セッション31 渓谷

 奈寿野谷。

 旧東京都から太東岬方面に向かって走る巨大な渓谷だ。一〇〇〇年前にはなく、飯綱会長は五〇〇年前に旧東京都から飛んで来た何かによって作られたと言っていた。だが、昔の出来事なので目撃者はとうにいない。一時期は食屍鬼が廃棄場として利用していたが、ある日を境に立ち入り禁止となった。

 そのある日――というか、原因というのが、


「こいつぁ……すげーな」


 谷底で生い茂る草木が淡く光っていた。玉虫色と言えばいいのだろうか、見る角度によって変わる、特定し難い色を纏っていた。更には風もないのに勝手に動いていた。

 ……というか、明らかに地面から離れて歩き回っている植物もいた。あれは一体……?


「マンドラゴラやアルラウネですね。Dランクのニャルラトホテプです」

「グリーン・ローパーより強くて、ワイバーンよりは弱いって事ね。オッケー」


 根妖精マンドラゴラ花妖精アルラウネ

 いずれも草花系のモンスターだ。マンドラゴラは歩き回る根の姿をしており、アルラウネは花冠から少女の体が生えた姿をしている。どちらも人の形をしているが、中身は植物のままなので会話は通じない。生態に従って人を襲うのみだ。


「トレントもいますね。この辺りは植物系が多いみたいです」


 樹人形トレントは樹木系のモンスターだ。見た目はまんま樹木で、根を足代わりにして自由に歩く。ランクはCで、飛竜とはどっこいどっこいの強さ。僕達二人では苦戦は必至なので、出来れば相対したくない敵だ。


「あの光、『第七焼け野』も見られるんですよね」

「『第七焼け野』って東京湾周辺だったか?」


 東京都――この島国のかつての首都は帝国が撃ち込んだ『核にも匹敵する生物兵器』によって焼け野の如き荒野と化した。その兵器が七発目だったから『第七焼け野』の呼び名が付いた。

 なお、生物兵器が土地に残した後遺症は帝国にも想定外であり、後に帝国はわざわざ法を作ってまでこの兵器の使用を禁止したという。威力が凄まじ過ぎる。


「ある日、この谷に入った食屍鬼があの草木と同じように玉虫色の光った上に、発狂して死んだそうです。それも何人もの食屍鬼が、です。以来、ここは立ち入り禁止になったのだとか」

「怖い話だ」


 RPGに出て来る毒の沼みたいだ。歩いているだけでダメージを受け続けるフィールドみたいな場所。あの玉虫色の光は毒に冒された証か、あるいは光が毒そのものなのか。

 狂死した食屍鬼のお仲間になる前にさっさと引き上げなくては。


「総長のお孫様は何を考えてこんな所まで来たんだろーな」

「さあ……ともかく、長居していい場所じゃない事だけは確かですね」


 ステファも僕と同意見だった。さっさとお孫様を見付けて脱出しよう。

 この谷は割と入り組んでいる。飯綱会長とは先程の分かれ道で分かれた。未知の場所での戦力の分散は避けたかったが、今回の依頼は捜索だ。仕方あるまい。

 ニャルラトホテプをなるべく避けながら先へと進む事にする。

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