セッション26 人外

「――で、馬車だとどこまで行けるんだっけ?」

「太東岬の所までですね。そこから先は徒歩です」

「そうか」


 江戸川付近の駅でシロワニ達と別れた後、僕達は南方――旧千葉県へと向かった。

 川を越えた辺りで洋風建築は見なくなり、代わりに瓦屋根や障子、縁側といった日本の伝統的な様式が増えて行った。

 それに比例して見られる様になったのは、獣の如き亜人だ。

 犬に似た顔立ちだが獣毛は生えておらず、肌の質感はむしろゴムに似ている。手には鉤爪があり、人類よりも攻撃的な肉体だ。一方で、そんな見た目に反して文明種族である様子で、目の前の彼らは鍬や鋤を使って田畑を耕していた。


 彼らの名こそが食屍鬼グール。先に説明した人外種族だ。

 道を行く傍ら、農作業する彼らを眺める。人間ではない者が人間的な営みをしている光景は違和感を禁じ得ないが、それは僕が一〇〇〇年前の人間だからであって、今はこれが当たり前なのだろう。

 ふと、食屍鬼の一人が僕と目が合った。何やら驚愕した様子で、すぐ近くにいた食屍鬼を呼んだ。呼ばれた食屍鬼も僕を見て顔を強張らせていた。


「……何だ? 僕に何かあったのか?」

「さあ? 鬼型が珍しいのでは?」


 食屍鬼には下位種族の獣型と上位種族の鬼型がいる。獣型が農作業をしている彼ら、鬼型が僕だ。鬼型は獣型に比べ、より人間に近い容姿をしているが、額に生えた角が人外である事を明確に物語っている。鬼型は血統か、自己拡張によって獣型から進化する事で生まれる。

 食屍鬼達は警戒する様に僕を見ていたが、結局何も言わず、何もしてこなかった。本当に何なのだろうか。


「しかし、シロワニ達と別れちまったのは寂しいよな。仕方ねーけど」

「まさか。目の前から悪逆がいなくなって清々しましたよ」

「枕投げは随分楽しそうだったが?」

「…………っ!」


 ステファが顔を真っ赤にして無言になる。あの夜相当はしゃいでいた自覚はあるようだ。


「仲良くなる気にはなれねーのか? 『種族問わず』がお前の目指す世界なんだろう? だったら、まずお前が相手を差別しない様にしねーとな」

「……それは、分かっていますけど……。いえ、そうですね。差別はいけない事です。頑張ります」


 口ではそう言ったが、ステファの表情は不服そうだった。

 まあ仕方あるまい。一度身に染み付いた恨み辛みというのはそう簡単に落ちないものだ。それこそ大抵の人間は死ぬまで恨みっ放しだ。

 だが、そこを乗り越えてこそステファの目標は叶えられる。頑張って欲しいものだ。完全に他人事だけど。


「そういや、ステファは三護ってどんな奴か知ってる?」


 ギルド受付嬢が言うには、三護は魔術オタクで有名らしい。有名人ならばステファも何かしらの噂話を聞いているかもしれない。


「名前だけなら聞いた事があります。まず、『みご』という姓なのですが、これはミ=ゴが良く使っている名前なのです」


 ミ=ゴ。

 人外種族の一つ。医療に秀でた種族であり、特に外科手術は他の追随を許さないと聞く。……その外科手術で僕を性転換してくれないものだろうか。タダじゃ駄目かな、やっぱり。


「そのミ=ゴが名前を必要とした時、名乗る姓が『みご』です。巳午みご観悟みご味檎みごと当てる漢字は人によって違いますが……三護を名乗っていて有名人なら心当たりは一人しかいません」


 それは、


三護松武みごまつたけ。かつてミスカトニック大図書館の館長を務めていた、老賢者です」

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