第35話 笑顔で終業式を終えて

 一学期最終日の金曜。今日は大掃除ののち終業式というスケジュールになっている。


 いつもより長く入念な掃除が終わると、ばらばらと体育館に移動しだす。


 俺はいつメン――平井ひらい根谷ねや谷山たにやま丹生にう佐伯さえきと駄弁りながら廊下を移動していた。


 みんなの表情は当然に笑顔で、火曜日の硬い雰囲気が嘘のようだ。本当に、火曜日に解決できてよかった。


 俺のせいで気まずい空気のまま終業式を迎えることになったら、きっと夏休み中ずっと自責の念にさいなまれていただろう。


「それじゃオレはあっちだから」


 体育館に到着すると、平井は壁際にいるテニス部顧問のほうを親指で指してそちらのほうへ去っていった。


 俺たちは「また後で」と平井を見送ってから二年二組の席に座る。


 平井だけ別行動なのは終業式の前に壮行会が行われるためだ。テニス部をはじめ夏休みに大会を控えている部活は多いので、壁際にはそれなりの人数が各部の顧問と一緒に集まっていた。


「ねね、ヒマだったら平っちの試合見に行かない?」


 早く着いたため終業式兼壮行会が始まるまで暇していると、丹生がそんな提案をしてくる。


「八月の一週目だっけ?」


「いや、改めて聞いたら一週目は団体で、個人は二週目らしい。直正なおまさはどっちも参加するってよ」


「たしか会場って県外でしたよね?」


「あはは、さすがに一週間近くも県外に留まるお金はないね」


「都合よく誰かの親戚の家が近くにあればなあ」


「いたとして、この人数だとけっこうお邪魔じゃない?」


 前見に行ったのは県大で開催も一日だけだったので問題なく見に行けたのだが、今回は全国大会らしく最後まで見届けるというのは難しそうだ。


「まあ、手堅いのは団体の初日か個人の初日だな」


 そう言うと丹生が「そうなるよね~」と相づちを打つ。


「どっちに行くかはなーくんに聞いてからかな?」


「そうですね」


 なんて話しているうちに生徒が集まったようで、マイクを持った教師が体育館の前方に立ってプログラムの説明をしだす。それが終わると、早速壮行会が始まった。



   ◇   ◇   ◇



「それじゃ、一学期お疲れさまー!」


 丹生の音頭に合わせてみんなと乾杯する。


 壮行会と終業式が終わって、俺たちはカラオケに来ていた。といっても歌が目的ではなく、ファミレスでは六人だとひと席に収まらないための選択だ。


 ファミレスと比べると少し遠いが、ドリンクバーもあるし学割もあるのでこの六人で集まるときはよく利用している。気分転換に歌もうたえるからな。


「にしても、まさか学期終わりにあんなトラブル起こすなんてね~。マサっちたちには驚かされたよ」


 丹生の言葉に俺と平井、そして谷山は苦笑した。


「俺と佐伯は全部事後説明だけだったけど、丹生は知ってたんだよな」


「うん。平っちが頑張ってるなあって思ってマサっちに聞いたらわっかりやすい反応してくれたからね。それが週末にあんなことになるとは思ってなかったケド」


「うう……ごめんね叶多かなたちゃん」


「いーよ、気にしてないし。心配はしたけど、マサっちが解決してくれたからね~」


 そう言いながら丹生は谷山に抱きついて頭を撫でだす。谷山はただ苦笑を浮かべたまま丹生の手を受け入れている。


「解決したっていっても、直正と涼香すずかが大人だっただけだよ。けっきょく俺は特になにかをしたわけじゃない」


「いやいや、直正から一本取るなんて生半可な覚悟じゃできないだろ」


「そうですよ。それに私たちは見守ることしかできませんでしたから。雅也まさやさんが動いてくれたおかげです」


 本当に大したことはしていないのに、根谷も佐伯も優しい言葉をかけてくれる。そのことに平静を装ってはいたが、胸が熱くなり気が緩めば涙が浮かびそうだった。


「そうだよマサっち。それにあたしに熱い感じで堂々と『俺に任せろ』って言ってたじゃん。もっと自信持ちなって」


「待て、そんなこと言った覚えないぞ」


「あー、そういえばそうだったね。たしか『二人としっかり仲直りしてくる(キリッ)』だっけ」


「そうだけど脚色やめてくれる?」


 丹生との漫才じみたやり取りにどっと笑いが起こる。おかげでどこか申し訳なさそうにしていた平井と谷山の雰囲気も弛緩した。


 もしかすると丹生は二人がこれ以上気に病まないようこの話題に言及してみせたのかもしれない。であれば多少の恥ずかしさくらいは許容しよう。


「にしても、マサっちなんか雰囲気変わったよね。前だったらあたしに詮索されても解決するまではぐらかしてただろうし」


「たしかに。もしかして……好きな人でもできた?」


「なんだ幸助こうすけ、それは自己紹介か?」


 そう返すと「たしかに!」と再び笑いが起こる。


「ま、ちょっと心境の変化はあったな」


「もしかして妹さんですか?」


 佐伯の問いに俺は「そんなとこかな」と答えた。


 とはいえ妹ができたから変わったのではなく、妹によって立ち返ることができたのだが。


 その辺りは気恥ずかしさがあるのと、わざわざこのタイミングで由夢ゆめについて言及する必要する必要がないと思ったので適当に濁しておく。


 それから話題は平井の大会に移った。聞くとどうやら平井の家族は個人の初日に観に行くらしい。


「久々の全国だから最後まで観たいって言ってたけど、四人で連泊はキツいらしくてな。オレも無理してまで観に来てほしくはないし」


「なるほどなあ。じゃあ俺たちも同じ日に行くか」


「あー、それでもいいんだけどよ……実は全国の団体戦って初めてだから、できれば団体の初日に来てくれるとなんていうか、勇気づけられるんだけど」


 平井は少し気恥ずかしそうに頬を掻きながらそう言う。同じ団体戦でも県内と全国ではやはりプレッシャーが違うのか。


 俺たちは顔を見合わせてから揃ってうなずいた。夏休みは特別予定もないし俺はバイトもしていないので予定の変更に苦はない。


「わかった。じゃあ団体戦のほう観に行くよ。その代わり、いいとこ魅せてくれよ」


「任せとけ! オレが大活躍して勝たせてみせるぜ!」


 平井はグッと力強く拳を握り、強気に宣言してみせた。



   ◇   ◇   ◇



 それからは気分転換に歌いながら注文していたポテトなどをみんなでつまみ、平井が十五時から部活とのことなのでそれに合わせて解散した。


 帰宅するとリビングに人の気配を感じてドアを開ける。


 由夢がソファーに腰かけてバニラの飲むアイスを咥えていた。


「ん、おかえり、おにーさん」


「ただいま。食後のデザートか?」


「んー、これがお昼」


「は?」


 予想だにしていなかった返事に思わず頓狂とんきょうな声を漏らす。


 俺もサイドメニューをみんなでつまんでいたからちゃんと食べたとは言い難いが、これはさすがにひどすぎる。


 ちらりと壁かけの時計を見やる。時刻は十五時半の少し前。


 俺と由夢は終業式だったため早い帰宅になったが、母さんと義父さんはいつもどおりの時間になるだろう。


 夕飯まではそれなりに時間があるな。


 俺はソファーの横にカバンを置いて冷蔵庫を開ける。母さんがまめに買い物をしてくれているから食材はそれなりに充実している。


「なあ、ちょっとした軽食くらい作ろうかと思うんだけど、由夢も食べるか?」


 声をかけると由夢は顔だけ振り向いてこちらを見る。


「ちなみにメニューは?」


「オムレツとかどうだ?」


「いいね。半熟でお願い」


「おっけー」


 メニューが決まり早速取りかかる。


 たしか由夢はアレルギーとか嫌いなものは特になかったよな。


 卵だけじゃ味気ないと思いオムレツに入れる食材を吟味する。


 夕飯に支障がないくらいで、でも満足感はほしいよな。


 そう考えながら漁っていると、ちょうど半分のじゃがいもと玉ねぎを見つけた。あとは少しだが冷凍のひき肉もある。具材はこれでいいか。


 じゃがいもをレンジで温めているうちに玉ねぎをみじん切りにする。じゃがいもの温めが終わったら箸で荒くほぐしていく。


 それが終わったらボウルに卵を四つ割って溶き、めんつゆと少量のマヨネーズを加えてよく混ぜる。


 さて、食材の準備はこれでよし。


 フライパンを取り出して油を少し引き、解凍しておいたひき肉を炒めて塩コショウで味を調える。


 肉が焼ける香ばしいにおいとコショウのピリリとした香りが鼻孔をくすぐってきた。


 ひき肉にしっかりと焼き色をつけたらじゃがいもと玉ねぎも追加して火を通したら溶き卵を流し込む。


 火の通りにムラが出ないようゆっくりと混ぜて、八割くらい固まったらフライパンのふちで形を整える。


 あとは火を消して余熱で半熟加減を調整すれば完成だ。


「よし、できたぞー」


 オムレツを大皿に出してテーブルに運ぶ。するとなにも言っていないのに由夢は取り皿とスプーン、ケチャップを持ってきてくれた。


「ありがとな」


「作ってもらったし、これくらいはね」


 準備が終わったので着席して由夢と揃って合掌する。


「「いただきます」」


 由夢は皿に取り分けたオムレツにケチャップをかけて口に運ぶ。


 ゆっくりと咀嚼してから由夢はこちらを見てふわりと微笑した。


「うん、美味しい」


「どういたしまして」


「おにーさん料理もできるんだね」


「まあな。今はほとんどないけど、前は母さんの帰りが遅くなることもあったし」


「へえ。じゃあまた機会があったらお願いしようかな」


「いいけど、あまり期待しないでくれよ。男飯レベルだからな」


「そう? このオムレツ、男飯とは思えないくらい優しくて丁寧な味だけど」


 そう言いながら由夢はオムレツをすくい、なぜかこちらに差し出してきた。


「えっと、由夢?」


「はい、あーん」


「いや、同じの食べてるんだけど」


「はい、あーん」


「あの、話聞いてる?」


「ご飯作ってくれたお礼ってことで。いいでしょ、可愛い妹が食べさせてあげるんだから」


「自分で言うか」


「けど可愛いでしょ」


「……まあな」


 否定するのも違うと思い濁すようにうなずくと、由夢はぱちくりとまばたきをしてからにぃっと笑った。


「そっか。それじゃはい、あーん」


 どうも由夢は折れるつもりがないようで、俺は観念して差し出されたオムレツを食べた。


 玉子にめんつゆを入れているのでたしかに優しい味わいだ。それでいてひき肉はほどよく塩味が効いている。


「うん、我ながらいい出来栄えだ」


「ふふ。それじゃ、私もお願いしようかな?」


「勘弁してくれ……」


 自身の唇を人差し指で指して笑う由夢に、俺は思わずため息をこぼした。



 明日から夏休み。変化を選んだ俺は、今後もトラブルに見舞われることもあるだろう。けれど由夢がいてくれるから、由夢との『おやすみ』があるから折れずに頑張っていけそうだ。




「で、食後は一緒におやすみする?」


「……ああ、そうだな」


 まだ母さんたちが帰ってくるまで時間があるので、俺たちは珍しくソファーに並んで腰かけて、特になにかを話すわけでもなく互いに頭をよせてぼーっと過ごした。







==========

あとがき


お読みいただきありがとうございます!

今回のエピソードで第1部は完結になります! 第2部に入る前にサイドストーリーを1話更新しますのでよければお読みください!


【予告】

一週間ほど更新を休止しまして、1月11日ごろから第2部の更新を始めます!


夏休みに入り、由夢と過ごす時間が増えたり平井の雄姿をいつメンで観戦しに行ったり――


第2部は夏休みのお話になりますので、よろしくお願いします!



本作はカクヨムコン10に参加していますので、「面白かった!」「続きがきになる」という方はぜひお気軽に下の♡や作品のフォローお願いします!

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