第34話 由夢を『ねぎらい』
風呂を上がり部屋に戻ると、ベッドでくつろいでいた
風呂上がりにお願いって、自分が上がったらってことだったのか?
首をかしげながらも、予想になく手持ち無沙汰になった俺はひとまず今日の授業の復習を始めた。
それから三十分。二教科ほど復習とノートの清書を終えたところでドアが開いた。振り向くと風呂上りといった様子の由夢が、ドライヤーと
「それじゃおにーさん、髪乾かして」
「手順とかあまり知らないけど大丈夫か?」
「へーき。べつにこだわりないし」
その返事に俺は思わず「ほう」とつぶやく。
由夢の髪は、あまり詳しくない俺から見てもよく手入れされているように思えるくらい、艶やかで痛みが見られない。
ちらりと
由夢の髪は腰に届くくらい長いが、枝毛になっていたり縮毛していたりはなく髪先まで状態がいい。
だというのにこだわりがないというのは、由夢の美意識が無自覚に高いのか、特別なことをせずとも維持できる髪質なのか。
後者だとしたらほぼすべての女子、特に丹生から相当恨まれそうだ。
「おにーさん、はやく」
「っと、はいはい」
ベッドに腰かけた由夢に催促され、俺はドライヤーと櫛を受け取る。
延長コードを移動させドライヤーのプラグを差し込む。
「その向きだとやりづらいし、後ろ向いてもらえるか?」
「ん」
由夢は下ろしていた足を上げると、くるりと振り向いてふち側に背を向ける。
俺は左手に持ったドライヤーを温風で起動して根本から風を当てていく。ふと、ほのかに甘い香りが風に乗ってふわりと漂った。
由夢だけ違うシャンプーを使っているし、その香りだろうか。
なんてことを考えながら、表面ばかりに風が当たらないよう空いた右手で髪を軽く持ち上げたり、指の腹で髪を
ある程度頭の周辺が乾いてきたら毛先を目指すように風を当てる位置を下げていく。乾きムラがないよう、様子を見ながら手櫛をして優しく髪をばらけさせる。
「痛いとか熱いとかないか?」
「うん、だいじょうぶ。おにーさんけっこう上手だね? もしかしてやり慣れてる?」
「なわけないだろ。人の髪を乾かすのは由夢が初めてだよ」
「そっか。じゃあまたおにーさんの初めてもらっちゃったね」
「妙な言い方をするんじゃない」
「妙な言い方って、なにを想像したの?」
思わず突っ込むと、由夢はからかうような笑みを含んだ声音でそう言った。
絶対わかってて言ったくせに……。
俺は抗議の意思表示として由夢の頭を少し乱雑に撫でた。俺の意図がわかっているのか、それとも単にくすぐったかったのか、由夢は「ふふっ」と小さく笑った。
それから毛先までドライヤーをかけて粗方乾いたのを確認してからドライヤーを止めて由夢の隣に置く。
右手に櫛を持ち、左手で髪の下のほうを持ち上げて根元から毛先へ櫛を流していく。ドライヤーのときに手櫛はしたが、だとしてもまったく引っかからない。
やっぱりなにかしら手入れしてるだろ。わざわざ聞くほどではないけどさ。
なんてことを考えながら黙々と髪を梳かしていき、
「――よし、終わったぞ」
「ありがと。人にやってもらうのも結構いいね。また気が向いたらお願いしようかな」
「これくらいだったらお安い御用だよ」
プラグを抜いてコードをまとめ、ドライヤーと櫛を机の上に置く。
「で、これだけじゃないんだろ?」
「ふふ。おにーさんも私のことよくわかってきたね」
向きを変え足を下した由夢は「それじゃ」と言ってベッドをぽんぽんと叩く。
「ここ、座って」
言われるがままベッドに腰かけると、由夢は立ち上がって俺の膝の上に座り直した。そして背もたれにするように体重をかけてくる。
これは……椅子になれということか?
意図を図りかねていると胸部に後頭部をぶつけられる。
「頭撫でて」
「お、おう」
言われてやってみるも、完全にもたれかかられているのでどうにも撫でづらい。
「なあ、撫でづらいから少し体を起こしてくれないか?」
「……私、せっかくの連休に何時間もおにーさんのテニスの練習に付き合わされたんだけど」
言外に文句を言うなと言われ、俺は「わかったよ」と返し手を動かす。
この三連休。毎日五時間近く俺は由夢を連れてテニスコートがある運動公園に赴いていた。
平井との勝負に備えて基礎や奇策を鍛えるためだが、壁打ちではできない練習ばかりだったので由夢に球出しをしてもらったのだ。
あくまでお願いしたのは球出しなので動かしてはいないものの、七月も中旬に入り日中の気温は高くなっていたので暑かっただろう。
もちろん定期的に日陰で休んだり冷たい飲み物で水分補給をさせたりしたが、楽ではなかったはずだ。
そのため連休のことを引き合いに出されると俺はなにも言えない。
思えば日課のジョギングを除けば、テニス練習が由夢との初めての外出になるのか。特に他意はないけど。
「で、ちゃんと成功したんだよね?」
黙々と頭を撫でるマシーンになっていると、不意に由夢が尋ねてくる。
そういえば由夢にはまだ言っていなかったか。
「ああ、おかげさまでな。ちゃんと
俺は要約して一部始終を由夢に話す。
「そ。よかったね」
他人にあまり干渉したくない由夢としては、今回俺がやったようなことは否定的なのだろう。素っ気ない反応が返ってくる。
「……やっぱり、おにーさんは私とは違うね」
ふと、どこか寂しげな声で由夢がつぶやく。
「そうか?」
「うん。私は……なにもできなかったから」
今回のこと、ではないだろう。きっと、由夢が今のスタンスになったきっかけのことを言っているのだ。
だいだいのことは察しがつく。だけど今のところ俺から言及するつもりはない。無理に聞いたって由夢につらい思いをさせるだけだから。
その代わり、由夢が話したいと思ったときにちゃんと話を聞く心構えだけはしておく。
それはさておき。
「俺は今でも由夢に親近感を覚えるけどな」
「どうして? 私は人と関わることを諦めたけど、おにーさんは諦めなかったじゃん。他人に振り回されたのに、出した結論はまったく逆。なのになにが似てるの?」
「本当に諦めたなら、由夢は俺を助けようとはしなかったろ」
「言ったでしょ。それは私のためだって」
「それでも、だ。自分が嫌な思いをしたくないだけなら、全く干渉せず見ないようにすることだってできただろ。けど由夢は俺に干渉して、強引に休ませてくれた。それは人への優しさがないとできないと俺は思う」
「……」
むしろ俺は、由夢のほうが強いとさえ思える。
一度は人に干渉してつらい思いをしたのに、それでも俺に手を差し伸べてくれて、頑なに干渉してくれた。それはそう簡単にできることじゃない。
俺は由夢が支えてくれたから持ち堪えられただけ、なんて言っても由夢は納得しないだろうけどな。
「似た者同士って言っていいのかはわからないけど、俺と由夢がまったく違うとは思わない。少なくとも、由夢が卑下するほど冷たいなんて思わないよ」
俺は少しでも気持ちが伝わるよう優しく、ゆっくりと頭を撫で続ける。
ふと、由夢の肩が震えているのに気づく。
「ばか」
そう言って由夢はまた俺の胸部に頭突きをしてきた。
==========
あとがき
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