セッション29 和芭

「名前は飯綱和芭。儂ん所の長女です。まあ、難しい話じゃありませんでな。跡取りになる予定だった長女かずばが『てめェの将来は自分で決めたい』と言い出して大喧嘩、そんで父親わしが『二度と帰って来んな』と親子の縁を切ったってだけの話なんですわ」

「そうでしたか……」


 名家に生まれた箱入り娘が束縛を嫌って家出。よくある話だ。

 しかし、この顔が家出した娘に似ている、ねえ……。

 この肉体はあの盗掘屋のお嬢のものだが、そういえばお嬢の素性は分からず仕舞いのままだったな。まさかとは思うが……


「あー……その娘さんって今どこにいるって分かりますか?」

「いんや。風の噂で朱無市に向かった事までは聞きましたが、そこから先は音沙汰ありませんな」

「そうですか。朱無市か……」


 お嬢と出会ったのも朱無市近くの山道だったな。

 ……まさか。いや、しかし……


「まあ、関わんねェ方がいいですよ。親として恥ずかしい話だが、あんにゃろう昔から人の家に忍び込んでは宝探しだとか言って、家具を荒らし回ったりしてたんで。今でも碌でもねえ事してるに違いねェや」


 忍び込んで宝探し、ね……。

 お嬢一味の生業は盗掘屋。立ち入りが許可されていない遺跡に忍び込み、遺物というお宝を探す職業だ。

 ――これアレだな。ほぼ確実にお嬢が会長の娘様だな。一〇〇パーセントとは言い切れないが、ここまで状況証拠が揃っているなら否定する方が難しい。いつかは調べなきゃとは思っていたが、よもやここで判明するとは。

 ……どうする? ステファには黙ったままだったが、さすがに親御さん相手には事情を説明しておくか?

 …………。

 ………………。

 ………………よし、黙っておこう。

 話すと長いし、勘当したとはいえ娘の死を告げられるのは酷だろうし、今の僕は娘の亡骸に寄生しているようなものだからな。「娘の亡骸を荼毘に付すから返せ」と言われても返せない。返し方も分からないし。最悪、その場で殺されかねん。


「あー……そ、そういえば、あの……三護松武さんがここにいるって聞いたんですけど」

「三護先生ですかい? 先生に何か御用事で?」

「はい。ギルドで先生宛に宅配の依頼を受けまして」

「ああ、そいつァ御苦労様です」


 会長が頭を下げる。

 このおっさん、強面だけど礼儀正しいな。恐らく、為政者として然るべき教育と経験を受けて来たのだろう。人は外見じゃねーな。外見少女で中身おっさんの僕が言えた義理じゃないが。

 酒吞童子といえば有名な鬼の名前だ。平安時代の京都に君臨し、外道の限りを尽くした悪の頭領。真偽はともあれ、その十二代目を名乗っているのだから、この人は自分が末裔のつもりなのだろうが……律儀なせいでいまいち『鬼感』がないな。

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