セッション28 会長

「いや、本当、すんまっせんでした……!」


 三メートルを超える巨漢が僕の前で平謝りしていた。

 ここは飯綱会の本部――飯綱邸だ。木造建築の一階建てが四軒並び、土蔵まで完備されている。床面は当然畳のみだ。門と玄関までの間には広い庭があり、松や桜の木が植えられていた。見事な武家屋敷だ。

 王国で言えば王城に匹敵する重要施設だ。

 で、その一室、僕達の目の前にいるこのおっさんが、


「謝りゃあ歯が新しく生えて来ると思ってんのかよ」


 飯綱会長――十二代目酒吞童子しゅてんどうじ。つまり、この国の王様だ。

 そして、つい先刻僕を殴り飛ばしたのもこのおっさんである。


「へい、すんません! きちんと歯が生えるまで面倒見させて貰いますんで!」


 おっさんは額を畳みに擦り付けたままそう言った。


「えっ、歯って本当に新しく生やせんのか?」

「ええ、出来ますよ。錬金術とか外科手術とか、諸々駆使すれば欠損した四肢も再生出来る時代ですから。まあ、相応にお金は掛かりますが」


 そうなのか。便利な時代になったものだな。一〇〇〇年前に比べてこの時代、文明や技術は全て廃れたものだと思っていたが、逆に凌駕したパターンもあるのか。


「申し訳ねえ。出てっちまった娘にあまりに似ていたもので」

「歯を折る程の力で娘さんを殴る気だったんですか?」

「いやあ、ついカッとなっちまって……悪い癖ですわ」


 ようやく顔を起こした男の額には角が生えていた。僕と同じ二本角だ。厳つい顔立ちに相応しい雄々しい角は、うつ伏せで寝る時にはさぞ邪魔だろうなと思わせる。


 そう、娘。

 このおっさんは僕を勘当した自分の娘だと勘違いして殴り掛かって来たのだ。僕が気絶している間、僕が娘当人かどうかでステファと相当揉めたらしいが、僕の『冒険者教典カルト・オブ・プレイヤー』を見せた事で解決した。

冒険者教典カルト・オブ・プレイヤー』の本質は魂の観測にある。魔術スキルの確認も修得も魂を観測する機能の応用に過ぎない。そして、魂に偽装は効かない。偽名を使う事は出来ず、逆に言えば、表示されている名前は一〇〇パーセント本名なのだ。


「教典に書いてあるのが藍兎殿の名前である以上、儂の娘ではないのは確実なのですが……いやはや、それにしても娘に似ている。こんな偶然があるもんだ」


 言いながら会長がしきりに顎をさする。

 成程、道中で食屍鬼に矢鱈注目されていたのは、僕が会長の娘に似ていたからか。


「ええと、娘さんについてお聞きしても?」

「ええ、いいですぜ」


 会長が頷く。

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