セッション17 次元

「良いのか? 僕達が持ち逃げするかもしれねーぞ。魔導書って高く売れるんだろ?」

「その辺はキミ達を信用しているからね。キミ達を、というよりはキミ達の性質をと言うべきだけど」


 受付嬢がニタリと笑う。


「ステファ君は一日一善の狂気に蝕まれている。それはつまり、悪事を為せないという証明になる。そして、キミは面倒臭がりだ。下手に犯罪を犯して余計な面倒を背負うよりは、地道でも気楽に稼ぐ方を選ぶ。そういう性質だ」

「良く御存知で。……しょーがねーな、引き受けるよ」


 あの日以来、ステファとはコンビを組んでいる。

 これといって取り決めがあった訳でもなく、なあなあで続けている関係なのだが、これが意外とウマが合う。やりたい事が定まっているステファと特に方針がない僕とで、ステファに付き合って冒険者する僕という構図となっている。


「有難う。で、届け先なんだけど」


 受付嬢が一枚の用紙を取り出す。


「この住所だね。ここに住んでいる三護みごという人物に渡して欲しい。渡したらこの欄にサインを貰って来てくれ。で、この紙をボクに返してくれれば依頼達成クエストクリアだ」

「了解」


 用紙と魔導書を受け取り、『冒険者教典カルト・オブ・プレイヤー』を開く。開いたページの上に二品を置くと、ページの中へと沈んで消えた。ページには沈んだ二品が描かれていた。まるで図鑑の様に。

 教典のアイテム収納機能だ。「次元」の概念魔術ダオロスを使う事により、こうしてアイテムを三次元から二次元に変えて持ち運び出来る。収納量に限りはあるが、いやはや、それでも便利な機能だ。


「三護って人はね、魔術オタクで有名なのさ。もしかしたら性転換の魔術も知っているかもね」

「ふーん」


 そうか。まあ人伝に聞いた話など信用出来ないが、しかし、今まで性転換のせの字も見付けられなかったのだ。そんな中でようやく得た情報というだけでも確認するに値する。


「期待しておくよ。有難う」

「いやいや。お土産話、待っているよ」





「――という訳で依頼を引き受けて来たけど、構わねーか?」


 宿屋に戻るなりステファに訊く。彼女は宿屋の掃除を手伝っていた。一日一善のノルマとしての活動だ。


「ええ、いいですよ。グッジョブです、藍兎さん!」

「あいよ」


 ステファの同意を得られてホッとする。ありえないが、断られたらどうしようかと思っていた。

 最近知った事だが、依頼を受けている間はステファの調子が落ち着く。仕事をしている事自体が誰かへの奉仕と繋がり、一善と見做されるからだ。であれば、依頼は可能な限り受けた方が良い。


「届け先は、飯綱会でしたっけ?」


 飯綱会。

 旧千葉県にある組織。飯綱家当主が会長として頂点に立ち、傘下の組が結託、各村の管理をしている。家族的繋がりが強いというか、ヤの付く自由業みたいな組織だ。洋風を取り入れた朱無市国とは異なり純和風を保ち、保ち過ぎて戦闘職が侍や忍者しかいないという始末になっている。

 更に、この国には別の特徴がある。それは、

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