セッション2 千年

 邪神クトゥルフに襲われたあの日。僕は地面に叩き付けられて死ぬと思っていた。だが、怪物の巨重に耐えれなかったのか、激突する寸前に地面が割れた。僕はその地割れの中に落ちた。

 どれ程深く落ちたのかは分からない。落ちて落ちて、気が付けば暗闇の中、何やら温かい液体に包まれていた。


 身動き一つ取れず、一切の光も差さない絶対の闇。初めに懐いた感情は恐怖だった。

 しかし、身を包む液体に如何なる成分が入っていたのか、異様な眠気に襲われ、恐怖は薄められた。恐怖が薄まれば液体は揺り籠のようであり、いつしか僕の意識は停止した。


 そのまま一〇〇〇年が経過した。


 その間、どういう理屈か絶命しなかった僕だが、肉体の劣化は防げなかった。四肢は痩せ細り、拘縮は進んだ。そう、ミイラのように。今は体育座りの姿勢になっている。指一本動かせない。

 そんな状態の僕はつい先程、このお嬢達に発掘された。どうも僕は地中に埋まっていた化石の如き有様だったらしい。


 ようやく浴びた日の光。十世紀ぶりの娑婆しゃばだ。

 とはいえ、闇から救ってくれた彼女達に深く感謝しているかといえば、そうでもない。何故なら――


「喋るっつっても、ほとんど唸っているだけじゃねえですかい」

「いやいや、よく聞いてみると結構はっきり言葉喋ってんだよ。近付かねえと分かんねえけどな」

「はあ、そうですかい」

「いやー、喋るミイラなんて幾らで売れんだろーな。しかも、一〇〇〇年物のアンティークだぜ。楽しみだ」


 ――何故なら、こいつらは僕を売り飛ばす気だからだ。


 彼女達は盗掘屋だ。立ち入りの許可がされていない遺跡や洞窟に侵入し、金目の物を掻っさらっていく。犯罪者だ。このままでは僕は好事家に売られてしまう。その後は果たしてどうなるか。展示されるか、暗い倉庫に仕舞われるか。飽きられたら捨てられるかもしれない。


「……畜生が」


 誰にも聞こえない小さい声で悪態を吐く。

 動けないのは恐怖だ。他人に良い様にされるのは屈辱だ。

 だが、どうしようもない。今の僕に出来る事は見る事と喋る事だけだ。こいつらが何をしても何の抵抗も出来ない。諦めて、状況に流されるしかないのだ。

 そんな事は地中にいた間に悟っていた。

 ……結局、人生そんなものだ。大事な事は僕の意思とは関係ない所で決まる。それに一喜一憂する以外に出来る事など何もないのだ。


「うわっ!?」


 突然、馬車が急ブレーキを掛けた。馬がいななき、反動で荷物が倒れる。


「おい、どうした?」

「それがお嬢……ぎゃあっ!」


 言葉の途中で血飛沫を上げる御者。御者台から転落した彼と入れ替わりに現れたのは、金髪蒼眼の美少女だ。瞳の蒼さは海を思わせる。年は恐らく十歳前後だ。


「シロワニ・マーシュ……! ダーグアオン帝国の皇女がなんでここに……!?」

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