本を読む姿もちゃんと想像出来る。で、これからも来てくれるんだ?」

「え、ダメ?」

いや、嬉しい…って言いながら、はにかむような笑顔を向けてくれて、一瞬ドキリとした。


お茶とお菓子を食べつつ、何する〜?なんて相談する。こういう会話も相手を知る事が出来るから楽しい。

俺達は、お互い得意だと言い張るゲームのマリオカートをする事にした。

俺、これはマジで得意だからなっ!って言うと、足立も負ける気しないからって返してきて。

もう、盛り上がる予感しかない。


早速始めたけど、負けないつもりだったのに、思ったよりも足立が上手で。

俺は、わぁ〜やべぇ~!とか思ってる時だった

「七瀬、休みに俺ん家なんて来て良かった?彼女とかさ?」

「え?そんなん、いねぇ~よ(笑)」

操作に夢中の俺は、軽く受け流す

「好きな人は?」

画面から目が離せないから、足立の表情は、分からないけど、少しだけ声の調子が…違う気がした。

なんとなく、居ないって言うのはカッコつかない気がして…う〜ん、まぁ居るかな…とか濁した。

途端に、足立が、コースアウトしそうになった。何で急にミスるんだ?俺にはチャンスだ!操作に集中しながら

「足立こそ、彼女居るだろ?」

話の流れで聞いてみる。

足立は、しばらく蛇行運転してたのに、コースに戻ってきて、ガンガン追い上げてくる。

ちょっと怒ったみたいなドライビングになっている

「今は居ない…好きな人は居るけど」

低い声で言われた言葉が脳に響くと…

ズキッ。え、俺ズキンってした?

ちょっとまって、なんだ?

ゲームに負けそうなのが、そんなにショックなのか…俺。


「よし!やったぁ!ゴール!」

足立がニヤって、俺に笑う。

「うわぁ…負けたぁ〜マジで自信あったのにぃ」

絶対勝つつもりだっただけに凄い悔しい。

あ〜あ…って、後ろに倒れるつもりが、足立の肩に頭を乗せてしまう。

まぁ、いっか…と、足立の肩を借りたまま、端正な顔を下から見上げ、俺は文句を言う

「イケメンで、ゲームも強いとか、マジで卑怯!欠点無しかよ!」

彼は困ったような顔をした。


「あるよ、欠点…好きな子には、弱い」

「てかさ、足立なら、めちゃくちゃモテるじゃんか!誰でもOKくれるって!告白しないの?」

「出来ない…」

真剣な顔で、悲しげな目で見つめられて…安易に大丈夫なんて、励ます言葉は出てこなくて、ついに、俺は美形の圧に耐えれ無くなって、肩から頭を上げ、目を逸らす。


「いいじゃん…まぁさぁ、足立なら…なんにしても、いつかは両想いだよ!欠点無いもん。俺なんて、そもそも…失敗しちゃったからさ…ハハッ」

「ん?失敗?…何を?」

「いや、あ、えっと…その。…キスを?」


中学の頃に初めてできた彼女と、ムード出してキスしようとしたら、思い切り鼻がぶつかった。そして、それがキッカケで、なんか気まずくなって…結局別れた。

俯きながら説明した。

足立をフォローするつもりが、逆に俺の恥ずかしい過去を、晒しただけのような気もする。

何やってんだよ…俺。


「じゃ、教えようか?」

言った本人の顔を凝視した。

「は?え?…」

冗談だろって感じで笑いに持っていこうとした俺に対して、足立は爽やかな笑顔だけど、その実、瞳だけは熱いような…


「いや、なんかそれは、勿体ないわ…イケメンの無駄遣い!」

「そっか、まぁ、いつでも練習付き合うよ?」

って、そんな…走り込みに付き合うよ?みたいな調子で言われて。

俺は、キスを教えるって事だと思って返したけど…足立の言った本当の意味を、俺が履き違えて取ったんだな。

そう思う事にして、ヘラっと笑った。


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