光夏 …side足立

夏の陽射しを受け、水雫を光らせた七瀬は、暑さを冷ます為なのか、水場で蛇口から噴き出す水を頭から浴びていた。


どうやらタオルを持っていない様子に、オレは手の中のタオルをギュッと握り絞めた。


渡してもいいのだろうか…不審に思われたりしないだろうか…

話したのは、先日の教室での数言のみ…

しかも、いきなり話しかけ、立ち去ったから、変な奴だと思われているだろう。


タオルを渡す事への躊躇より、彼から滴る雫を受け止めたい衝動が勝ったオレは、タオルを目の前に差し出した。


受け取って貰えなかったらどうしよう…という懸念は、すぐに一蹴される。

彼は笑顔で受け取ってくれ、オレは心底ホッとした。


オレの渡したタオルで顔を拭く彼が、何故だか落ち込んでいるように見えた。

何か話さなくては…と焦ったオレの脳裏に浮かんだのは、中学の頃の自分。

陸上部だったから…

その頃に経験し、自分自身が悩んでいた事。


それを言ったからといって、彼の表情を明るく出来るなんて事は無いのに…そもそも落ち込んでるかどうかすら、分からないのに…と思ったけれど、口は勝手に動いた。


オレの言葉を受け、図星とばかりに口を尖らせる七瀬を…

可愛いく思う自分を叱り付け、更に言葉を続けた。


「七瀬はさ…走るの好きだろ?」

オレの問いに「走る好きだった…」と過去形で答える七瀬のしんどさを思うと、もっと、自由に好きな走りをしたら良いんだと伝えたくて、言葉を絞り出した。

必死だったから、なんて語りかけているのか、言葉を反芻する余裕も無く、ただ、彼を励ましたい一心で。

言い切った後、七瀬を見ると…少し柔らかな表情になっていて、急激に照れ臭くなったオレは、またしても、走って逃げた。

この間の教室と同じ逃げ方に、完全に痛いヤツ認定されたんじゃないかと心配になったけど、振り返る勇気は無かった。



次の日の部活、体育館でのチーム戦形式の練習。

体育館に響く女子の声、いつものように騒ぐギャラリーをわずらわしく思っていた。


ドリブルの後、仲間にパスを送ろうと目線が動いた時、オレの視界には七瀬の姿が飛び込んできた。

見てる?

誰を?なんで?

ハテナマークの浮かぶオレは、まんまとシュートをミスった。


そんな姿なんて見られるのは、かっこ悪くて、気持ちをオンにする。

練習なのに...だ。ここぞとばかりに全力でシュートを決める。

好きな人が見てるからって頑張るなんて、とっかのテンプレなドラマみたいで、それこそクソかっこ悪いな…と思ったけど。

自分の単純さを苦く思いながらも、動く身体は止まらない。


しばらく集中していたら、もう七瀬の姿は消えていて…心底ガッカリする自分を見つけた。


友達でも見に来たのかな…って思ったところでハッと気付く、七瀬はタオルを持ってたような…

オレのタオルを返しに来たのかもしれないけど、声は掛けて来なかったし…


それでも、もしかしたら、オレの姿を目に入れて貰えたかもしれないという高揚感は、しばらく抜けなかった。




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