セッション30 風雲


「ですが、今、先生は出掛けていまして」

「そうですか。本人に直接渡すよう言われているのですが……いつ頃戻られますか?」

「そうですな……いや分かりませんな。戻りましたら宿屋の方に使いの者をよこしますので――」

「――親父、大変でさぁ!」


 会長の言葉を遮り、若い男が闖入して来た。彼も鬼型だ。


「てんめェ、客人がいんだぞ! 後にしろィ!」

「そうは言うけど、親父! 一大事なんですぜィ!」


 会長が男を怒鳴りつけるが、男も引き下がらない。余程切羽詰まっている様子だが……?


「阿漣の餓鬼が、例の谷で行方不明になっちまったんでさァ!」

「何だとォ!?」


 男の言葉に会長が瞠目する。

 阿漣? 阿漣って確か……


ギルド本部総長グランドギルドマスターがそんな名前だったよな?」

「はい。阿漣ジンベエさんという方だったかと。親戚でしょうか?」


 ステファと耳打ちし合っていると、気付いた会長が教えてくれた。


「ええ。儂はジンベエの奴とは昔馴染みでして。それで今、あいつの孫を預かっていたんですがね」

「孫でしたか。しかし、総長と知り合いとは」


 さすがは飯綱会の王様やっているだけはある。


「それで、谷というのは?」

「『奈寿野谷なすのたに』です。ここから西にある渓谷なんですが、儂ら食屍鬼でも容易に近付かない場所です。くそ、何だってそんな所に……」


 ぎりっと歯軋りの音が聞こえた。


「ジンベエの孫に何かあっちゃあ奴に顔向け出来ねェ。儂も捜索に加わって来ます」


 会長が立ち上がる。表面こそ落ち着いているが、顔色や眉間の皺、冷や汗までは誤魔化せない。内心では相当焦っている事が伺えた。

 ふと、隣を見るとステファがうずうずしていた。

 ああ、こいつアレだな。いつものアレだ。


「自分も行きたいんだろう、ステファ?」

「えっ? なんで分かったんですか!?」

「分からいでか。このお人好しめ」


 人が困っている所を見ると手を差し伸べられずにはいられない。一日一善の業がある故に、例えそれがなかったとしても。こいつはそういう人種なのだ。こいつとは付き合って十数日は経つ。それ位は知っている。

 会長に顔を向ける。


「捜索は人手が多い方が良いでしょう。僕達も手伝いますよ」

「えっ、いやしかし、これ以上の迷惑を掛ける訳にゃあ……」

「でしたら、クエストという形にしましょう。僕達は冒険者なので。迷惑ではなく、ただの売り買いですよ。ギルドを介さない交渉ですが。報酬の相談は後程。今は一刻を争います」


 言いながら立ち上がる。ステファの顔を見るとパァァァと華やいでいた。


「これでいいんだろう、ステファ?」

「――はい! さあ、行きましょう!」


 満面の笑みで張り切るステファ。

 やれやれ、あくまで他人事だというのに、ここまで意欲に溢れているとは。僕には全くもって理解不能だ。


「……感謝します」

「いえ、礼は総長のお孫さんが見つかってからで。参りましょう」

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