光夏

夏休みは、始まったばかり。

俺の入ってる陸上部も、もれなく、毎日部活が行われる予定らしい。

この暑い中でも頑張るのが重要で…この夏の日々の積み重ねが、記録に繋がるんだ!と、熱い我が顧問が声を張って言っていた。


俺も張り切って練習していたけれど…今朝、顧問と部長から、自分のフォームについて、全く同じ指摘を、時間差で受けてしまい…

気持ちが酷く落ち込んでいて、トラック練習に全く身が入らない。


なんとか、頭を切り替えようと…水飲み場まで走る。


捻った蛇口から吹き出す水を頭から被ったところで、ハタと気付いた。

タオル持ってないや…

まぁいいか、陽射しがヤバい位に注がれているから、あっという間に乾くしなぁ〜なんて思って顔を上げると…


目の前に、清潔そうな薄いグリーンのタオルが差し出された


「え?いいの?」

「キレイだから、使って…」

渡されたタオルに顔を埋めると、爽やかなシトラスの香りがした。


数日前に、ほぼ初めてレベルで話した芸能人並みの容姿の足立が、バスケ部のユニフォーム姿で立っている。

タオルを貸してくれた…


何故だろうと思いながらも、全く違う事を聞いてみる

「バスケ部なのか?」

「あぁ…今はな」

含みのある言い方に、中学では違う部活だったのかな…と考えていると、彼は急に話し始めた

「短距離選手は、身体が硬い方がタイムは伸びるけど、ストレッチしてないと怪我に繋がるから…」

「それ、よく言われる…お前は、準備運動が少な過ぎる…って」

口を尖らせながら言うと、ふわっと爽やかな笑みを寄越す足立から言葉が続けられる。


「七瀬はさ…走るの好きだろ?」

そう聞かれて初めて気付いた。

俺は…走って走って、加速と共に向かってくる風を感じる…そういう走りが好きだった。


「うん、走るの好きだった…」

「たった…か、じゃ、今は苦しい時期に入ったんだ…フォームとかタイムとかそういうのが気になってきてるなら、一度、全部忘れて思っきり走ってみなよ」

頑張れ!みたいに俺の肩をポンポンッと叩いて足立は去っていった。

振り返る事無く、体育館へと真っ直ぐに。


俺はタオルをギュッと握りながら、足立の言葉を反芻した。


もう一度タオルに顔を埋めてみたら、さっきよりも香りが甘く感じられ、頬が火照る気がしたけど暑さのせいにした…


次の日、洗ったタオルを返そうと体育館へ足を向けると…

体育館の入り口を女の子の群れが塞いでいた。なんとなくお目当ては、察した。多分足立だ、モテるらしいとは聞いていたけど。


僕は、体育館の小窓から中を覗いて見た。

汗がしたたるままに、左右にフェイントをかけながら激しく動き、大きく重たそうなボールを軽々と扱い、ドリブルで一気に攻め込む足立を見つけた。

カメラが一点のみを捉えたみたいに、足立から目が離せなくなってしまった。

ゴールを決めると悲鳴のような甲高い声が響く。

女の子達がキャーキャー言うのも分かるくらいに…めちゃくちゃにカッコよかった。


しばらく魅入っていたが、タオルを返すチャンスは無さそうなので、退散する事にした。

見てる途中、足立と一瞬だけ目が合った気がしたが…俺の勘違いだろう。


俺はグラウンドへと駆け戻った。

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