セッション32 樹木

「……おい、あれ何だ?」


 しばらく進んだ先で妙なものを発見した。いや、この谷には妙なものしかいないのだが、それに輪を掛けて目立つものだ。

 巨大な案山子かかしだ。十メートルはあるだろうか、木の棒を編んで作られた人型が岩壁を背に座り込んでいた。どう見ても自然に出来た物ではない。完全無欠に人工物だ。


「なんでこんな谷底にこんなものがあるんだ……?」

「誰かが置いていったんでしょうか……一体誰が?」


 ステファと疑問を口にし合うが、答えなど出る筈もない。

 もっとよく調べてみようと人形に近付く。その直前、


「待て! それに近寄るな!」


 と上から制止の声が降って来た。

 ステファの声ではない。当然、僕でもない。第三者の声だ。

 誰が現れたのかと声が降って来た方を向く。その時だった。


「GGGGG、Gaaaaa――!」


 案山子が唸り声を上げて動き出した。

 やはりデカい。立ち上がった姿は威圧感に満ちている。


「トレント!?」

「トレント!? こいつもトレントなのか!?」


 樹木じゃなくて案山子だぞ、こいつ!


「分かりません……でも、他に似ているニャルラトホテプなんて……!」

「Gaaaaa――!」


 案山子が拳を振り下ろす。第三者の声のお陰で距離が空いていた為、回避する事が出来た。目標を失った拳が大地に叩き付けられる。地響きが起きた。


「ちっ、種類なんて特定している暇はねーか! その前にブッ倒さなきゃなあ!」

「そうですね……! しかし、これ程巨大なトレントとなると……!」


 ステファが歯軋りする。

 トレントの本来のランクはCだが、目の前のこいつは、この巨躯ならばC以上あると思っていいだろう。僕達二人で果たして倒せるかどうか。

 ……いや、二人ではないか。


「仕方あるまい。俺様も加勢してやろう。とうっ!」


 先程の声の主が僕達と案山子との間に降り立つ。

 十代後半と思わしき少年だ。砂金の様な髪に蒼海の如き瞳を持ち、顔立ちはやや幼くも表情は力強い。服装は金持ちのお坊ちゃまが着ていそうな高級感を出しながらも動き易い簡素なデザインになっている。旅に慣れた道楽息子という感じだ。

 道楽息子。深きもの特有の蒼海色の瞳。そして、このタイミングで現れた登場人物。

 もしかして、こいつが――



「そう、この俺様――阿漣イタチがな!」

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