セッション22 飛竜

 飛竜ワイバーン

 ヨーロッパに伝わる架空の生物。竜の頭、蝙蝠の翼、鷲の脚、蠍の尾を持つドラゴンとして知られている。





 飛竜が降下する。開いた口は人間など頭から呑み込める程大きく、それが自分に迫って来る様は恐怖だ。それを転ぶように身を捩じって躱す。がちん、と口が閉じた音が耳元でした。

 カウンターに刀を突き出す。だが、おっかなびっくり出した切っ先では致命傷には届かず、飛竜の腹を掠めただけで終わった。


「クソ……ッ!」


 前転から勢いのままに立ち上がる。その直後、


「危ない、藍兎さん!」


 ステファが僕の真横に剣を振り下ろす。見れば、吐息が掛かる程近くに飛竜がいた。斬られた頭部から血飛沫を上げつつ、飛竜が上空へ逃げる。危なかった。ステファが斬ってくれていなければ、今頃あの大口に噛み付かれていただろう。


「有難う!」

「いえ、仕留められませんでした」


 短く礼を交わし、武器を握り直す。

 怖い。命のやり取りはやはり怖い。全身が心から震える。

 だが、それ以上に興奮している。アドレナリンが過剰に分泌されているのが分かる。自身の最大限を発揮しようと肉体が脳を支配している。これが戦闘か。これが戦場か。

 ふとナイに目を向ける。


「『兎脚トキャク』――」


 悠然と佇むナイの姿を認識した直後、彼は飛竜の前に立っていた。彼と飛竜との間には数十メートルもの距離があったというのに、移動した瞬間がまるで見えなかった。まさしく瞬間移動だ。


「――『牛角双拳ギュウカクソウケン』」


 ナイの右の拳が飛竜を上から殴り付け、落とされた所を左の拳が突き上げる。双拳に挟まれた飛竜はへし折れ、大地に落下した。息の根を止めた飛竜はそのまま動かない。


「やっぱり強えな、あいつ。きちんとワイバーン倒せるんだから」

「悔しいですが、やはりレベルが違いますね。ワイバーンはCランクのモンスターです。Eランクのローパーよりも二ランクも上だというのに」

「二ランク上なのか、あいつら。成程、道理でナイがいてもローパー達と違って逃げ出さない訳だ」


 そんな奴らと戦闘しなきゃならないなんて、きついな全く。


「ほーら、藍兎もステファも頑張れ頑張れー!」


 馬車からシロワニの応援の声が届く。他の冒険者と違い、彼女だけは馬車内に留まったままだった。


「ていうか、お前も戦えよ!」

「えー。だって、わたしお金あるしー。馬車の格安サービス無くても困らないしねー」

「こ、このブルジョアが……!」


 まあ、シロワニはそもそも冒険者ではないのだが。

 だからといってそうやって休まれていても腹が立つ。


「あ」


 などと言っている内に飛竜の一匹が馬車へと向かっていった。剣も刀も届かない上空から急降下し、牙を荷台に突き立てんとする。


「海神。ダーグアオンを冠するもの。深淵の吼え声。我は災厄の心臓を穿つ。――『中級流水魔術スプラッシュ』!」


 シロワニの前の宙に魔法陣が浮かぶ。魔法陣から水流が柱となって迸り、飛竜を撃ち砕いた。飛竜の頭部丸ごと、水流が命中した箇所が木端微塵に吹き飛んでしまっている。凄まじい威力だ。


「ちょっとー。ちゃんとやってよ。こっち来てんじゃん」

「やってるよ! やっててコレなんだよ! 頼むから手伝ってくれよ!」

「しょーがないなあ」


 シロワニが馬車に乗ったまま魔術を紡ぐ。


「十連『中級流水魔術スプラッシュ』――『海王の砲撃戦バトルシップ』」

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