セッション15 帰宅
「……面目ありません。御迷惑をお掛けしてしまいました……」
僕の背中でステファが本当に申し訳なさそうに零す。
あれから数時間掛けて、ステファを背負い、朱無市国まで戻った。ステファを甲冑ごと背負うのはしんどく、途中でぶっ倒れるんじゃないかと心配したが、意外にも体力は続いた。お嬢の肉体はなかなか鍛えてあるようだ。
「いいさ。恩を多少返せる機会があってホッとしている所だよ」
「よもやここまで運んで貰うなんて……」
ステファが意識を取り戻したのはつい先刻だ。一応、習ったばかりの
「あの、もう一人で歩けますから……」
「無理すんじゃねーよ。宿までもうすぐだ。いいから甘えてろ」
「でも……」
「反省するんなら、藪蛇突いた方を反省してくれ。斬り掛かるような場面じゃなかったろ、アレ」
言われ、ステファが一瞬言葉に詰まる。
「でも、教会の人間として帝国を……しかもニャルラトホテプを見逃す訳には……」
「何だ? 『大帝教会』の教義には必ず殺せとでも書いてあんのか?」
「教義にはありませんが……そう育てられましたね。帝国は一〇〇〇年前に邪神クトゥルフを召喚した張本人達の末裔であり、
「ふーん……帝国が。……そうだったのか」
あいつらが僕の国を滅ぼした奴らの子孫なのか。
…………。
…………。
しかし、ステファの敵意は歴史と宗教、双方からの理由か。ダブルパンチ貰っているんじゃ敵意が抑えられないのも仕方ないのかもしれない。
「だったら、せめて実力差を考えてくれ。勝てない戦いに挑むのは無謀ですらねー。ただの命の無駄遣いだ。戦略的撤退も選択肢の一つだぜ」
「はい、心掛けます……」
しゅんと項垂れるステファ。これで行動を改めてくれるといいのだが。
などと会話している内にステファが泊まっていた宿屋まで戻って来た。
「宿代ってまだ残っていたっけ?」
「今晩代はもう払ってあります」
「よし、じゃあ泊まるか」
宿屋に入り、階段を上る。部屋に入ると、ベッドにステファを横たえさせた。
「まだ動けないだろ。風呂は明日になってからにしろ。まずは回復してからだ」
「はい……」
ベッドに横になったままステファが素直に頷く。元気がない。肉体的ダメージもそうだが、ナイに完全敗北した事で意気消沈しているのかもしれない。少しは優しくしてやらなくては。
「ああ、でも、汗を掻いたままだと嫌ですね。藍兎さん、私の体を拭いてくれませんか?」
「えっ」
僕が? ステファの体を?
「いやー、それはちょっと問題が……」
「え、何でですか?」
「恥ずかしいと言いますか、倫理的な問題がね、ちょっとね」
「女性同士なのですから、照れる事はないと思いますけど」
「えっ、あー……うん、そーですね……うん」
そうね、今の僕は女性の体だからね。男だからって言い訳使えないね。僕、一〇〇〇年前から未婚だし、操とかも理由に出来ないね。いや、自分でも何を言っているのか分からないな。
えーと、どうしようかな……どうにもならないかコレ。
「? どうしたんですか?」
「あー……いや、何でもねーよ。店員にお湯とタオル貰って来るね……」
「お願いします」
まずいな。まずいな。どうしよう。どうしよう。
部屋に戻る前にどうにか対策を思い付かないと。
うーん……。
◇
その夜、僕は夢を見た。
漆黒の闇の中、浮遊している夢だ。僕が一〇〇〇年間いたあの闇に似ているが、温かさが違う。あの闇には安寧があったが、ここにはそれがない。この暗さはただ何もないだけだ。
その闇の中、すぐ目の前に僕がいた。
いや、僕ではない。お嬢だ。今や僕の肉体となった事で間違えてしまったが、この肉体は本来お嬢のものだ。
「…………」
お嬢は蹲ったまま何も言わない。眠っているのか。いや、死んでいるのかもしれない。シロワニに心臓を刺されたのだ。僕と一体化した事で蘇生したが、本当はそのまま死んでいないと可笑しい。
「…………」
だが、そうすると何故お嬢がここに残っているのか。
ただの残骸か、それともまだ完全には死んでいないという事なのか。であれば、いずれ意識も蘇生するかもしれない。そうなったら僕はどうなるのか。彼女の意思と共存するのか、それとも追い出されるのか。あるいは、その場で消滅させられるのか。
「…………」
分からない。今は何も。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます